島ノ中ニ有リblog

島の生活とか、登山とか、Macとか、日記とか

伊ヶ谷海水浴場でエイとイカの子供を見た

 伊ヶ谷海水浴場で泳いだ。

 台風5号の影響でうねりが大きく、どこの海水浴場も波が高い。ここのところ船も緊急避難港である伊ヶ谷港に着いている。伊ヶ谷海水浴場だけは港の防波堤に守られているので外海が荒れていても泳げる。

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↑キタマクラ?

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↑エイ

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↑イカの子供

 3年前に比べるとだいぶ砂で埋まってきている印象があるが、それでも魚が見られるのはうれしい。

  1. 2017/08/07(月) 16:56:29|
  2. シュノーケル・ダイビング
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富賀神社大祭の引き継ぎを見た

 富賀神社大祭の引き継ぎを見た。

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↑伊豆から神着への引き継ぎ

 お神輿が島内を巡るお祭りのうち、一番の見どころは各地区のお神輿の引き継ぎである。5つの地区があり、4箇所で引き継ぎが行われる。引き継ぎ元が力を振り絞ってお神輿をもんでから中間線にお神輿をおき、神事が終わって引き継ぎ先が一斉にお神輿を取りに行くのは見ていて力が入る。

 ところでこの巡り神輿はずっと昔からやっているものだと思っていたが、明治ごろからのようだ。

 さて、この巡り神輿はいつから始まったのでしょうか。東京都の文化財指定の説明資料によれば、1883(明治16)年頃と記されています。当時の三宅島の道路事情を考えると島内を神輿が一周することはとても難しいことだったと想像できます。

 道路の悪さが課題となり、1884(明治17)年から「官道大普請」が行われ道路の改修が進んだという記録もあります。それでも道幅は、「一間」ですから2mもありません。神輿の大きさも小さく担ぎ手の人数も少なかったと考えられます。

ディスカバー三宅島 祭りの年,広報みやけ No.569 2017.8.1

 なるほど考えてみれば伊ヶ谷阿古間などは都道ができる前は山道が続いていたと考えられるし、歩くのでやっとだろう。意外と歴史をひもとくと100年くらいの伝統は多くありそうだ。

  1. 2017/08/07(月) 16:55:40|
  2. 三宅島・御蔵島
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富賀神社大祭に参加した2017

 富賀神社大祭に参加した。

 縁あって伊ヶ谷の1日目の神輿担ぎを手伝った。浴衣は借りて足袋だけ買った。

 14:30に伊ヶ谷をバスで出発し、鉄砲場の交差点で阿古からお神輿を受け取る。よそ者の私は白線から前には出ず、白線から伊ヶ谷よりでお神輿に触れる。またバスで移動し、旧農協の集荷場から伊ヶ谷港線入口まで、伊ヶ谷港バス転回所から伊ヶ谷ふれあい館まで神輿を担いで最後に后神社に宮入りした。

 掛け声とともにお神輿を左右に振る(みんなは「もむ」と呼んでいた)のは体力的につらかった。暑くて倒れそうだったので神輿から離脱してしまった。持久力があればいいと思っていたが、持久力だけでなく、もむ際に瞬発力が必要で体力がいる。夜になった今も右足がつりそうだ。

 明日は客を迎えるのでお祭りは見るだけだが、正直今日1日だけでよかったという思いだ。

  1. 2017/08/05(土) 21:28:22|
  2. 三宅島・御蔵島
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藻が繁茂していたという卜伝の湯

 前穂高岳北尾根3峰まで登ってきた帰りのこと。釜トンネルの入り口で松本行きのバスを待っていたら対岸に道具置きみたいな小屋があるのに気づいた。よく見ると「卜伝の湯」と看板がかかっている。受付は別にあるみたいで「中の湯売店にご連絡ください」と書かれていた。

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↑中の湯バス停近くにある卜伝の湯(2016年冬 - 北アルプス・前穂高岳北尾根3峰[4/4]

