島ノ中ニ有リblog

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登山における事故対策と震災対策の相似

 だいぶ前の話だが、ある大学の雪崩事故報告会を聞いてきた。

 現役部員はとりあえず年度内は対策を含めた報告書の作成に専念し、登山を行わないということであった。顧問の先生からは「危ないから登山を行わない、というのでは登山で得られてきたものもこれから得られるものもなくしてしまう」と部の存続の意見を聞けたので少しホッとした。某大ワンゲルのように解散する、というのは登山を志向する学生の選択肢を1つ消してしまう訳でなんとももったいない。とはいえ、どのように部を運営するかあるいは運営しないかは実際に活動する現役の一存で決めるべきものだし、ただOBの私が部がなくなることの郷愁に浸っているだけかもしれない。

 OBからはいくつか意見が出ていたが、web上で雪崩について「非常に危険な状態」と指摘していたにもかかわらず、なぜ登山を行なったのか、という問いがあった。回答として、それがスキーヤー向けの情報であり参照していなかったこと、別の情報では「注意して行動せよ」という指摘だったことが挙げられた。

 この指摘は原因究明に向けて大いに役立つと思う。しかし、一方で粗探しをするように細かな失敗をもって原因とし、同じ行動を避けるだけというのは登山の本質から目を背けていると思う。なぜならば登山は常に危険と隣り合わせであり、どんな実力や装備を持ってしても事故の可能性を排除することはできないからだ。これは著名なクライマーでも山で死んだ人がいることでも分かるし、岩崎元郎氏も同じことを指摘している

 山を知ることに、「もう十分」ということはない。相手は自然なのだ。どんなに経験を積んだベテラン登山者でも、ひとたび山に入れば100パーセント安全だという保証はどこにもない。

岩崎元郎.登山不適格者.P.28. 日本放送出版協会.2003.

 事故そのものは完全に避けることのできないものと認識した上で、事故発生の可能性を限りなく低くし、事故が起こった場合でも最小限の被害に抑えることを念頭に置いた対策をすべきだと思う。ちょうど片田先生が提言する震災時の避難三原則が通用するように感じる。

  1. 想定にとらわれるな
  2. その状況下で最善を尽くせ
  3. 率先避難者たれ

 これをもって対策とするにはあまりに理念に偏っているのは承知である。しかし、天気予報などの想定にとらわれず、その状況下で最善を尽くし、事故後にパーティーを率いて脱出すると読み替えれば十分に通じるのではないかと思う。

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  1. 2017/05/18(木) 19:57:41|
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