山ノ中ニ有リblog

登山とか、Macとか、日記とか

塩が取れた会津の大塩 - 柳田國男「日本の伝説」

 会津の大塩では塩が取れたそうだ。

 会津の大塩という村では山の中の泉を汲んで、近い頃まではそれを釜で煮て塩を製していました。こういう奥山に塩の井が出るというのは、土地の人たちにも不思議なことでした。それでやはり弘法大師がやって来て、貴い術をもって塩を呼んで下されたといっていますが、これにはまたどういう女があって関係したものか、今ではもう忘れてしまったものが多いようであります。(半日閑話。福島県耶麻郡大塩村)

柳田國男「日本の伝説」(新潮文庫,1987)P.41
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↑会津檜枝岐の林道

 山で塩が取れるところというと、伊那の鹿塩温泉が有名だ。たばこと塩の博物館にも展示がある。他にもそんなところがあったのかと驚いた。しかし、「会津 大塩」で検索しても温泉の記事しか見当たらない。炭酸の入った温泉でナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉温泉ガイド - 金山町ホームページ)らしいので少しはしょっぱいのかもしれない。

 只見線の不通区間にあり、相当に山奥である。只見線が動いていたら一度は列車の旅をしてみたかった。

  1. 2015/08/31(月) 00:08:22|
  2. 書評 - 民俗学
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コインランドリーの靴の洗濯機

 近所のコインランドリーに靴の洗濯機というのがあったので使用してみた。

 20分、200円でこないだの万太郎谷で汚した靴と沢タビがキレイになった。沢の匂いが取れたかというとなんとも言えないが、ほとんど匂いがしなくなったのは確かだ。

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↑洗った靴

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↑スニーカーランドリー

 靴は奥まで洗いにくいし、雨が降るとひどく汚れるので洗うのが面倒である。200円なら元は取れると感じた洗濯機であった。

  1. 2015/08/30(日) 18:26:28|
  2. 日記
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宇都宮に餃子を食べに行った

 宇都宮に餃子を食べに行った。

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↑宇都宮みんみんの焼き餃子

 職場の人たちで車で行き、駅前に車を置いてたくさん食べた。宇都宮みんみん本店、悟空、めんめん、来らっせ東武宇都宮店、正嗣駒生店と5軒入って計36個の餃子を食べた。はじめに入った宇都宮みんみん本店は開店前から1時間ほど並んだ。どれもおいしかったが、一番は悟空の肉餃子であった。肉汁が多く、肉の旨みが一番強かった。

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↑石田屋の焼きそば

 途中で宇都宮焼きそばも食べに行った。薄黒いので味が付いていそうに見えるが、ほとんど味がなく、ソースをかけて味わう。常に食べていたので常に満腹状態であった。

 朝早く出て店が営業していないので、大谷石の資料館に行った。

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↑資料館の手前の切り石

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↑資料館の中

 大谷石の資料館があるのは知っていたが、これほど広く作っているのは知らなかった。いろんな曲のPVを撮ったりドラマの撮影をしたりしているそうで、確かにこれだけ広い地下空間をみると、創作意欲を刺激されるのはわかる。以前は広い範囲を歩けたようだが、震災後は範囲を限定しているらしい。石なんか興味ある人少なさそうだが、出るときにはけっこうな人が訪れていた。

 宇都宮は近くに山もなく、乗り換えもしたことがなかったが、食べ歩くのにはよい街であった。

  1. 2015/08/29(土) 21:39:20|
  2. 日記
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掛け声で泡の出る池 - 柳田國男「日本の伝説」

 柳田國男「日本の伝説」を読んでいる。そこに驚き清水という項があった。

 越後の蓮華寺村の姨が井という古井戸などもその1つで、そこでも人が井戸のそばに近寄って、大きな声でおばと呼ぶと、忽ち井戸の底からしきりに泡が浮かんで来て、ちょうどその声に答えるようであるといいました。

