山ノ中ニ有リblog

登山とか、Macとか、日記とか

新田次郎「寒冷前線」

 新田次郎「風雪の北鎌尾根・雷鳴」を読んでいる。

 短編集で収録の「寒冷前線」に目を留めた。昭和32年2月10日に奥多摩の鷹ノ巣山から六ツ石山にかけての石尾根で4人が遭難する話だ。氷川から鴨沢・七ツ石山を経由して雲取山を往復する予定であったが、天気がよいため七ツ石山から氷川へ石尾根を下る計画に変更する。鷹ノ巣山を過ぎてにわか雪が降り始め、六ツ石山の手前でビバークする。

 ひどい寒さであった。固形燃料は四人のかじかんだ手を温める役にしか立たなかった。かちかちに凍った靴の紐をといて、足をあたためる程の燃料の持ち合わせはない。四人はロウソクを囲んで、固く身を寄せ合っていた。ロウソクの火が消える時が四人にとって一番危険な時のようであった。

新田次郎「寒冷前線」,「風雪の北鎌尾根・雷鳴」(新潮文庫,1995)P.68, 69
170211kumotori_016.jpg

↑足跡の少ない七ツ石山から鷹ノ巣山への縦走路(2017年冬 - 奥多摩・雲取山

 これを読んで不思議に思った。P. 67には天候の急変は明らかになったが四人のパーティーのいる場所の近くには小屋がなかったとある。鷹ノ巣山避難小屋があるではないか。また、峰谷や日原へ下る尾根もある。

10kumotori_106.jpg

↑鷹ノ巣山避難小屋(2010年春 - 奥多摩・雲取山

 鷹ノ巣山避難小屋が比較的新しいことを考えると当時避難小屋はなく、峰谷や日原へ下る尾根は一般的でなかったのだろうか。具体的な日時、当日の気象に言及しているところを見ると実際にあった事件を基にした小説だろう。主人公の並木という苗字も青梅でよくみる苗字だ。ひょっとしたらこの事件を機に小屋を建てたのだろうか。

関連記事
  1. 2016/10/20(木) 00:38:11|
  2. 書評 - 新田次郎
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<新田次郎「風雪の北鎌尾根」 | ホーム | 連合赤軍が小袖川にベースを置いていた>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nakayamayu.blog107.fc2.com/tb.php/3479-b62f9388
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)