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檜原村人里の由来

 西多摩でも随一の難読地名「人里」について図書館で本を借りて調べてみた。

 多摩の地名について由来を取り上げた本で相当の数の地名が載っている。著者は羽村在住で立川第一中学校の校長などを務め、教職を退いた後書いたそうである。といっても刊行は1980年と30年以上前の本で絶版であり、図書館でしかみられない。

 そんで件の「人里」は「ヘンボリ」と読む。檜原村の南秋川にある集落の名前である。私が初めてこの地名を見たのは高校生の時に買った「アルペンガイド6 奥多摩奥秩父大菩薩」であり、変わった地名があるものだと覚えてしまった。

 さて、なんでこんな読めない地名になってしまったのか、言語学者や民俗学者が昔から論じているようだ。「多摩の地名」では5つの説を紹介している。はじめの2つは信ぴょう性の弱い説として紹介している。

 その後、学者の説を2つ紹介している。いずれも朝鮮語に由来するという説だ。

 戦前では言語学者の中島利一郎氏(1874-1959)が、「難訓地名の研究」ー武蔵奥多摩の人里の読み方についてーという長文の論文で、言語学的に人里(ヘンボリ)の読み方について論じられたのである。

(中略)

 論文は、人を「へん」と読む言語学的根拠、里を「ぼり」と読む言語学的根拠の2つの柱のもとに、微に入り細に亘って論証されている。

 要するに、東洋言語学的にいえば、人をヘンと読むのは蒙古・朝鮮系の言葉であり、里をボリと読むのは朝鮮系の言葉だというのである。そして人里という地名は言語学と、民族学上非常に貴重な材料であるとされている。

保坂芳春「多摩の地名」(武蔵野郷土史刊行会,1980)P.104-105

 同じく朝鮮語系で説明されているのは山中襄太氏で、『風土語源物語』(毎日新聞社刊)、『地名語源辞典』(校倉書房刊)両署に「ヘンボリ」をとりあげておられる。

 まず、『地名語源辞典』では、

(人里<ヘンボリ>と読むのは)これはおそらく昔の帰化朝鮮人が、朝鮮語のヘンボリという意味を人里と訳して、この地名にしたものであろう。

 人を意味する朝鮮語hunと里を意味する朝鮮語Purをいへば人里といふことになる。これがだんだんなまってヘンボリになったのであらう。こう考へれば、人里と書いてヘンボリなどと変な読み方をする理由がよくわかる。

保坂芳春「多摩の地名」(武蔵野郷土史刊行会,1980)P.105

 最後に著者の保坂芳春氏は「ヘンボリ」の音から「端の方の開墾地」という説を挙げている。

 しかし人里という文字にとらわれず、ヘンボリという音から考えて一私案を提出してみたい。

’(中略)

「へ」は『岩波古語辞典』によれば、「辺、端、方で、端にあたる場所」をさすという。では「ホリ」とは何か。ホリはハリと同じように、田畑の開墾を意味する言葉である。墾の字をあてる。「ホリタ」(堀田、墾田)は開墾地のことだ」と『日本国語大辞典』(小学社刊)にはある。また東北日本では開墾地をホリノウチとよぶという(『地名の語源』)。

 これからへホリは「端墾」「辺墾」ということで、「端の方の開墾地」または「辺境の開墾地」といった意味であったのではないだろうか。へホリがヘンボリにかわるのはむずかしいことではない。

保坂芳春「多摩の地名」(武蔵野郷土史刊行会,1980)P.106

 いずれが正しいのかわからないが、これほどに変わった地名で学者が様々な論を展開しているにもかかわらず、由来がわかっていないのは不思議である。住居表示に関する法律により読みやすい地名に改変されてしまった場所も多くあるだろうが、辺鄙なところだからこそ地名がそのまま残ったのは幸いだと思う。変わった地名は特別な由来があろうからそのまま残しておきたいと思う。

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