柳田國男「日本の伝説」(新潮文庫,1987)P.23
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 そんな池あるかい、と読みながら思ったが、他にも越後の曽地峠、伊勢崎の書上原などにあり、他にも有馬温泉には悪口を言うと湧き上がる温泉、那須には「教伝甲斐ない」とどなると湯が湧く温泉などがあるという。熱海の平左衛門湯については間歇泉であろうと柳田國男が推定している。他の理由として

 実地に行ってみないと確かなことは知れませんが、大抵は周囲の土が柔かで、足踏みの力が水に響いたのではないかと思います。

柳田國男「日本の伝説」(新潮文庫,1987)P.27-28

 と説を唱えている。これもちょっと考えにくい。気密性のある土なんて想像できない。この本は初版が昭和15年と古いのでそういう考えもあったのだろう。

 となると、やっぱり間歇泉くらいしか説明できる要因がない。本当に現在でもそんな池があるのだろうか。

  1. 2015/08/28(金) 21:46:28|
  2. 書評 - 民俗学
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土木用語に2つある「エプロン」の意味

 エプロンというと一般には洋風の前掛けを指すことが多いが、土木業界でエプロンというとそれと異なる2つ意味がある。

  1. 駐機場
  2. 街渠の上面

 私は2の方を先に知ったが、空港の計画に携わった人から1の意味を聞いた。辞書には1の意味が載っているのでたぶん1の方が有名なのだろう。

エプロン apron
  1. 衣服の保護のために胸または腰から膝(ひざ)へかける洋風の前掛け。
  2. 飛行場で,格納庫の前の広場。また,乗客の乗降などのために飛行機を止める広場。
  3. エプロン-ステージの略。
Mac OS付属の辞書.app スーパー大辞林
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↑駐機場の方のエプロン

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↑街渠の方のエプロン

 同じ土木業界の用語でも空港と排水工なので混同することはまずない。駐機場の方は使い方を知らないが、街渠の方は「街渠のエプロンにゴミが溜まって水があふれている」みたいな使い方をする。私はエプロン単独だと分からないので「街渠のエプロン」と呼んでいる。街渠の方は何でエプロンというのかわからない。前掛けを前面に広げて水をすくう様子をイメージしているのだろうか。

  1. 2015/08/27(木) 00:28:29|
  2. 土木技術
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MS Wordでお絵描きする説明書き

 MS Wordでお絵描きする説明書きがYOMIURI ONLINEに載っていた。

 一般にWordはワープロソフトであってお絵描きソフトではない。どうせ初心者向けの「このボタンはこういう機能」みたいな機能の紹介で終わっているんだろう、と思ったら遠目には写真のように見えるくらいのハイビスカスの絵が細かい手順で説明されていて驚いた。Wordのお絵描き機能にグラデーションがあるなんて知らなかった。

 Excelで◯◯を作ってみた、みたいな動画はニコニコ動画で見かけることがあるが、一般人にはどのように作るのかまったく想像もつかないものが多い。本来の使い方でなくて、このように一般に膾炙するように説明されているのは珍しいと思う。どういう需要を見込んでいるのだろう。

  1. 2015/08/26(水) 00:11:44|
  2. コンピュータ
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Mac OS Xのクイックルックで連続して画像が表示されない問題

 Mac OS Xのクイックルックで画像を行ったり来たりしながら見ていると表示されない問題があった。

 以前にネットで探したが、検索ワードがうまく表現できず解決策を見つけることができなかった。こないだ山の写真を整理していて、また表示されずイラっとして探したら見つけることができた。

 なんでも「QuickLookウィンドウ内のテキストを選択してコピーできるように」設定するとこの問題が生じるとか。確かに便利な機能だと思い、QLEnableTextSelectionを有効にしたが、まさかこんな弊害があるとは思わなかった。

 QLEnableTextSelectionを無効にすることでQuickLookが快適に見られるようになった。

defaults delete com.apple.finder QLEnableTextSelection; killall Finder;

