島ノ中ニ有リblog

島の生活とか、登山とか、Macとか、日記とか

西丸震哉「西丸式山遊記」にある岩塔ヶ原の記述

 西丸震哉「西丸式山遊記」を読んでいる。

170618nishimaru.jpg

↑西丸震哉「西丸式山遊記」

 2001年に「尾瀬 岩塔ヶ原について」という2chのスレがあった。立入禁止の理由やガイドブックに載っていない理由、果てはおろくが眠っているとかサンカの神殿があるとかいろんな憶測が飛び交っていて探検に興味のある人には実に面白い議論が交わされていた。しかし、所詮は雑談、結論が出ることはなく、憶測の提示に終わっている。

 スレでは原著として「西丸震哉の日本百山」(実業乃日本社刊、1998)が紹介されているが、「西丸式山遊記」にも岩塔ヶ原について触れられている。5万分の1地形図の沢筋谷筋がデタラメだと指摘した後に氏は語る。

 藤原図幅の中の、利根川流域に隣接する尾瀬ヶ原の西北部に、15平方キロにわたって、地形図と現実とがまるっきりズレている部分を発見した。

 景鶴山、大白沢山、ススケ峰、日崎山、1811m峰(八海山)が囲む四辺形内がそれで、この中央部にある3つの沢の合流点あたりの盆地は、地図のミスのおかげでこの世の盲点になってしまっているのだ。

西丸震哉「西丸式山遊記」(中公文庫,2000)P.79

 猫又川右俣は外田代で三股になっており、氏はそこを岩塔ヶ原と名付けている。

 この合流点の近くに、非常に不自然な岩塔状のものがニョッキリと立っているのがすごく気になった。火口原とみられるかなり平らな盆地の中に熔岩塔が立っているはずがない。こんな異様なものが一体何なのかは、4万分の1の写真では判別できないので早速現物を見に行くことにした。

 山の鼻から猫川(猫又川)をつめて行き、右俣・左俣と名付けた沢の二分するところでキャムプ。右俣を忠実につめて仮空の場所、三股をすぎて沢の中を歩いていくと、右側が拡がった地形に出たので沢から上ってみると、ヤブと森林に囲まれた湿原がつながっていた。湿原と沢との間に岩塔があるはずのところだ。しかしそんなものはどこにもない。小さな丘に黒木のきわ立って高い大木がびっしりと立ったもの、これが岩塔に見えたにすぎなかった。

夢を描かせてくれた目的物の名前はそのままに残して、この湿原には岩塔ヶ原と名付けこの周辺4平方キロの盆地を岩塔盆地と名付けることになった。

西丸震哉「西丸式山遊記」(中公文庫,2000)P.80

 残念ながら上のスレで上がっているような怪しい噂の元となる記述は見当たらなかった。しかし、近くの景鶴山も含めて現在は入山禁止のようなので、地図や航空写真を見て思いをはせるしかないのだろう。

関連記事
  1. 2017/07/06(木) 20:12:50|
  2. 書評 - 山岳
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<島で乗っているマツダキャロル | ホーム | ナスとオクラの芽を植えてみた>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nakayamayu.blog107.fc2.com/tb.php/3733-fecb5ce8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)