 その卜伝の湯を西丸震哉が取り上げていた。

 石だかコンクリだかで固めた長方形の湯だまりで少し熱めだがまあ適温、ただしここで入浴する気になった人はおそらくいなかったと思う。この湯の内側には30センチもの暑さに緑色のブヨブヨの苔だか藻だかが繁茂していて、体を沈めていくとグヤグヤブクブクヌラヌラと気泡を立てながら全身を抱き込んでいくのだ。これはかなりイヤな感触であった。

西丸震哉「西丸式山遊記」(中公文庫,2000)P.309-310

 と、あんまりいい心地ではなかったようだ。しかし、

 この湯も完全に思い出の中だけのものになってしまった。

西丸震哉「西丸式山遊記」(中公文庫,2000)P.310

 と文章を閉じているから梓川の流れが変わったりして今は違う温泉なのかもしれない。それに生えている藻をそのままにしていたら不衛生で保健所に怒られそうだ。

  1. 2017/08/04(金) 20:45:37|
  2. 書評 - 山岳
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秋山郷の上流に出る幽霊の話

 秋山郷の上流、渋沢ダムのあたりは幽霊が出るそうだ。

 西丸震哉が和山温泉に泊まったときに宿の先代のバアサンが体験したという話が「西丸式山遊記」に載っていた。

 おそらく半世紀以上も前のことだろうが、下流の穴藤にある発電所建設のとき、強制労働をさせられていた朝鮮人が、よく脱走してきて、握り飯をもたせてやったそうだ。下流に脱走するとすぐ捕まって、またタコ部屋へ放り込まれ、ますます死を早めるので、みんな上流へ逃げたという。和山から魚野川をつめて、野反池の手前で700mの尾根の直登をすることになるが、もともと身体をいためつけられているために体力が尽きてこの上りの途中でほとんどが死体をさらしたそうだ。

 営林署の職員がこの山中で野宿をすると、朝鮮語で一晩じゅうメンメンと語りかけられるというから、まだ浮かばれない魂がひしめいているのだろう。

西丸震哉「西丸式山遊記」(中公文庫,2000)P.256
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↑荒廃した営林小屋

 ちょうど、2年前に魚野川を遡行するときに渋沢ダムの避難小屋に泊まったのでちょっと驚いた。渋沢ダムのほとりには荒廃した営林小屋もあり、野反湖からの道も長く、話は生々しい。幸い、私は幽霊を見ていないので幽霊が成仏したか、私の霊感が足りないのだろう。

  1. 2017/08/03(木) 22:41:32|
  2. 書評 - 山岳
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西丸震哉氏が訪れた昭和58年噴火後の三宅島

 西丸震哉「西丸式山遊記」にある岩塔ヶ原の記述の続き。

 西丸震哉氏が昭和58年噴火後の三宅島を訪れている。坪田に宿をとり、雄山や阿古の溶岩原などを巡っている。三七山、ひょうたん山ではイネ科の草、タデ、乾燥地に強い低木がまばらに生えはじめていることをみて、雨が多くて酸をある程度流してしまえば、20年で緑が進出してくることを指摘している。

 面白いと思ったのは地面が熱いという記述。一つ目は村営牧場。おそらく二男山であろう。

 足もとを枯木で掘ると、30cmくらいで真っ赤な礫となり、木が萌えてしまう。

 つまり足の下のほとんどは溶鉱炉の中みたいなもので、ほんのひと皮上に立っていることになる。

西丸震哉「西丸式山遊記」(中公文庫,2000)P.185
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↑二男山付近の火口(2014年春 - 三宅島・薄木粟辺の溶岩流より)

 もう1つは新鼻新山。

 その南、新鼻という岬あたりに新火山が噴出して、はじめは島だったそうだが陸続きとなり、外側が波で浸蝕されて半分なくなってしまった。火口壁がそのまま海に開いて、底に白っぽいウグイス色の湯がたまっている。山頂部はユゲを噴いて地面もほの暖かい。

