島ノ中ニ有リblog

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岩田基嗣「改訂版 異説 多摩川上流水源地の歴史」を読んだ

 岩田基嗣「改訂版 異説 多摩川上流水源地の歴史」を読んだ。

 職場で借りた本である。「第一章 東京市による水源林の経営まで」で総論的な水源林の歴史を述べ、第2章で源流の一ノ瀬・高橋集落、第3章で天然林伐採の歴史、と個別的な話題を掘り下げて論述している。「異説」とあるようにどちらかというと歴史の裏話みたいな話が多い。

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 神奈川県から東京府への三多摩の移管は東京府による水源の一体的管理が表立った理由とされているが、帝国議会における自由党の分断を図ったためなどとややきな臭い話が載っている。

 政府は自由党発祥以来の最大最強の地盤である三多摩を改進党の強い東京府に編入することによって自由党勢力の減殺をはかったのである。軍備大増強を阻もうとする自由党の存在は、政府にとって最大の障害であった。

岩田基嗣「改訂版 異説 多摩川上流水源地の歴史」(西多摩新聞社,2014)P.29

 他にも皇室の所有する御料林を東京府が譲り受ける際、御料局長との交渉にあたった林学者本多静六博士は台帳の面積から算出した1782円で譲り受けることと約束している話が紹介されている。本多は金額について口約束を結んだ後、知事に報告する。実面積が台帳の10倍以上であることに気づいた御料局長は實際面積でなければ困る(P45)と再交渉を持ちかけるが、本多は以下のように切り返す。

 今更それができないと云われては、自分は切腹するより外ありません。あなたは私に詰腹を切らすのですか、と迫りますと、長官は顔色を變へて、沈黙暫くあって、丁と机を打って、いやよく解りました。

岩田基嗣「改訂版 異説 多摩川上流水源地の歴史」(西多摩新聞社,2014)P.45, 46

 なんかえらい強引だなと思うが、本多の回想録によるものなので大分話を大げさにしているのかもしれない。本多は手に入れた御料林のうち、泉水谷で植林を開始する。しかし、塩山まで遠く搬出困難なため採算が取れず、製炭にに切り替えるも雪と寒さが厳しいために逃げ出す製炭夫が続出する。このため筆者は水源林経営は失敗と断じている。裂石から丸川峠まで簡易索道が設置されていたというのは登山者として興味深い。

 第2章「見捨てられた源流の村 一ノ瀬・高橋」は一ノ瀬・高橋集落が萩原十ヶ村の枝郷としてないがしろにされた話、第3章「天然林伐採の歴史」は日本深山開発株式会社による奥後青岩谷、泉水谷での伐採、飛田勝造による小河内ダムの人夫確保問題を取り上げている。

 以降は以下のような個別の話題である。

 筆者は1950年(昭和25年)に水源林事務所の臨時職員として就職し、1990年(平成2年)に東京都水道局水源管理事務所を退職している。その割に立場はむしろ虐げられた住民寄りの視点で描かれている。

 前書のあとがきでも述べたが、多摩川上流山梨県分の64%が東京市(都)有林で有ることから、特に戦前においては為政者側の視点に立った歴史が語られてきたように思う。そこには、どうしても為政者に都合の悪い部分は省かれるか、カモフラージュされた。本書は前書を読み直し、前書で省略した五・六・七章を加えてそのあたりを明らかにしようと試みたものである。

岩田基嗣「改訂版 異説 多摩川上流水源地の歴史」(西多摩新聞社,2014)P.12

 立場があると告発に似た居心地の悪さがあるように思うが、地元の人たちとの格差に不条理を覚えこのような立場に至ったそうだ。

「異説」だけに内容が深く、前提としての水源林の歴史をある程度知らないとわからない内容が多かった。また、漢字の多い原典の引用も多く、正直すっ飛ばしたページも多い。郷土研究の一環なので初心者に難しく感じるのは仕方ないのだろう。

  1. 2017/02/28(火) 00:06:23|
  2. 書評 - 民俗学
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アニメ「けものフレンズ」を7話「じゃぱりとしょかん」まで見た

 アニメ「けものフレンズ」7話「じゃぱりとしょかん」まで見た。

 テレビを持っていない私はだいたいニコニコ動画の最新話無料のアニメを見ているのだが、けものフレンズはニコニコ動画で最新話を無料配信していない。ほったからしにしていたが、話題になるにつれ無料の1話は100万再生、200万再生を記録している。気になって調べたらちょうどGYAOで期間限定無料だったので土日で視聴した。

