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横田にないのに「ヨコタ」基地の謎

 「横田にないのに「ヨコタ」基地の謎」という記事が興味深い。

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↑国道16号の西側にある横田基地入口

 横田基地は福生市、瑞穂町をはじめとする5市1町にまたがるが、基地の住所に横田という場所はない。由来となったとされる武蔵村山市の大字横田は基地の範囲外である。不思議であるが、西多摩新聞の記事でいくつかの資料を参照し、「横田」基地と呼ばれるようになった経緯を書いている。

 米陸軍地図局(USAマップサービス)が戦争遂行のため日本支配地域の地図を多数作成していたが、これらの地図にはローマ字読みの地名は記載されていたが、新発見の飛行場(中山註:現・横田基地のこと)は記載が無かった。

 参照したとみられる地図は、米軍が1944年までに作成した東京エリアの25万分の1地図。この地図には市町村の境界線が描かれておらず、また「フッサ」の地名は地図上には八高線の西側に配置されていて、飛行場と関連づけられることがなかったとみられる。

 結果、より飛行場に近いところに書かれていた「ヨコタ」が、飛行場の仮の名前として選ばれた。

 米陸軍地図局作成の地図資料に記入された注釈によると同飛行場の位置として「ヨコタ」の1マイル半南西、「ハコネガサキ」の1マイル半南南東と書かれている。(中略)

 これら記述から考察すると「ヨコタ」の名は村山村(現武蔵村山市)の字名である「横田」に由来することは間違いない。米軍は、日本の正式名称である多摩飛行場の名を把握していなかったため、仮に「ヨコタ」の名を付け、補欠の候補名として「ムラヤマ」「ショウワ・N」の名も挙げていた。当時の日本の地図には青梅街道と砂川道の交差点に「横田」の字名があったからだ。

川島憲治のヨコタ点描,西多摩新聞,第2575号,2017年1月1日(日)P.8

 正式に基地名にヨコタの文字が冠されたのは1946年のことだそうだ。

 46年8月に米第3爆撃飛行大隊が厚木からヨコタに移駐。ヨコタ飛行場を正式に米陸軍航空軍の基地として開設し、基地名を「ヨコタアーミー航空基地」と掲げた。

川島憲治のヨコタ点描,西多摩新聞,第2575号,2017年1月1日(日)P.8

 以前、見つけたテキサス大学図書館の公開している終戦直後の地図を見ると「MURAYAMA AIRPORT」の文字が見える。これについては飛行場の名称はしばらく不安定なままで1946年に米陸軍地図局作成の地図では「ヨコタ」飛行場の位置に「ムラヤマエアポート」の名称が印刷されているものがあると触れられている。

 広い地図から名称をつけたために現地の感覚とズレが生じたようだ。住所としての世田谷区桜上水に玉川上水が通っていない点とか地名と現地のズレって調べると面白いと思う。

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