 開発者の人とか同じ問題にぶつかってイライラしないのだろうか。

  1. 2015/08/25(火) 00:12:54|
  2. コンピュータ
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魚野川万太郎谷に登ってきた

 魚野川万太郎谷に行ってきた。

 9年ぶり2回目。前回は12時前に茂倉岳登山口に下山できたが、今回は16:30に下山した。幕営地が下流よりだったり、雨が降って増水したり、詰めに左に寄ってしまって思わず藪漕ぎしたりといろいろ理由はあるのだが、いずれもどうすればよかったのかと考えると判断ミスという実感はない。

 下り道が雨でよくすべり3回くらい大きくこけた。疲れた。

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↑オキドウキョのトロ。最後は水流に逆らえず左側を登った。

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↑二ノ滝と三ノ滝の間に幕営。

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↑増水していたため、三ノ滝では前回よりも高く巻いた。

 150830追記:記録をアップロードした。

2015年夏 - 上越・魚野川万太郎谷[1/2]
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2015/150822mantaro/
  1. 2015/08/24(月) 01:31:59|
  2. 登ってきた
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ファミマ端末で登山地図を印刷できる山と渓谷社のサービス

 山と渓谷社がファミリーマートの端末で登山地図を印刷できるサービスを開始したそうだ。

 山岳関連書籍を専門とする老舗出版社「山と渓谷社」(東京都)は、コンビニエンスストアのファミリーマート店舗内のマルチコピー機から、槍ヶ岳や白馬岳など長野県内の山の登山地図を購入できるサービスを今夏から始めた。

(中略)

 販売する地図「ヤマタイムマップ」は、北アルプスの槍ヶ岳・穂高岳や、八ヶ岳・赤岳、中央アルプス・木曽駒ヶ岳など、人気の10エリアを扱った10商品。

長野の登山地図、ファミマコピー機で手軽に購入 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

 私は25,000分の1地形図や昭文社の山と高原地図に代表される紙の地図を使っている。いまどきだと、ディスプレイのついたGPS機器やYAMAPというスマホを中心としたサービスも普及している。しかし、意外にコンビニの情報端末を使った地図の発行は、スマートフォンなどのハードウェアもいらず、思いつきそうで思いつかないサービスだと思う。地図を買いに行きたいけど書店に行く時間がないとか、書店に行ったけど売り切れとか、そういう事態には重宝しそうである。300円という安価な設定も気軽に買える値段で良いと思う。

 登山地図というと昔は日地出版の地図とかがあったが、今は書店で探すと昭文社の「山と高原地図」だけ置いてあることが多い。両面刷りで情報量の多い「山と高原地図」は昔の名称「エアリアマップ」で呼ばれて愛用されており、私もその1人である。

 山と渓谷社の地図が手軽に安価に手に入ることで、「山と高原地図」一強状態が変わるのか見ものである。

  1. 2015/08/21(金) 00:50:26|
  2. 登山
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角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』

 角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』を読んだ。

 チベットのお口、ツアンポー川流域に「空白の五マイル」と呼ばれる秘境があった。そこに眠るのは、これまで数々の冒険者たちのチャレンジを跳ね返し続けてきた伝説の谷、ツアンポー峡谷。

角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社文庫,2012)裏表紙

 という冒険心くすぐる文章が裏表紙に載っている。この21世紀になっていまだに人の踏査できな場所が地球上に存在しているということに山屋としては心を動かされる。

 筆者は2度のツアンポー峡谷行きで秘境となっている箇所のほとんどを踏査しており、その中では今まで知られていない滝や巨大洞窟を発見している。

 ストーリーは2回のツアンポー峡谷行きと過去の探検家たちの冒険譚を織り交ぜながら語っている。高巻きで滑落して、過去のカヌー遭難者の話に映ったりとどちらも気になるような構成にしているが、読みやすい筆致である。