 紙飛行機を作ったり文字が読めたりするかばんちゃんに驚くすなおなサーバルちゃんを見ているとのんびりした気分になる。一方で、記憶をなくして名前も種族もわからないかばんちゃん、かばんちゃんにしか話しかけないボス、フレンズを襲うセルリアン、動物を人の姿にしたサンドスターなど不思議な要素も多い。壊れた橋や錆びたバス、使われていないアトラクションとしての迷路が登場し、各ちほーの境目には遮断機が壊れたまま放置され、エンディングでは現在使われていない遊園地の白黒画像が流れ、人類滅亡を示唆する不気味さもある。大人が見ても子供が見ても楽しめるように物語に二重性を持たせるのはうまいと思う。

 ジャパリバスに乗って次々と新しい場所に進み、問題を解決して行く様子は青いブリンクを思い出した。けものフレンズの物語の本筋はかばんちゃんが何者かを調べに行くことで、青いブリンクはさらわれたお父さんを探しに行く話なので、だいぶ違うのだが最後にどんでん返しがありそうなヒントの出し方が似ている。

 CGでキャラクターを動かしており、「てさぐれ!部活もの」みたいだなと思ったら同じ監督、アニメーション制作であった。

 テレビでは深夜放送みたいだが、CMの合間に動物の解説も入るし、NHK教育あたりで流れていそうな番組だ。深夜番組にするのがもったいないが、テレビ東京らしいとも思う。

 アニメ「けものフレンズ」を第11話「せるりあん」まで見たへ続く。

 関連:羽村市動物公園にサーバルを見にいってきた

  1. 2017/02/27(月) 00:28:26|
  2. マンガ・アニメ
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地盤改良工事を施工中の竹芝地区開発計画

 竹芝地区開発計画が進んでいる。

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↑浜松町駅と再開発地を結ぶ歩道整備

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↑建築計画のお知らせ

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↑今週の作業予定は地盤改良工事が並んでいた

 都立産業貿易センター跡地の再開発でだいぶ広い土地である。角の透明な仮囲いからは杭打ち機が並んでいるのが見えた。2019年度の竣工を目指すらしいが、3年後が楽しみである。

  1. 2017/02/26(日) 00:04:13|
  2. 東京
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三宅島に遊びに行ってきた2017年冬

 三宅島に遊びに行ってきた。

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↑七島展望台から見る雄山はまだ白煙を吹いていた

 島に行ってみたいという人がいたので案内として行った。24朝の海は荒れていたが何とか着発で島に上陸することができた。冬なので海には入れずサタドー岬や大路池など目立った観光地を案内した。

 南戸林道の一部がきれいにコンクリート舗装されていたり、伊ヶ谷港線の斜面を工事していたり、いくつか変わったことはあったが、2年前の土地鑑は通用した。島がゆるやかに変わって行く様子を見るのは楽しいものだ。

  1. 2017/02/25(土) 23:52:32|
  2. 三宅島・御蔵島
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「西東山」と書いて「あっちこっちやま」と読む地名

 国土交通省のメールマガジンを見ていたら、下久保ダムの近くの神川町内に「西東山」と書いて「あっちこっちやま」と呼ぶ地名があると紹介があった。

 水資源機構下久保ダム管理事務所のTwitterによると、埼玉県神川町に、「西東山」と書いて「あっちこっちやま」と読む地名があるそうです。

国土交通省メールマガジン [3]本日のつぶやき 2017年2月20日 第2048号

 にわかに信じがたく、国土地理院地図を見るが見当たらない。マユツバだな、と思い始めたころ、Twitterの引用をたどっていくと下久保ダム管理所(水資源機構)のTweetを見つけた。

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下久保ダム管理所(水資源機構)の該当Tweet

 見つけてしまってマジかよ、という思いだ。

 これ、本当に「あっちこっちやま」と呼んでいるのだろうか。ダムに勤務する人も「今日はあっちこっちやまの現場行ってくる」と使っているとしたらなんだかシュールだ。でも私も仕事で「にっぱら」「へんぼり」「うずしき」など変な名前の現場に行くことがあるのであまり変わらないか。

  1. 2017/02/23(木) 00:15:18|
  2. 地図・県境・都市河川
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新千葉駅と新千葉という住所

 千葉駅で飲んだ後、新千葉駅まで歩いた。

 時刻表を見たら京成千葉駅で20分近く待たされるので、酔い冷ましにちょうどいいと思い歩いた。しかし、高校生の頃はなかったアンダーパスができていたり、昔からだが区画整理されおらず迷ったりした。

