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一般の国民の理解を得られないオリンピックエンブレムという芸術

 少し前の話だが、9月1日にオリンピック組織委員会が会見を開いてそれまで問題ないとしていたエンブレムを取り下げた。その際、一般の国民の理解を得られないことを理由に挙げた。一般の国民が理解しないから取り下げる、という責任転嫁に見える会見に批判的な意見がネット上で見られた。

 それを聞いて私が感じたのは、一般の人がデザインを理解しないのは芸術の特性であり、芸術の限界だなということである。

 オリンピック組織委員会が佐野氏のデザインを剽窃でないと述べているのは以下の表現である。

 ベルギーのリエージュのロゴとはコンセプトも違うし、もちろん仔細に見れば似ているところもあれば、似ていないところもたくさんあり、まったく違うものであるということをお話し、ご理解を得たと思っております。

佐野研二郎氏のエンブレム取り下げをオリンピック組織委員会が発表 - ログミー

 ヤン・チヒョルト展のポスターとの類似性については以下のように述べている。

 永井審査委員長はこれについて、どうお考えになりますかとお聞きしたところ、デザイン界の理解としてはそのように佐野さんの9分割されたデザインの基本、それはピリオドとは全く違うものですので、違うものと十分認識できるものであって、これは佐野さんのオリジナルなものとして、認識されると自分は思いますと。

佐野研二郎氏のエンブレム取り下げをオリンピック組織委員会が発表 - ログミー

 そして取り下げの理由については一般の国民の理解を得られないからと再三述べている。

 デザイン委員会としてはそういう理解でありますということでしたが、同時にですね、ここまでいろいろな形で問題になったときに一般の国民の方々が今のようなご説明で納得されるかは、現状問題があるかもしれませんと。これは永井さん自身のお話でありました。

 残念ながら自分のこのような説明、それから佐野さんの説明は専門家の間では十分わかり合えるんだけど、一般の国民にはわかりにくいですねという話がありました。

(中略)

 一方で、一般国民の理解はなかなか得られないのではないかということについては、永井さんのお話と同じように、我々も共有する懸念であると、難しいのではないかということを(佐野さんに)お話しました。

佐野研二郎氏のエンブレム取り下げをオリンピック組織委員会が発表 - ログミー

 芸術は一般の人に理解されないという場合もある。ピカソのキュビズムとかジョン・ケージの4分33秒とか。ときには「千円札裁判」のように法に触れるものもある。正直私にはその価値は分からない。心の内から溢れ出る情熱を表現するとそうなるのか、単に奇をてらってそうするのか分からない。芸術作品の中には他の芸術作品の一部を組み合わせるパッチワークみたいな作品もあるだろう。そのような作品がよいとか悪いとか評価するのは一般の人ではなく、芸術作品を作ったり批評を専門にしている人たちだろう。

 そう考えると、一般の人がデザインを理解しないのは芸術の特性であり、芸術の限界だなと思うのである。芸術家にとっても金を出してくれるパトロンの存在は重要であり、パトロンの希望する作品を作ることはあると思うが、一方でそれが必ずしも自分の作りたい作品ではないこともあるだろう。芥川龍之介「地獄変」は自分の作りたい作品を追求した絵仏師良秀の話だが、芸術家にとっては自分が作りたいものと他人が作って欲しいものの兼ね合いが難しいもんだと思う。

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  1. 2015/09/27(日) 22:42:33|
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