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千葉高山岳部部報針葉樹第1号、第2号、第3号を読んだ

 千葉高山岳部部報針葉樹第1号、第2号、第3号を読んだ。

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↑千葉高山岳部部報針葉樹第1号、第2号、第3号

 昔、OBから顧問の先生に手渡されたものの、取り扱いに困った先生がOB会に返したいと考えていたそうだ。この間、旧顧問の先生に会いに行ったところ、OB会の役員会に出席する予定の私に託された。役員会のときに会長に目を通して見たいのでしばらく預からせてほしいとお願いし、承諾を得た。

 表紙に色が塗ってあるのが斬新である。ガリ版刷りの当時にカラーコピーなどないので1冊1冊筆で塗ったのだろう。また、クラブ名が固定されていないのがまた面白い。高校の名前すら千葉第一高校の時もある。

号数発行年月日クラブ名
第1号昭和24年10月14日千高山岳部
第2号昭和25年2月12日千高山岳クラブ
第3号昭和25年(奥付なし)千葉第一高校山岳クラブ

 この冊子を作るきっかけは第1号の編集後記に書かれている。

 さて、さヽやかな雑誌たりとも作ってこの懐かしい今夏の山の憶い出の数々を永久に残さう ー 登山のつらさ、岳友の友情、山嶺の美しさ等々 ー と決心し、計画を始めたのが九月、表面化したのが此の針葉樹である。

千高山岳部第1号,編集後記

 残念ながらなぜ「針葉樹」という題名にしたのかは触れられていない。一橋大学山岳部と同じ会報であるが、真似たのか偶然なのかはわからない。前にOB会の会長が言っていたのは、後者のようであった。

 山行内容は地蔵岳から広河原峠を越えて白根御池小屋を経て北岳、仙丈ケ岳、三峰神社から雲取山、勘七ノ沢、八ヶ岳本沢温泉から編笠山までの縦走などである。南アルプスの記事が多い。何ページかは印刷がかすれてほとんど判読つかないものもあった。また、具体的なルートが書かれていないものもあった。

 アプローチが今とは全くことなる。北岳に行くのに穴山駅で降りて御座石温泉まで歩いて行ったり、キュウハ沢まで秦野駅から歩いて行ったりするのを見ると隔世の感がある。キュウハ沢では登山口の山の家に泊まった時の表現が面白い。

 中津川を渡って、札掛山の家についたのが正七時、早速風呂に入る。おどろいた事には、この山の家は四世帯二十人の家族がゐるが、これが皆クリスチャンだそうで、夜これの集会によばれて賛美歌とバイブル、ヨハネ伝第十六章を読ませられた時は全くあやしきまでへんな心地がした。なかなか味のある山小屋の一日であった。この宿料七十円也に三十円足して大枚一枚ふん発してやった。

菅武太郎,キウハ沢遡行,千高山岳部第1号,P.19

 割に地名を詳細に書いてあった第3号の笛吹川紀行抄を読むと、これまた窪平行きのバスが三富まで延長していて楽だ、という表現が見つかる。また、釜の沢・信州沢の二俣に「鶏冠山鉱山事務所がありそこに泊ることにする」とあってあんなところに鉱山があって人が出入りしていたのかと驚く。

 山行記に限らず随筆も多い。じっくり読めば面白い記事があるのだろうが、かすれていて読めなかったり、旧字体で私が読めなかったりするので、読むのに疲れる。紙もボロボロで取り扱いもそっとである。70年近く経つ手書きの冊子が読めるのは貴重だが、これ以上長期に保存するとなると紙以外の手段を考えたほうがいいのだろう。

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  1. 2016/04/16(土) 16:10:55|
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