 そんな中で住所表示に「新千葉」があることを知った。

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↑新千葉の住所表示

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↑新千葉駅

 京成千葉線の駅名が新千葉なのは千葉駅の隣で適当な駅名をつけたのだろうと思っていたのだが、住所が新千葉なのでひょっとしたら新千葉という住所から駅名をつけたのかもしれない。一方駅名から住所を決める例もあるからなんとも言えない。

 この周辺が江戸時代から新千葉と呼ばれていたとは思えないが、旧来の地名が気になる。

  1. 2017/02/22(水) 00:05:14|
  2. 地図・県境・都市河川
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千葉三越とパルコの閉店

 千葉三越とパルコが閉店する。

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↑千葉三越の看板

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↑千葉三越の入り口には閉店セールの看板

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↑パルコはすでに看板を下ろしていた

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↑モノレールは変わらず走っていた

 高校が千葉にあったので予備校まで歩く間この辺りはよく通っていたのだが、いずれも入ったことはない。ただ、千葉のシンボリックなお店であるのは理解していた。セントラルプラザもなくなって20年近くになる。

 JR千葉駅の工事が着々と進む中、千葉の市街地の産業が空洞化するのは何やら寂しい気がする。一方で、経営の危ぶまれていたモノレールは今のところ運転しているようで安心した。

  1. 2017/02/21(火) 00:09:55|
  2. 千葉
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JR千葉駅が新しくなった

 JR千葉駅が新しくなった。

 5年くらい工事していたが、とうとう改札が1階から3階に移った。黄色い電車を降りてから階段を昇るのが何やら変な感じだ。

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↑階段を昇って改札に出る。

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↑ホームに降りるエレベーターに番線案内と列車案内が設置されわかりやすい。

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↑中央改札内側。列車案内が並び分かりやすい。

 駅構内は列車案内が見やすく、通路も広く、視認性がいい。総武線快速、総武緩行線、総武本線、内房線、外房線など多くの列車が入り乱れる千葉駅だが、乗る列車のホームが分かりやすくなったと思う。

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↑千葉駅案内図。まだ駅ナカは建設中だった。

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↑中央改札外側。往来があるが広いので混雑はしていない。

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↑古い千葉駅を知る人にわかりやすい「JR千葉駅は3Fです」の看板

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↑千葉駅東口はモノレールが前面にあるので特に変わりない。

 まだ駅ナカは建設中だったので駅構内はさらに充実するのだろう。利便性が高くなるのはいいことだ。

  1. 2017/02/20(月) 00:23:36|
  2. 千葉
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映画「MERU」

 映画「MERU」を見てきた。

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↑MERUポスター

ヒマラヤ山脈メルー中央峰にそびえる岩壁“シャークスフィン”。

この難攻不落の直登ダイレクトルートに挑んで敗れた3人の一流クライマーたちが、

過去や葛藤を乗り越え、再び過酷な大自然に立ち向かっていく姿を描いた、

壮大なスケールの山岳ヒューマン・ドキュメンタリー。

映画『MERU/メルー』公式サイト INTRODUCTION

 コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズタークの3人が2度のアタックの末、未踏峰シャークスフィンを登りきる話。

 シャークスフィンは雪壁、岩壁、そして登頂に何日も要するビッグウォールと3要素それぞれが極度に困難な山であり、映画「クライマー パタゴニアの彼方へ」のセロ・トーレにも似ている。1回目の挑戦では7日間の予定が20日間に伸びる。4日間の嵐をやり過ごし、グラノーラなどのわずかな食料を食いつないで挑戦したものの、頂上直下150mの場所でコンラッドが「到達不能だ」と言葉を残し退却している。テント内で小さなチーズを焦がして食べるようすを撮影していてみんな空腹にもかかわらず楽しそうだった。

 1回目の挑戦の後、レナン・オズタークの大けがをはじめとして3人が葛藤するが、再度挑戦に至る。無事山頂に着いたのを見て私もホッとした。

 アイゼンの前爪しかかからない雪壁、クラックのない岩、宙ぶらりんのテント、5000mを超える高度、氷点下30度近い気温など、限りない困難だが、不思議と絶望感はない。カメラを回しているときは余裕のあるとき、ということもあるのだろうが、3人とも死のリスクとのギリギリの駆け引きを楽しんでいるようにも見えた。

