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大島亮吉「山 ー随想ー」に見るクワウンナイ川の水の表現

 大島亮吉「山 ー随想ー」を読んでいる。

 大島亮吉は明治32年(1899年)東京生まれ。大正6年に慶応義塾山岳会に入会し、燕・槍の縦走や北海道の登山、穂高岳の積雪期登攀を行い、昭和3年3月に前穂高北尾根で転落死した人。享年30歳だったという。日本の登山の黎明期にあった人だ。

 今読んでいるのはクワウンナイ川の遡行だが、とても30歳前の人が書いたと思えないくらいの筆致でクワウンナイ川の滑床を表現している。

 今滝を劃然たる境界にしてクヮウンナイは下流の痛ましい荒廃した光景から全くユニックな河相を展開している。安山岩の少しも大きい凹凸のない河床をいっぱいに清冽な水は無数の白泡を浮べ飛沫を跳ね飛ばして淙々とした音を立てて流れていく。ただにその河床は数町にて終らず、屈曲して河身の見えないところまで続いている。潺々たる水、瑠璃玉のような水泡、すべてが河床を辷るように流れていく。我々はこれまでの尖々しい感じはこの明媚な秀麗な景趣に洗い流されて一種の幽趣を帯びた、まるで南宋画にあるようなこの景図のうちを歓声を挙げつつ進んだ。

大島亮吉「山 ー随想ー」(中公文庫,1979)P.16

 私はクワウンナイ川は行ったことがないものの、何本も沢登りしているし滑床もよく見ている。しかし、こんな生き生きとした水の流れる様を描き出すことはできないと感じた。「淙々とした」「潺々たる」なんて漢語みたいな言葉は逆立ちしてもでてこない。「潺々」は「せんせん」と読み、「水がさらさらと流れるさま」という意味だそうだ。こんな表現ができるようになりたいものだ。

 藤村 操しかり、昔の人の文章を読むと若くして老成していると感じる。

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  1. 2015/12/03(木) 00:01:15|
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