島ノ中ニ有リblog

三宅島の生活をつづる

谷と沢の呼称の違い

 畑の草むしりと雨による浸食でこういう地形なんて言うんだろうと調べていたが、結局見つからなかった。その代わり、谷と沢の呼称の違いについて考察しているおもしろい論文を産業技術総合研究所のサイトで見つけた。

2006年夏 - 魚野川・万太郎谷の写真

2006年に登った魚野川万太郎谷の三ノ滝

 私もこの谷と沢の違いが分からず、ときおり間違えることもあった。この違いに気づいたのは谷川岳周辺の谷と沢である。越後側の魚野川には仙ノ倉谷、万太郎谷、茂倉谷等の谷があり、上州側の湯檜曽川には西黒沢、マチガ沢、一ノ倉沢等の沢がある。なぜ稜線のあっちとこっちでこのような違いがあったのか分からなかった。

↑谷川岳周辺の地形図

 この論文にはアブストラクトがないので、私なりに前段を要約する。

 日本の山の中では川に「沢」と「谷」という呼称が用いられるが、同じような地形をさすにもかかわらず2つの語が共存している。これを地域で整理すると、概ね飛驒山脈を境にして東日本は「沢」、西日本は「谷」が使われている。地形に関する言葉は狩猟などで必須の基本語であり、10,000年〜2,200年ほど前に縄文人が使い出したと考えられる。

 その上で筆者は、以下のように述べている。

 「谷」を使っていた谷族と、「沢」を使っていた沢族なる民族が、相当に長い年月にわたって本州を二分して勢力拮抗していて、その行動範囲のぶつかる地帯が飛驒山脈であり、その後、沢族(日本全土に定着していた土着先住民、時代関係から見て当然縄文人)は、関東地方から東北地方へ、さらに北海道へと追いやられていった。しかし、言葉は音として地名や話し言葉として残った。

(中略)

 既述のように、谷族文化の勢力圏は、本州西半部、四国、九州であったこと、また谷という語の起源は朝鮮半島に今でも残っているタン、ダン、トンであり、一方、谷という字は中国渡来の漢字を当てたものである、ということに異論をはさむ余地は殆どない。三段論法式に言えば、谷族イコール古代朝鮮民族ということになる。

(中略)

 さて、日本の古語で、サワという言葉を何時の時代まで遡れるだろうか。

(中略)

 多くの日本語の語源を探る為に、現在なお生存しているアイヌ語を媒介とする方法が最も近道であることが、鈴木健(2000)による『縄文語の発掘』に大変詳しく述べられている。それによると、サワについて最も分かりやすい音変化の例は下記のようである。

 ソー〔滝〕→サー〔断崖〕→サーヤ<沢,静岡・愛知県北設楽郡,谷川,小川.静岡県周知郡>→サハ→サワ(同義)

隅田 実,日本列島における、地形用語としての谷と沢の分布 —古代民族の文化圏との接点を探るー,地質ニュースNo.563, p.36-45, July, 2001

 なるほど、古代の民族の違いに理由を求めたというのが結論である。「沢」と「谷」という言葉で縄文時代にまで遡るというのが驚きである。有史以前は文字がないため、アイヌ語、琉球語のような古語に近い言葉や伝承の重複から何があったのかを探るほかない。そこには多かれ少なかれ研究者の想像で補うものがあり、そこにロマンを感じる。このような同じものをさすローカル/グローバルの呼称の違いで、言葉の分化した時期を探れるのかもしれない。

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