 登っている様子やルートの見える映像は思ったより少ないように感じた。もっと登攀の映像が見たかったが、それだけ困難極まる壁での撮影だったということだろう。

 ちょくちょくタイムラプス撮影のシャークスフィンが写っていて、雲の流れる様子や星空を背景にした映像が美しかった。私もタイムラプス撮影をしてみたいと思った。

  1. 2017/02/19(日) 21:53:05|
  2. 登山
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コントラストを強調した写真

 あわてて写真を撮ったらひどくコントラストを強調した写真が撮れた。

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↑コントラストを強調したようになった写真。撮影後に加工はしていない。

 踏切待ちの際、八高線が近づくのが見えてなんとなく写真を撮ろうと思った。しかし、あわててシャッターを切ったため、設定は確認しなかった。あとで写真を見たら上の通り、減色したような、コントラストを強調したような、エッジを強調したような変な写真が撮れた。一体どんな設定で撮ったのか分からないが、MAGICモードという使ったことのない撮影モードがあるのでMAGICモードだったのかもしれない。

  1. 2017/02/18(土) 11:08:50|
  2. カメラ
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「名勝」という言葉の意味

「名勝」という言葉の意味がよくわからない。

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↑「名勝」吾妻峡

 書き下せば「名に勝る」だろうか。なんでそれが景勝地を示すのかわからない。「景勝」なら「景色に勝る」という意味が伝わってくる。

 国語辞典を見ても法的な定義が載っているだけで言葉の由来が載っていない。

  1. 1 景色のよい土地。「天下の―」
  2. 文化財保護法で,風致景観がすぐれ我が国にとって芸術上または観賞上価値の高いものとして文部科学大臣が指定した地。 →特別名勝
↑Mac OS付属の辞書.app スーパー大辞林

 漢和辞典で「勝」を調べたら「すぐれたところ」という意味が載っていた。

【勝】
  • た-える。こらえる。
  • あげて。のこらず…しつくす。否定の文に用いる。
  • か-つ。かち。戦って、また争ってかつ。おさえ制する。
  • まさ-る。すぐれている。すぐれたところ。「名勝」
旺文社 漢和辞典 第3版P.145、抜粋

 と、「名勝」が載っていたのですぐ意味がわかった。「名のあるすぐれたところ」くらいの意味だろうか。名前にもよく使われる漢字だが、単なる勝ちを願っているだけでなく「すぐれている」の意味も込められているのだろう。言葉の意味を少し覚えられた。

  1. 2017/02/16(木) 23:51:18|
  2. ことば
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明治リッチ抹茶チョコレートが売られていない

 明治リッチ抹茶チョコレートが売られていない。

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昨年は売られていた明治リッチ抹茶チョコレート

 バレンタインデーの季節になってチョコレートが店頭の目立つところに売られるようになり、明治リッチ抹茶チョコレートを思い出した。久しぶりに板チョコ買おうと探すが見つからない。明治のミルクチョコレートのページを見ても商品ラインナップに並んでいないし、Amazonにも「この商品は現在お取り扱いできません」と表示される。

 なんとなく食べたいなと思っていたが、いざ商品が存在しないとわかると食べたくなる。プレスリリースを見ると2016年以前にも売られていたようだし、なぜ取り扱わなくなったのだろう。抹茶味は外国人のお土産としても人気が高いというから抹茶の板チョコなんてダース単位で売れそうなのに。残念である。

  1. 2017/02/16(木) 00:01:21|
  2. 食べ物・飲み物
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鉄道敷設法通りに鉄道が建設されていたら、という地図

「もしも戦前の鉄道敷設計画がすべて実現していたら?」という記事が興味深い。

 戦前に制定された鉄道敷設法通りに鉄道が建設されていたらという想定で時刻表巻頭の案内図風の地図を作った人がいる。

 土地鑑のある関東甲信越を見ても全く知らない路線が多い。鴨川線、小見川線、川島線、菖蒲線、城南線など。盲腸線をつなぐ路線は興味深い。吾妻線終点の大前駅から菅平、豊野を結ぶ菅平線、足尾と日光を結ぶ日光線、河口湖から富士宮を結ぶ朝霧線など。やっぱり盲腸線となっている烏山線烏山駅が茂大線の乗換駅になっているのも面白い。よく見ると私鉄も奥多摩駅から奥多摩湖までの西武鉄道、橋本から相模中野までの京王相模原線、箱根を越えて三島に到達する箱根登山鉄道など、細かい未成線が載っている。

