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小西政継「マッターホルン北壁」

 小西政継「マッターホルン北壁」を読んだ。

 厳冬期マッターホルン第三登を果たした小西政継の記録。1つの山行で文庫本1冊の記録になるのかと少し驚いたが、氏の熱意が伝わってくる本であった。といっても熱血な練習や心意気みたいな根性論が綴られているわけではなく、むしろ理性的に目指す過程と登攀の記録を冷静に述べられている。

 はじめっから「北壁との闘い」という、これまでのヨーロッパアルプス冬季登攀の記録が連ねており、氏が当該の山域について文筆家並みに調べているのに驚く。はじめはヒマラヤを考えていたものの、同僚の死などもあり、マッターホルン北壁を目指すようになる。北壁に取り付いて初日の夜、アイゼンを落っことすというアクシデントに遭い、登攀を継続するか中止するか迷うところは読んでいて絶望を感じた。頂上岩壁の下でビバークしたときに氏は「なぜ山に登るのか」について考えている。

 僕は長い登山生活を通して、山へなぜ登るのかとか、アルピニズムの固苦しい理論めいたことは、まだ一度も考えたことがない。よくエベレストに消えていったマロリーの「山がそこにあるから登るんだ」という言葉を引用し、堂々とそっくり真似して言い放っている登山家と称する人々が大勢いるが、僕にはこんな言葉は出てきそうもない。マロリーがうるさくつきまとう、アルピニストの心なんかまったく理解できないマスコミ連中を煙にまくのに使ったこの言葉を、真面目くさって言い放っているのにはいつも苦笑している。

 山とは金では絶対に買うことのできない偉大な体験と、一人の筋金入りの素晴らしい人間を作るところだ。未知なる山との厳しい試練の積み重ねの中で、人間は勇気、忍耐、不屈の精神力、強靭な肉体を鍛えあげてゆくのである。登山とは、ただこれだけで僕には十分である。

小西政継「マッターホルン北壁」(中公文庫,1979)P.135

 考えたことがない、と言いながらこれだけのことを書けるのは筋金入りの登山家だと思う。私には真似できないと思う。

 日本から船に乗ってソ連を横断していることなど登るまでの間は細かく書いているわりに、下山した後のことは意外とあっさり記述している。その辺も目的に向かって突き進み、達成したらさして語ることもないということなのかもしれない。

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  1. 2015/06/30(火) 00:04:30|
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