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角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』

 角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』を読んだ。

 チベットのお口、ツアンポー川流域に「空白の五マイル」と呼ばれる秘境があった。そこに眠るのは、これまで数々の冒険者たちのチャレンジを跳ね返し続けてきた伝説の谷、ツアンポー峡谷。

角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社文庫,2012)裏表紙

 という冒険心くすぐる文章が裏表紙に載っている。この21世紀になっていまだに人の踏査できな場所が地球上に存在しているということに山屋としては心を動かされる。

 筆者は2度のツアンポー峡谷行きで秘境となっている箇所のほとんどを踏査しており、その中では今まで知られていない滝や巨大洞窟を発見している。

 ストーリーは2回のツアンポー峡谷行きと過去の探検家たちの冒険譚を織り交ぜながら語っている。高巻きで滑落して、過去のカヌー遭難者の話に映ったりとどちらも気になるような構成にしているが、読みやすい筆致である。

 私も単独行で人と会わない山行をすることもあるので、勝手に共感しながら読んでいた。筆者は冒険を行う理由について以下のように語っている。

 リスクがあるからこそ、冒険という行為の中には、生きている意味を感じさせてくれる瞬間が存在している。あらゆる人間にとっての最大の関心事は、自分は何のために生きているのか、いい人生とは何かという点に収斂される。

(中略)

 死が人間にとって最大のリスクなのは、そうした人生のすべてを奪ってしまうからだ。その死のリスクを覚悟してわざわざ危険な行為をしている冒険者は、命がすり切れそうなその瞬間にこそ生きることの象徴的な意味があることを嗅ぎ取っている。冒険とは生きることの全人類的な意味を説明しうる、極限的に単純化された図式なのではないだろうか。

角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社文庫,2012)P.295

 いい人生についてはその人自身がよいと感じればいい、と私は考えるたちである。生死のリスクに生きる意味を求めるというのは確かに究極の単純化だと思うし、冒険家は危険を冒してナンボなのでその通りなのだろう。私は登山に生きる意味までは求めておらず、暇つぶしの範疇であるが、筆者のように冒険記を書いて売っている人にとってはギリギリの命のやりとりが生きる意味なのだろう。

 物語は賞を取るくらい面白いのだが、物足りないと感じたのは、白黒でよいので写真がもっとあると面白いと思った。

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  1. 2015/08/20(木) 00:51:45|
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