 スチームパンクのようにこんな鉄道が発達した世界だったら、鉄道の旅も充実するだろうと想像する。

  1. 2017/02/15(水) 00:05:53|
  2. 鉄道
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ロングシートの西武秩父発池袋行き快速急行

 西武秩父発池袋行きの快速急行がロングシートだった。

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↑ロングシートの快速急行池袋行き

 西武秩父から西武秩父線で横瀬駅の温泉まで移動したときのこと。ちょうど快速急行池袋行きが待っていた。西武池袋線への直通列車は利便性が高いと思ったが、ロングシートであった。1時間40分も揺れることを想定するならクロスシートの方が快適だが、ちょっと残念である。

 もっとも私は横瀬で降りるし、風呂入った後も東飯能までしか行かないので普通飯能止まりで十分であった。

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↑武甲山と特急レッドアロー

 西武秩父駅から見る武甲山は採掘の範囲がさらに広がったように見えた。単に雪が積もって段々が見えやすくなったからかもしれない。

  1. 2017/02/14(火) 00:00:57|
  2. 鉄道
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西武秩父駅前に温泉ができる

 西武秩父駅前に温泉ができるようだ。

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↑西武秩父駅前温泉「祭の湯」を宣伝するポスター

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↑「祭の湯」建設現場

 西武秩父駅と御花畑駅を結ぶ西武秩父仲見世通りが閉鎖されて代わりに建築工事が行われていた。プレハブのトイレに貼られたポスターによると温泉ができるようだ。

 駅前に温泉ができれば三峰山や両神山登山の帰りに汗を流すことができて人気は出るだろう。一方で高尾山口駅前にできた温泉や奥多摩駅近くのもえぎの湯のように混雑しそうだ。個人的には何度か西武秩父仲見世通りの畳ベンチで寝て朝のバスを待ったことがあるので、ステーションビバークがやりにくくなるのは残念だ。

  1. 2017/02/13(月) 23:32:35|
  2. 日記
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三峯神社の登山口にあった4ヶ国語の看板

 三峯神社の登山口に4ヶ国語の看板があった。

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↑日英中韓の4ヶ国語で表示されたアイゼン携行を呼びかける看板

 登山口の鳥居の先の木にその看板はあった。最近は訪日外国人が多いと聞くし、松本城や上高地でも見かけるが、登山者も多いようだ。そういえば前白岩山付近でも外国人カップルを見かけた。

 登山する外国人には三峯神社も参れて通年営業の雲取山荘もあるこのルートは興味深いのかもしれない。

 中国語が日本人でもある程度読めて、アイゼンが「冰爪」と書くのも面白い。「氷用の爪」と一目で分かって簡潔でいい。

  1. 2017/02/13(月) 00:33:47|
  2. 日記
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雲取山から下山して三峯神社に参った

 雲取山から下山して三峯神社に参った。

 三峯神社に参るのは7年ぶり2回目。前回も雲取山登山のためで三峯神社を起点とした。

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↑三峯神社本殿

 真冬の2月にもかかわらず参拝客が多いのには驚いた。最近はパワースポットとやらで女性にも人気らしい。

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↑凍結のため閉鎖された手水場

 手水場には水は流れておらず、はたきみたいなものが置いてあった。

凍結のため水の使用ができません。

この祓い串を左右左とふってお清めの上、ご参拝ください。

社務所

 と但し書きが置いてあった。といっても使い方がよくわからず、貧乏性なので体もついでにはたいてお参りした。生活に必要な水はどうやって確保しているのだろう。

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↑江戸深川から筏で引いてきたという青銅鳥居

 本殿手前にある鳥居は看板を読むと深川から引いてきたという。

 弘化2年(1845)の建立で江戸深川の竪川講中から奉納されたもの、荒川を筏で引いてきたということです。奉納者の中に初代塩原太助の名も見えます。

鳥居前の看板

 牛や馬で引いてくるよりは楽かもしれないが、それにしても荒川沿いに引いてきたら100kmくらいあるんじゃないか。寄居からは流れも険しいように思うし、青銅は重いから筏から川底に落としたら回収できないだろう。昔の人の信仰心には脱帽する。

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↑三峯神社駐車場から見た山の名前

 バスに乗るために駐車場に下りていくと山が見えた。その場では雲取山が見えているかどうかもわからなかったので、国土地理院の3D地図で山座同定して見た。すると雲取山も飛竜山も見えていたことがわかった。

