島ノ中ニ有リblog

島の生活とか、登山とか、Macとか、日記とか

沢木耕太郎「凍」

 沢木耕太郎「凍」を読んだ。

 山野井泰史・妙子夫妻のギャチュンカン北壁第2登とその脱出行を描いたノンフィクション。

 沢木耕太郎という作家は深夜特急という小説で有名だとは知っていたが、海外にあまり興味を持たない私は読む気もなかった。ただ「凍」という作品は山岳を題材としていたので題名は知っていた。いずれ読もうと思っていて入手したので読んでみた。

 ギャチュンカンはエヴェレストとチョー・オユーの間にある7952mの山。山野井泰史氏があまり目立たない山を目指した理由は、ギャチュンカン北壁を初登したスロヴェニア隊のシュトレムフェリの言葉であった。

 自分たちが登ったノース・フェイス、つまり北壁も悪くなかったが、未踏のイーストフェイス、東側の壁もかなり面白そうだった、と。

沢木耕太郎「凍」(新潮文庫,2008)P.19

 実際には東壁は雪崩の巣であり、次に選んだ北東壁も雪崩の恐れがあり、北壁に妙子夫人と登ることにする。計画はベースキャンプから登り2泊、下り2泊の4泊5日、それに予備日1日をつけて6日間の予定であった。

 4日目、体調のすぐれない妙子夫人は途中でテントに戻り、泰史氏が単独でギャチュンカンに登頂する。5日目から下降を開始するが、夕方にたどり着いたテラスは雪を削り出した10cm足らずの谷に向かって傾斜したものであった。テントは張れず、2人はそこに腰掛けて夜を過ごす。さらに6日目はテラスがなく、ロープでブランコを作り夜明けを待つ。高山病のためほとんど飲み食いのできない妙子夫人、過酷なビバークによる凍傷、雪崩による妙子夫人の滑落、やはり高山病のため見えなくなる2人の目と、数々の困難が立ちはだかる。9日目、やっとのことで2人はベースキャンプに帰り着く。

 このノンフィクションの面白さは登頂よりも下山の脱出行にあると思う。比較的予定通りの登りより、体の故障や雪崩といった条件で生きるか死ぬかの精神状態を細かに描写している。3日目泰史氏が凍傷になっても妙子夫人が食事を受け付けなくなってもパニックには陥っていない。しかし、6日目に滑落した妙子夫人のところにたどり着いた泰史氏は瀕死であった。

 午前零時過ぎ、妙子のところに降りたときはすべての精力を使い果たしていた。もうエネルギーのひとかけらも残っていなかった。神経を使い、体力を使い果たした。自分には心臓が鼓動を打つ力も残っていないように思えた。

「ああ、心臓が止まる、止まる……」

 妙子に言った。

(中略)

「背中を、背中をたたいてくれ……」

 心臓にショックを与えないと鼓動が止まりそうに思えたのだ。

 どこでもいいから座りたかった。しかしどこにも座れない。もう自分は本当に死ぬのかと思った。

沢木耕太郎「凍」(新潮文庫,2008)P.241

 自身は登っていないにもかかわらず、これほどの描写を引き出せる作家は素直にすごいと思う。メディアに露出する必要のない山野井氏は、作家の取材を受ける必要もないはずだが、氏と信頼関係を築き、終章ではギャチュンカンのベースキャンプ再訪に同行させてもらうほどの間柄になっている。

 井上靖の氷壁もそうだが、登攀しない作家が登攀する人を対象に小説を書くって相当に大変だと思うが、それに見合う文学的価値があるのだろう。

関連記事
  1. 2016/12/23(金) 10:37:03|
  2. 書評 - 山岳
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<福生駅西口のイルミネーション2016 | ホーム | 砂漠をカメラ持ってうろついた夢>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nakayamayu.blog107.fc2.com/tb.php/3544-3571e6df
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)