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吉尾弘「垂直に挑む」

 高田馬場のブックオフで山の本を5冊買ったうちの1冊。

 著者の吉尾弘氏は一ノ倉沢滝沢の積雪期初登攀を皮切りに、北岳バットレス中央稜積雪期初登攀、剱岳チンネ正面壁積雪期初登攀と数々の積雪期初登攀を成し遂げ、1962年には冬季屏風岩ー前穂東壁右岩稜ーDフェース連続登攀を行っている。その後はヴェッターホルン北壁、ネパールのパビール遠征などを行ったと著者の解説欄にあった。調べてみると2000年3月に一ノ倉沢滝沢リッジで滑落死したそうだ。

 山の本というのは叙情的な要素と叙事的な要素で構成されると思う。叙情的な要素が多ければ串田孫一や大島亮吉のような文学的な作品となり、叙事的な要素が多ければ初登攀の記録やガイドブックのようになる。いずれも重要だが、私は現在地がどこでパーティーに誰がいるのか、といった状況がわからないとイマイチ叙情的な面に没入できない。

 その点、吉尾氏の文章は叙情的な要素と叙事的な要素のバランスがよくとれていて読みやすい。各ルートも概念図が描かれているので現在地もつかみやすい。その上で登り出しのトップ決めの不安や滑落したときの心情などが分かりやすく描かれている。

 他者への攻撃的な感情を包み隠さないのも魅力だ。剱岳チンネ正面壁にアタックする日のこと、同行する芳野氏が起きろと声をかける。

 いやに眠いので時計を見ると、まだ午後8時(9日)である。罪なことをするものだと、さすがに私もむっとして聞いてみた。

「出発は午前1時のはずなのに、まだ5時間もある。時計を見たのですか」

吉尾弘「垂直に挑む」(中公文庫,1980)P.74

 この後芳野氏から出発までの準備が遅いためこの時間に起きることを指摘され我慢できなくなっていたが、やはり同行する田中氏から肩を押えられ、気持ちを押し込める。

 登山は何日も一緒に行動するし、テントも一緒、飯も一緒なので、下界での同棲生活よりも他人との距離が近い。必然、考え方の衝突は起こりやすい。ましてや困難なルートであれば気持ちは常に高揚し、焦燥感に駆られているため、剥き出しの感情がぶつかることもあろう。そのため山ではリーダーを決めて最終的にはリーダーの言うことに従うという組織編成が多い。

 ただ、下界に降りてきてからその感情を隠さないと社会生活ではトゲのある言い方になってしまい、いい思い出だけを綴ってしまうのも感情だろう。そのジレンマは吉尾氏自身もわかっている。

 私はこの本のなかに、いっしょに登った仲間のことをいろいろ書いた。なかには気を悪くする人もあるかもしれないし、そのために摩擦のおこるかもしれないことも覚悟している。

 しかし、私の書いたことは登攀した当時の偽らざる気持ちだった。これを私一人の胸のなかにそっと収めておくのも一つの美徳かもしれないが、それでは自分の気持ちを偽ることになってしまう。折角この登攀記を人間の記録として書こうとする意味がなくなってもしまう。

吉尾弘「垂直に挑む」(中公文庫,1980)P.250-251 あとがき

 吉尾氏の朴訥な性格がわかる書き方で、登攀記としてもわかりやすいし、登攀者の抱いた感情もわかりやすいうまい語り手だと思う。トップクライマーも人間らしい葛藤を抱えているというのが伝わってきた。

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