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↑急行西武秩父行きバス

 帰りは急行西武秩父行きバスに乗車した。参拝客に合わせてか2台がほぼ満席であった。1時間ほどバスに揺られる。

 松本電鉄だと上高地から松本に出るのに強制的に松本電鉄に乗り換える系統にしているが、三峯神社から秩父に出るのに強制的に秩父鉄道に乗り換える系統にはしていなかった。西武バスと秩父鉄道は同じ会社ではないからだろうか。でも5月連休など秩父の市街地の道路が混むことがあるから、そういう時は強制的に三峰口で乗り換えさせているのだろうか。その方が乗客もよいと思う。

  1. 2017/02/12(日) 23:58:49|
  2. 日記
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雲取山から三峯神社に縦走してきた

 雲取山に登ってきた。

 今年は西暦2017年であり、標高2017mの雲取山が注目されていると西多摩新聞で見ていくことにした。2月の雲取山はけっこう雪が多いので、鴨沢から日帰り往復を計画し、もし雪が多ければ七ツ石山で帰ろうと考えていた。しかし、ネットで前日金曜日に登った記録を見ると雲取奥多摩小屋のヘリポートが見えるくらい雪が少ないのでワカンもアイゼンも持たずにスピードアップを図ることにした。

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↑奥多摩駅に貼ってあったポスター

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↑七ツ石山から雲取山方面を眺める

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↑雲取山の新しい標柱の前で記念写真

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↑大ダワから芋の木ドッケの間でシカを見かけた

 結果として雲取山には無雪期に比べて20分遅れくらいで到着できた。三峯神社方面からも人が来るのでトレースを期待して三峯神社に下った。北面も積雪は少なく多くても10cm程度であった。帰りは横瀬で温泉に入り、西武線でぐうぐう寝て帰った。

2017年冬 - 奥多摩・雲取山
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2017/170211kumotori/
  1. 2017/02/11(土) 20:29:59|
  2. 登ってきた
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閑散とした百貨店の中をウロウロする夢

 2月8日明け方に見た夢。

 私は島にいた。雨が降っていて納屋みたいな掘っ立て小屋がいくつか立っていた。その一つをのぞいていると、休みの日なのに島の建設業者が他の小屋から出てガヤガヤ話していたがすぐいなくなってしまった。

 次の場面では私は大きな百貨店にいた。真ん中に中庭のある直角三角形のような形の建物であった。2階から一周してみることにする。文房具屋、花屋が並んでいたが客はほとんどいない。建物が鋭角に曲がるところに来るとエレベーターホールになっていた。ホールには映画のポスターがいくつか貼ってあった。その1つは絵描きの人の人生を描いた映画であった。

 エレベーターに乗って1階に降りたかったが、誤って2階から3階に向かってしまった。3階で知り合いが乗ってきて少し気まずい。そのエレベータの中で気づくと他に知り合いが2人いて、私が着ているシャツを見て「こんな厚手のシャツを着て暑くないのか」と聞いてきた。他の知り合いも全くだ、と賛同する。私はそんな厚着をしているつもりはなかったが、みると厚着していて驚いた。

 他の知り合いは難しそうな顔をしながら会計検査の指摘でドラムコードを計上していないのでマズイとかなんとか話していた。

 なんだかいろんな要素が盛りだくさんで感想にも困る夢である。一方で頭で考えていることは次々と移り変わっていてこのくらい関連性のないことを転々としているのかもしれない。

  1. 2017/02/10(金) 00:00:20|
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単線の西武拝島線

 西武拝島線が単線だ。

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↑単線の西武拝島線

 昭島へ自転車で行った際、踏切で単線ということに気づいた。新宿まで急行列車が走る路線だが、一方で日中は1時間に4本しか走っていない路線だ。部分的に用地は確保してあるようだが、これから周辺の人口増や西武新宿線の輸送力増強が進めば複線にするのだろうか。

  1. 2017/02/09(木) 00:44:44|
  2. 鉄道
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日本雪崩ネットワークという組織

 日本雪崩ネットワークという組織があることを知った。

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↑日本雪崩ネットワークのHP

 日本雪崩ネットワーク(JAN:Japan Avalanche Network)とは、冬季レクリエーションの雪崩安全に係わる非営利の専門団体です。雪崩教育・雪崩情報・雪崩事故調査・雪崩関連リソースの提供を4つの柱に活動しています。会員は、山岳ガイドやスキーパトロール、救助隊員など現場プロや雪崩研究者あるいは訓練を受けた一般山岳利用者など幅広い人材で構成されています。

