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大今良時「聲の形」

 大今良時「聲の形」を読んだ。

 「このマンガがすごい!2015」に選ばれたマンガで、聴覚に障害のあるヒロインといじめを題材にしたマンガということは知っていた。本屋さんで手にとって「美人のヒロインだな」「絵がていねいだな」と感じて読んでみたいと思っていたところ、職場で持っている人がいたので借りて一気読みした。

 動悸を感じながら、しかし感情はヒヤヒヤしながら読んでいた。友情というこわれそうなガラス細工を扱っているようでヒビが入ったりそれを修復したりというやりとりであった。それぞれの思いがあるもののすべてを伝えられず、しかしすべてを伝えると仲間の輪が崩れてしまう、という青春ものだ。登場人物の内面を深く映し出す青春ものという点で「鈴木先生」に近い。

 ストーリーはWikipediaでも参照してもらうとして、最終巻第7巻まで読んだ感想を述べると、ストーリーが大円団に終わるわけでなく、合わないピースのパズルが合わないまま終わってしまったという感じがする。一方で、それは各登場人物がそれぞれの思いを持ち、必ずしもすべて折り合いがつくわけではないという現実的な解を示しているような気もする。もっとも全7巻という長さはこれ以上長くなるとだれてしまうからいいと思う。

 性根が曲がっている私からみると、イケメンの成功物語にも見える。マンガに出てくるのはひどく内罰的だが行動力のある主人公。人生に絶望し死のうとしたり、硝子に謝るために手話を覚えたり。自分では没交渉にしていても他の人から惚れられたり。ほかの登場人物も各自が主張し、行動に移す。でも、いじめる人間はそれでよいと思ってやっているのだから罪悪感を持たないだろうと思うし、いじめられた人間は何も関わりを持たないように心がけると思うのだ。お互いに接触を持つことなく、いじめられた側はそれを避けながら生きていくように思う。

 私自身のことで言えば、小学生のことはあまり覚えていない。思い出さないようにしているのか、単に覚えていないのかわからない。ただ、小学校の同級生で連絡を取り合っている人がいないのも確かだし、成人式にも行かなかった。

 それは私自身の性格にも問題がある。私は人の顔も名前も覚えようとしない。人を覚えられないから街中で知り合いを見つけて声をかけることもしないし、積極的に何かに人を誘おうとすることもない。メールの返信すら面倒なときも多い。簡単に言うと人に興味がないのだ。

 考えてみるとこのマンガのような友達と何かを成し遂げるような青春らしいことはしていない。高校1年生のとき、初めて自分で企画した山行もひとりだけだった。2年生のとき修学旅行の委員だったが、新幹線で決めた席に着席しないクラスの人たちを見て腹を立てた。3年生の文化祭のときみんなで作ったTシャツを「文化祭後に着る機会がない」という理由でひとりだけ買わなかった。とかく私は団体行動が苦手である。

 もちろん、私のような性格の人間を物語の中心に据えても何も起きないので、物語としては行動力のある主人公がよいのだろう。ただ、色々と考えさせられる物語であった。


聲の形(1) (講談社コミックス)聲の形(1) (講談社コミックス)
(2013/11/15)
大今 良時

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  1. 2015/02/15(日) 23:07:14|
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