西丸震哉「西丸式山遊記」(中公文庫,2000)P.186
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↑新鼻新山の火口

 現在ではいずれも地面は暖かいと感じられない。地形図には逢ノ浜にも温泉マークが付いている。今でも掘り返せば暖かいと聞くが、私は暖かい場所を知らない。地熱が残っていれば青ヶ島のひんぎゃの塩みたいに観光名所になると思うのだが残念である。

  1. 2017/08/02(水) 23:48:53|
  2. 三宅島・御蔵島
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私は島で顔が広いかどうか

 私が島で顔が広いと職場で言われた。

 しかし、私はそういう自覚はない。私は社交的ではないので、自分からイベントを企画したり積極的に参加することはない。土日に家にこもっていることもある。それに支庁に勤めていれば誰でも条件は同じであり、あるいはテニスや野球などのスポーツに参加している人の方が私よりずっと顔は広いだろう。

 顔が広いと思われるのは、単純に三宅島にいるのが累計4年目になることや、仕事柄打ち合わせなどで知り合いになることがあるからではないかと思っている。私は人の顔も名前も忘れてしまうので顔が広いとむしろ名前が思い出せず気まずい。社交的な人がうらやましい反面、私には人付き合いで疲れるだろうなと思う。

  1. 2017/07/31(月) 00:24:39|
  2. 日記
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部屋掃除をした2017夏

 部屋掃除をした。

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↑部屋掃除の結果

 私はものぐさなのでひと月に1回くらいしか掃除をしない。部屋の隅にほこりがたまっている様子を見て掃除しようと思いたった。

 職員住宅は広く押入れも多い。1人で住むには十分である。ものが多くても押入れに収納すればだいぶ部屋はスッキリする。

 私は引越しが好きではないが、就職してから12年目で引越しを6回経験している。うち3回が自己都合によるもの、3回が転勤によるものだ。地方公務員にしては多い方だろう。引越しのたびに荷物の多さに辟易するのでもっと減らしたいのだが、いかんせん山の道具と本がなかなか減らない。

 それでも収納スペースの広さのおかげで居住空間に雑多な荷物が少なく見えるのは住んでいて気持ちがいい。

  1. 2017/07/30(日) 19:19:41|
  2. 日記
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車回収ついでの畑の草むしり

 昨日は伊豆で飲んで車を置いてきてしまったので、歩いて車を回収に行った。ついでに畑の様子を見にきた。

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↑ジャガイモはすっかり茶色に枯れてしまった

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↑トマトは2つ小さいのがなっていた

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↑曲がったキュウリがぶら下がっていた

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↑ナスの苗

 正午ごろだったので暑くて玉のような汗が滴り落ちた。適当に草むしりして早々に引き上げた。トマトときゅうりの収穫がありそうなので楽しみだ。

  1. 2017/07/29(土) 15:03:00|
  2. 三宅村伊豆の畑
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架空のAI島民と話ができるらしいサイト

 東京諸島観光連携推進協議会というところがユーザーの好みにあった島を選んでAIと話しができると聞いて試してみた。

 あなたが胸キュンする島をマッチングします。マッチングで選ばれた東京11島の島民AI は、島の魅力をあなたに伝えてくれる架空の島民です。

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↑島キュンメッセージの選択肢

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↑青ヶ島のAIの人が候補に上がった

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↑Facebookのログインを求められたのでウィンドウを閉じた。

 残念ながらFacebookのアカウントを持っていないのでAIとの話はできなかった。

 でもこのサービス、AIと話をするのもやや面倒だ。もともと島に興味のある人かAIに興味のある人しか心に訴求するものがないように感じる。相当にマニアックな島の話題についていけるとか、ちょっと受け答えがヘンテコとか、強烈な売りがないとネットユーザーに広がっていかないと思う。

  1. 2017/07/28(金) 00:04:56|
  2. コンピュータ
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