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夢野久作「ドグラ・マグラ」

 夢野久作「ドグラ・マグラ」を読んだ。

 かれこれ本を読まなくなって1年が経ったが、先週、内地に行くときに読破した。結局1年6カ月かかった計算になる。これほど長い時間をかけて1冊の本を読んだのは人生でも初めてだ。聖書でも1年で一応読み切った。

 さて、表題の本だが、表紙には上下巻とも呆けた顔の女性がポーズをとっており、陰部に「角川文庫」のロゴが入るという官能小説に似たデザインとなっている。電車の中で読むにはちょっと躊躇する表紙である。

「ドグラ・マグラ」は、昭和10年1月、1500枚の書き下ろし作品として、松柏館書店から自費出版された。

<日本一幻魔怪奇の本格探偵小説><日本探偵小説界の最高峰><幻怪、妖麗、グロテスク、エロテイシズムの極>とうたった宣伝文句は、読書界の大きな話題を呼んだが、常人の頭では考えられぬ、余りに奇抜な内容のため、毀誉褒貶が相半ばし、今日にいたるも変わらない。

<これを書くために行きてきた>と著者自ら語り、十余年の歳月をかけた推敲によって完成された内容は、狂人の書いた推理小説という、異常な状況設定の中に、著者の思想、知識を集大成する。これを読むものは、一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書。

夢野久作「ドグラ・マグラ」上巻裏表紙

 読んだときの面白さを損なわないように説明すると以下のようになるだろうか。

 話は九州帝国大学の精神病棟で「私」が起きるところから始まる。「私」は一切の記憶がなく、若林教授が記憶を取り戻させようと学生の姿をさせたり、若い女性を見て何か思い出さないか問うたりするものの何も思い出せない。若林教授から亡くなったと聞いた正木教授から断片的な経緯を聞くが、正木教授はそのうちすべて分かるだろうとのらりくらりと核心に触れないように話を進め、「私」は何者なのか分からない。

 小説のタイトル「ドグラ・マグラ」については若林教授が劇中で説明している。

「ハイ。それは、やはり精神病者の心理状況の不可思議さを表現した珍奇な、面白い製作の一つです。当科の主任の正木先生が亡くなられますと間もなく、やはりこの付属病室に収容されております一人の若い大学生の患者が、一気呵成に書き上げて、私の手元に提出したものですが……」。

(中略)

 つまりその青年が、正木先生と私とのために、この病室に幽閉められて、想像もおよばない恐ろしい精神科学の実験を受けている苦しみを詳細に描写したものにすぎないのですが」

夢野久作「ドグラ・マグラ」上巻pp.88-90

 器の話ばかりで感想がうまく書けないが、自分が何者なのか、何をしてきたのか、ということがいかにあやふやだということを提起している小説と感じた。世界五分前仮説やスワンプマンに代表されるような、一般に常識とされることが疑ってみると不確かであり、何が現実で夢かが分からない。

 驚きはこの小説を昭和10年に書き上げたということである。当時最新だったであろうフロイト、ユングといった無意識の概念を使いつつ小説全体を怪しいものに仕上げている。

 何とも表現しがたい小説であるが、若林教授の指摘する切支丹伴天連の使う原魔術のことを言った長崎地方の方言だそうで、…(中略)…強いて訳しますれば、今の幻魔術もしくは『堂廻目眩(どうめぐりめぐらみ)』『戸惑面喰(とまどいめんくらい)』という字を当てておなじように『ドグラ・マグラ』と読ませてもよろしい…という通りだと思う。


ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)
(1976/10)
夢野 久作

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  1. 2014/06/19(木) 01:12:43|
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