島ノ中ニ有リblog

島の生活をつづる

片目の魚にまつわる話

 柳田國男「日本の伝説」に片目の魚の話が載っていた。

 この次ぎには子供とは関係はありませんが、池の伝説の序でに片目の魚の話を少ししてみましょう。どうして魚類に一つしか眼がないのができたものか。まだ私たちにもほんとうのわけはよくわかりませんが、そういう魚のいるのは大抵はお寺の前の池、または神社の脇にある清水です。東京に一番近い所では上高井戸の医王寺、ここの薬師様には眼の悪い人がよくお参りをしに来ますが、その折にはいつも一尾の川魚を持ってきて、お堂の前にある小さな池に放すそうです。そうするといつの間にか、その魚は片目をなくしているといいます。夏の頃出水の際などに、池の下流の小さな川で、片目の魚をすくうことが折々ありますが、そんなときにはこれはお薬師様の魚だといって、必ずこの池に持ってきて放したということです。(豊多摩郡誌。東京府豊多摩郡高井戸村上高井戸)

柳田國男「日本の伝説」(新潮文庫,1987)P.51
150803ooigawa_008.jpg

 他にもたくさん片目の魚の話が載っている。魚が片目になった理由が書かれた話を挙げると、

 例えば下野上三川の城址の濠の魚は、一尾残らず眼が一つでありますが、これは慶長2年の5月にこの城が攻め落とされた時、城主今泉但馬守の美しい姫が、懐剣で眼をついて外堀に身を投げて死んだ。その因縁によって今でもその水に入る魚が片目だというのであります。

柳田國男「日本の伝説」(新潮文庫,1987)P.54

 そこでなお多くの因縁の例を挙げてみると、福島の市の近くの矢野目村の片目清水という池では、鎌倉権五郎景政が戦場で眼を傷つけ、この池にきて傷を洗った。その時池が流れて清水に混じったので、それで池に住む小魚はどれもこれも左の眼が潰れている。

柳田國男「日本の伝説」(新潮文庫,1987)P.55

 昔一人の馬方が馬に茶臼を附けて、池の堤を通っていて水に落ちて死んだ。その馬方がすがめの男であった故に、それが鰻になって、また片目であるという話であります。

柳田國男「日本の伝説」(新潮文庫,1987)P.56

 と理由も様々である。実際に片目の魚を見たことがないので、そんなにいるものなのか分からない。これだけ話が残っているとすると、単に同じ話が人の移動で伝わっていったというより、人間の深層意識に片目に対する畏怖の念みたいなのがあったんじゃないかと考える。柳田國男はそのへんをもやもやと説明している。

 何にもせよ、目が一つしかないということは、不思議なもの、またおそるべきもののしるしでありました。奥州の方では、一つまなぐ、東京では一つ目小僧などといって、顔の真ん中に眼の一つもあるお化けを想像するようになったのもそのためですが、最初日本では、片目の鮒のように、二つある目の片方が潰れたもの、ことにわざわざ二つの目を、一つ目にした力のもとを、恐れもし、また貴みもしていたのであります。

柳田國男「日本の伝説」(新潮文庫,1987)P.65

 現象のまとめであって理由は説明していないが、当時失われつつあった伝説を集めただけでも功績は十分すぎるだろうし、考察は後世の人に委ねられているのかもしれない。

 目は五感の中でも特に平常時に使用する器官だから、片目だとその目で一般の人に見えないものが見えている、それが畏怖の念につながったのだろうか。

関連記事
  1. 2015/09/02(水) 00:12:23|
  2. 書評 - 民俗学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<福生「天山」豚骨塩ラーメン | ホーム | マッキンリーがデナリに改称>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nakayamayu.blog107.fc2.com/tb.php/3082-62d7ef28
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)