日本雪崩ネットワークとは|日本雪崩ネットワーク

 という組織で単なる雪崩の研究だけでなく、事故調査や教育を行なっているようだ。国土の半分が豪雪地帯に指定される日本では雪崩は少しでも軽減すべき災害の一つである。登山者やスキーヤーに対してもエリアごとの警告を発しているのでありがたいことである。

  1. 2017/02/08(水) 07:04:36|
  2. 登山
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関東における最大の激戦、神流川の戦い

 神流川の戦いという日本史における戦いがあったそうだ。

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↑神流川合戦場の碑

 神流川沿いを歩いたあと、神流川橋のたもとの交差点から国道17号沿いに新町駅に歩いた。この辻に神流川の戦いの碑が立っていた。

神流川合戦古戦場

 天正10年(1582)6月16日から19日にかけ、織田信長の関東管領として上州と信州の一部を治めた滝川一益と、相模国を中心に関東南部を所領としていた北条氏が神流川で戦いました。この戦は、信長が6月2日に京都本能寺で明智光秀に討たれた弔いに出陣する一益を阻止し、関東の支配者の地位を勝ち取ろうとする小田原の北条氏が争った合戦で「神流川合戦」と呼ばれます。

 18,000の瀧川・上州勢は当初優勢でしたが、北条軍も50,000と言われる優位な戦力で勝利となりましたが、損害が多く、小田原へ引き上げました。一益は上州諸将に協力を謝し別離の宴の後、厩橋を出立し領国伊勢へ向かいました。

 この合戦は、戦死者が両軍合わせ4,000余人を数え、戦国時代関東における最大の激戦と言われます。「炎熱石を焦がし、流水煮える中に阿鼻叫喚の死闘であった」と伝えられます。

神流川合戦古戦場 説明板

 北条氏は秀吉が小田原で滅ぼしたことしか知らず、滝川氏は知らない。そもそも戦国時代の関東の武将は北条氏しか知らない。織田信長の死去のあとは羽柴秀吉による明智光秀の討伐や柴田勝家との軋轢が有名だが、関東でこんな戦いがあったとは知らなかった。

  1. 2017/02/07(火) 00:09:05|
  2. 地図・県境・都市河川
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製造途中のヒューム管

 ヒューム管が製造されている過程を初めて見た。

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↑工場の敷地に並ぶヒューム管

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↑型枠に入ったヒューム管

 神流川沿いを歩いたとき、東京コンクリート工業という会社の工場の横を通った。そこには様々なサイズのヒューム管が置いてあった。ヒューム管は円柱状の型枠にコンクリートを流し込み、型枠を回転させて遠心力で作ると聞いたが、確かに型枠は外側にしかなかった。内型枠を使うと内型枠を解体できず作れないからだろう。発明したヒューム兄弟は賢いと思う。

 ブンブン回転しているところを見てみたいが、どうやってコンクリートを入れて養生しているのだろう。

  1. 2017/02/06(月) 00:03:51|
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ガーラ湯沢と湯沢高原スキー場にスキーに行ってきた

 越後湯沢にスキーに行ってきた。

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↑湯沢高原スキー場にて飯士山方面を背景に私

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↑1日目のガーラ湯沢は天気が悪かった

 近年は1年に1回スキーに行っており、今年もスキーに行ってきた。

 金曜日、越後湯沢に宿をとり、ガーラ湯沢と湯沢高原スキー場に半日ずつ回ってきた。1日目は天気が悪かったが、2日目は快晴無風で八海山から巻機山、茂倉岳、万太郎山まで見えた。谷川岳は茂倉岳の陰に隠れて見えないことはロープウェイ乗り場の写真で知った。

 もうあまり練習する気もないのでただ滑ってパウダースノーを楽しんだ。年に1回程度ゲレンデスキーに行くのは楽しいものだ。

  1. 2017/02/05(日) 23:24:18|
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群馬県・埼玉県境に集中する「神流川」

「神流川」という名前の川が群馬県・埼玉県境に集中している。

「神流川」は「神が流れる川」と読み下せ、読みも「かんな」と特別な読み方をする。調べたら国土交通省のウェブサイトに由来が書いてあった。

 神流川の名前は、神(カム)の川が神名に転じたことに由来しています。感納川、甘奈とも綴られ、古くはカミノ川といわれたというのは、武蔵20余郡の北の果て、「上」の国から流れる川の意と言われています。

