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葛飾という地名

 こないだ実家に帰ったときに新聞の千葉版に葛飾の話題が載っていた。

 葛飾、というと葛飾区柴又の寅さんのイメージが強いが、千葉県にも柏市に東葛飾高等学校とか、船橋市にある京成西船駅の旧名が京成葛飾とか地名として残っている。少なくともこの3カ所を囲む範囲は1つの市町村のサイズを越え、郡か県くらいのサイズになる。しかし、いま葛飾の名前が残る行政の名称は東京都葛飾区と埼玉県北葛飾郡しかない。その由来が気になっていた。

 葛飾の名は、「正倉院古文書正集」に収録された721年作成の戸籍に「下総国葛飾郡」と記載があるように、古くからあった。その範囲は広大だったようで、1878年の郡区町村編成法が制定されると、東京、千葉、埼玉、茨城にまたがる場所で東西南北中の五つの葛飾郡が誕生。1888年に現行の自治体精度の元となる市制町村制が制定された時にも引き継がれた。

 しかし、19541年に東葛飾郡柏町が周辺町村と合併し東葛市(後に柏市)になるなど、合併によって葛飾の名は消えていった。(後略)

2013年11月10日付読売新聞朝刊13版地域面(千葉)
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↑かつての各葛飾郡とその現在についてまとめた表(記事より)

 市町村合併の際に「葛飾市」という市ができてもよさそうだが、現在そのような名前の市はない。記事では行徳に住む海苔屋さんが「行徳」という地名には愛着はあるけど、「葛飾」にはさほどない旨のことが述べられている。

「多摩」も昔は東京府に北多摩郡、南多摩郡、西多摩郡があったが、今は東京都西多摩郡、東京都多摩市、川崎市多摩区くらいしか残っていない。それでも東京都では区部・島嶼部を除く部分を多摩と呼ぶし、多摩川が貫いているので「葛飾」よりも地元に浸透し、かつもともとの多摩の地域も理解しやすい。

 最近のニュータウンに付けられる「○○ヶ丘」がその土地旧来の名前を消してしまうという問題はよくあるが、「葛飾」はより広い範囲での名称が希薄になっている例であり珍しいと思う。

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  1. 2013/12/09(月) 00:49:52|
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