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「伊ヶ谷風土記」にある「あおさ山神社」の記載

 環状林道の伊ヶ谷地区にある鳥居が「青沙山(おおさやま)神社」かどうか、村の図書館で資料を探した。

 笹本亀治「伊ヶ谷風土記」に「あおさ山神社」という神社について触れられていたので抜粋しよう。

 次に部落の真上にある”あおさ山”と云う場所にあおさ山神社と呼ぶ神様がある。この神様の弥宣は石井友一氏であるが(仲町の分家)いま東京に移転しまったので、その親戚である桜田弥之助氏家で代行しているが、この神社には一つの口碑がある。村に大火があってその復興に用材不足で困ったのに起因して、村がその所有地を将来用材確保のため各家に割当てた。今でもあおさ山割地といって残っている。その割地整地のため、いま弥宣をしている石井友一氏の先祖が、その地へ行って鍬入れをしたところ、その鍬先に硬い石が当って、その石に神という文字がきざまれていたのでその作業を中止し帰り、そのころ予言的な口碑する巫女に拝んでもらったところ、その地は神の域であるので、開墾を止めて祭祀すべきと申されたので、その開墾を止め、代え地をもらって村で話し合ってその地を神地域としてあおさ山神社と申上げ、山の神を招神申上げた、とのことである。今では毎年一月九日を例祭日と定めて祭典を行なっておる。神地域は樹齢何百年と思われる椎木、その他鬱蒼として昼なお暗く、島にあっては伊豆の御祭神社、神座山神社とともに森閑として一種異様な感に包まれる。

笹本亀治「伊ヶ谷風土記」昭和51年2月1日発行P.9

「弥宣」という言葉は聞き慣れないが、「禰宜」の間違いだろうか。ずいぶんと山の上の方まで植林地にしようとしたようだ。昔はあちこちに歩き道があっただろうし、伊ヶ谷は斜面が急なので伐木の搬出が比較的容易なのかもしれない。

 伊ヶ谷にある青沙山神社あるいはあおさ山神社について見つけられた文献は「伊ヶ谷風土記」だけであり、残念ながら場所についての言及は見当たらない。私が見たのは他の神社の可能性もあるが、状況証拠から青沙山神社あるいはあおさ山神社と呼ばれる神社だと思う。

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