島ノ中ニ有リblog

島の生活とか、登山とか、Macとか、日記とか

大島亮吉の言及するワンダラーの概念

 大島亮吉「山 ー随想ー」に見るクワウンナイ川の水の表現の関連。

 大島亮吉がWandererに言及している章があった。

 もっともその「旅行者」は汽車や自動車にのって、ただ各地のホテルを泊り歩く、いわゆる漫遊客をいうのではなく、背には食料その他の一切を背負うて、街道から山の中の小径まで、谷から谷へと峠を越えては、きままにさまよい歩くような旅行者をいうのであって、これをより明らかな意味の外国語で言うとすれば、Touristではなく、むしろTravellerに近く、その意味は漠然としてはいるが、Wandererという言葉が、最もそのような旅行者の態度や、気持を言い含んでいるものと思う。

大島亮吉,峠,「山 ー随想ー」(中公文庫,1979)P.176-177

 また、ティ・エッチ・ホームズの「山地漂浪の心理」(Psychology of Hill-wandering)を引用して一般的な峠越えの過程を書いている。

 私も大学ではワンダーフォーゲル部に所属していたが、文登研にも行って山岳部とワンダーフォーゲル部との違いを感じることはあった。やはり漠然としているが、山岳部は名前の通り山を対象としており、ワンダーフォーゲル部は漂泊することを目的としており、山を対象に漂泊する場合に両者の行動範囲が一致しているように感じる。目標という切り口で見れば、山岳部はより高みへという垂直への挑戦、ワンダーフォーゲル部はより遠きへという水平への挑戦と対比できそうだ。

030306harris-saddle.jpg

↑ニュージーランドのハリス峠(2003年春 - New Zealand旅行[13/37]

 私も峠を越える道は好きだ。この文章を読みながら私が思い浮かんだのはニュージーランドのルートバーントラックのハリス峠 Harris Saddle / Tarahaka Wakatipuである。ニュージーランドのグレイトウォークは必ずしも山頂を踏むことにこだわっておらず、ルートバーントラックも山頂を踏まない。ただ、ハリス峠には木がなく視界が広がり、乗っ越したという感覚が大きい。天候がよかったこともあるが、よく印象に残っている。

 大島亮吉の紹介文には3月に前穂高北尾根で転落死とあるので、アルパインクライミングに傾倒しているのかと思いきや、こういった穏やかな山歩きにも造詣が深いというのは幅の広い人物だと思う。私も必ずしも高みではなく、峠を漂泊するのも好きだし、そんな趣味があってもいいと思う。

関連記事
  1. 2016/01/19(火) 00:00:43|
  2. 書評 - 山岳
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<荒船山から神津牧場にかけての山稜 - 大島亮吉「山 ー随想ー」 | ホーム | 10cmほど雪が積もった>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nakayamayu.blog107.fc2.com/tb.php/3211-c22087b6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)