2.地域の中の神流川 | 国土交通省 水管理・国土保全局

「上の川」が訛ったというのはなるほどと思う。

 ところでWikipediaには神流川が日本全国各地を流れる河川と紹介している割に群馬県・埼玉県境に集中している。

神流川
神流川(かんながわ)は、日本全国各地を流れる河川名称。
  • 神流川 (利根川水系) - 群馬県・埼玉県を流れる利根川水系烏川支流の一級河川。
  • 神流川 (秩父市) - 埼玉県秩父市中津川地区を流れる荒川水系中津川支流の一級河川。
  • 神流川 (日高市) - 埼玉県日高市を流れる荒川水系小畔川支流の河川。
神流川 - Wikipedia

 両神山の隣の赤岩尾根を歩いた時に出合バス停から神流川沿いに歩き、「あれ、県境越えた群馬県にも神流川が流れていたな」と気づいた。雁掛峠や赤岩峠といった峠の名前が付いていることから昔から人の往来があったと思われるが、峠を越えた先も同じ名前の川が流れているのは紛らわしくないのかと思ったのだ。

↑埼玉県秩父市中津川地区を流れる荒川水系中津川支流の神流川

 単に「上の川」の訛りであれば日本全国に均等に発生するだろう。同じ山でも後立山連峰のように信濃側と越中側で呼び方が異なる山もある。不思議である。

「神流川」同様、奥多摩・檜原で見られる小留浦と事貫など似た音の地名も不思議である。どうして近いところでこんな紛らわしい地名がついたのだろうか。

  1. 2017/02/02(木) 22:59:00|
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陸上自衛隊新町駐屯地と新町検問所

 神流川沿いを歩いた最後に国道17号沿いに新町駅まで歩いた。

 新町は高崎市と合併し、飛び地になっているそうだ。Wikipediaによると当初は隣接する藤岡市と合併交渉を行っていたが交渉が決裂(新町 (群馬県) - Wikipedia)したとか。

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↑陸上自衛隊新町駐屯地に並ぶ車

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↑新町検問所という監視塔のような建物

 国道17号の北側に陸上自衛隊新町駐屯地があり、クラシックな学校のような建物とカーキ色の車が並ぶようすを見た。一方、南側には新町検問所という牢獄の監視塔のような建物があった。隣には交番もある。通行止めして凶悪犯が往来するのを検問するのだろうか。あんまり使われている様子には見えなかったが、どんな時に使っているのだろう。

  1. 2017/02/02(木) 22:58:13|
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横川駅前の排水溝の蓋がラックレールのようだ

 横川駅前の排水溝の蓋がラックレールのようだ。

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↑ラックレールのような排水溝の蓋

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↑横川駅前にあった機関車の動輪

 横川駅で乗り換えに時間があり、駅そばを食べたあとうろうろしていた。駅前のおぎのや本店の様子をのぞいていたが、満腹だったので飯には興味が湧かず、足元の排水溝に目を向けた。そこにはラックレールで作ったような排水溝の蓋であった。ラックの歯がちょうど穴抜きになって水が落ちるようになったいる。駅舎の柱にレールが使われているのは見るが、排水溝にレールが使われているのは見たことがない。構造デザイン的にも優れるレールの再利用だと思う。

  1. 2017/02/01(水) 00:01:11|
  2. 鉄道
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軽井沢発横川行きのJRバス

 軽井沢発横川行きのJRバスに乗ってきた。

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↑軽井沢発横川行きバス

 在来線を乗り継いで帰京していたが、碓氷峠を越えるバスは週末パスではフリー乗車の対象とならない。510円を払って乗車する。途中停車がなく運賃定額のためか前払いであった。

 乗客は私を含めて20人足らず。1両編成の列車でも余裕があるくらいの人数なので鉄道では採算が取れないだろう。昔は特急あさまが行き交う鉄路の大動脈であったが、新幹線にその座を譲ってからは寂しいものだ。

 道は軽井沢駅を出て南へ向かい、入山峠を越える国道18号沿いであった。何気なく車窓を眺めていたら入山峠の手前で碑と折り鶴と花が見え、スキーバスの事故がここと知った。峠より軽井沢よりのため、さほど勾配はなくそんなに加速するような場所には見えなかったが、カーブは多かった。

 入山峠は10年前に横断した。どこで道に降りたか見たが一瞬で通り過ぎてしまい、思い出せなかった。下りはつづら折れで退屈でいつしか寝てしまい、気づいたら横川駅についていた。

  1. 2017/02/01(水) 00:00:14|
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