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ETV特集 こころの新世紀(1) いじめ・虐待と自閉症スペクトラム

 ETV特集 シリーズ こころの新世紀(1)いじめ・虐待と自閉症スペクトラムを見た。

 私も思い当たるフシがあり、ふむふむと聞いていた。嫌な思い出があるとき明確に思い出すフラッシュバックとか、その発言が相手にどのような影響をあたえるか分からないとかは私にもある。

 私が小学1年生のとき、小柄な同級生が小さめの傘を持っていて、私がおにあいだね、と言ったら彼が怒った。彼は背が低いことを気にしていたのだろう。私にはそれがわからず、ただ思ったことを口に出したのだ。高校のときもクラスで作ったTシャツを、今後着る機会がないから無駄だと主張し、私だけ購入しなかったこともある。

 今でも感じることとして、人の話が分からないということもある。例えば案件Aと案件Bがあり、Aから続けてBの話しをされるとまったく分からない。「えっ、案件Aの話しを上司に報告するんですか」とか話についていけないことがある。「Aの話はこれでおしまい。次にBの話をする」と言われないと頭が切り替わらない。

 逆に私が他人に説明するときは順を追わないと説明できないので説明が長くなる。これは結論をまとめることができない、という切り口で前に書いた。理路整然と話そうとする結果、「話し方が冷たい」とは何人かから言われたことがある。なので、連絡とか調整とかが多い業務は向かないと思っている。

 端的にいえば「空気が読めない」。なので、私は必要以上に人と連絡を取らないし、用がない時はひとりで過ごすことが多い。他人と一定の距離をとることを自分なりの防衛策にしているつもりだ。小中学校の同級生で連絡をとっている友人もいないし、それが苦痛とも思っていないので人嫌いと言ってしまってもよい。

 ほかにASDの特徴として周囲の光や音への過敏な反応が挙げられていたが、私は感じたことがない。屋外のスピーカーや電子レンジの仕上がりの音、蛍光灯がうるさく感じるとしたら、生活が苦しいと思う。

 思い当たるフシがあるだけで、医者に診断してもらったわけでもないし、生きるのが苦しいわけでもないので、思い込みかもしれない。が、このような症状が存在して社会に認識されつつあるというのは私にとって興味深いことである。

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  1. 2013/03/04(月) 00:02:00|
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