 私も単独行で人と会わない山行をすることもあるので、勝手に共感しながら読んでいた。筆者は冒険を行う理由について以下のように語っている。

 リスクがあるからこそ、冒険という行為の中には、生きている意味を感じさせてくれる瞬間が存在している。あらゆる人間にとっての最大の関心事は、自分は何のために生きているのか、いい人生とは何かという点に収斂される。

(中略)

 死が人間にとって最大のリスクなのは、そうした人生のすべてを奪ってしまうからだ。その死のリスクを覚悟してわざわざ危険な行為をしている冒険者は、命がすり切れそうなその瞬間にこそ生きることの象徴的な意味があることを嗅ぎ取っている。冒険とは生きることの全人類的な意味を説明しうる、極限的に単純化された図式なのではないだろうか。

角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社文庫,2012)P.295

 いい人生についてはその人自身がよいと感じればいい、と私は考えるたちである。生死のリスクに生きる意味を求めるというのは確かに究極の単純化だと思うし、冒険家は危険を冒してナンボなのでその通りなのだろう。私は登山に生きる意味までは求めておらず、暇つぶしの範疇であるが、筆者のように冒険記を書いて売っている人にとってはギリギリの命のやりとりが生きる意味なのだろう。

 物語は賞を取るくらい面白いのだが、物足りないと感じたのは、白黒でよいので写真がもっとあると面白いと思った。

  1. 2015/08/20(木) 00:51:45|
  2. 書評 - 山岳
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美人画に描かれる桜を見て気づいたソメイヨシノの新しさ

 小布施の北斎館で肉筆浮世絵の企画展をやっていた。

 初めの映像で葛飾北斎の波乱万丈な人生を説明してくれており、晩年を小布施で過ごしたことを知った。画狂老人卍なんて少年マンガのタイトルみたいな名乗り方をしていたなんて面白いと思う。画風も種々に渡るみたいで天才肌のようだ。企画展では菱川師宣などの美人画がたくさんあったのだが、スペースの都合、全館企画展にしていて、葛飾北斎の富嶽三十六景とか人々の生活感あふれる絵を見たかったが、見られなかった。

 美人画を見ながらふと気付いたのが、よく合わせて描かれている花に桜があり、そこにはどれも葉っぱが生えていること。ソメイヨシノじゃないんだと気付いた。

そめいよしの【染井吉野】
サクラの一種。オオシマザクラとエドヒガンとの雑種。木の生長が早く,各地で栽植される。寿命は短い。春,葉に先立って開花し,花は淡紅色五弁。萼(がく)花柄葉などに軟毛が多い。幕末の頃,江戸染井の植木屋から売り出されたのでこの名がある。吉野桜。
Mac OS付属の辞書.app スーパー大辞林

 ソメイヨシノは幕末以降の桜らしいので、それ以前の桜は葉っぱが出ているのは当たり前である。現在日本中で見られるソメイヨシノが200年かそこらしか経っていないということに驚いた。

  1. 2015/08/19(水) 00:34:10|
  2. 日記
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新宿小滝橋通り「横浜家系ラーメン 魂心家」塩ラーメン680円

 小滝橋通り「横浜家系ラーメン 魂心家」に入った。

 長野行きの夜行バスに乗る前に新宿でご飯を食べようとウロウロして決めた。以前はこんなお店はなかったと思うが、小滝橋通りはラーメン激戦区なので新しく店が立つのも不思議ではない。

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↑通りの向かいから撮った店構え

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↑たぶん塩ラーメン680円

 家系の醤油とんこつの普通のラーメンを頼んだつもりだったが、出てきたのは塩ラーメンであった。食券をすぐ渡してしまったのでよく見ないで券売機で買ってしまったのかもしれない。

 麺の固さ、味の濃さ、脂の量を選べるが、とりあえず全部普通にしておいた。全日ご飯がサービスなので注文した。味は、博多のとんこつみたいなクリーミーな感じではなく、家系をそのまま塩味にした感じ。なかなかおいしかった。チェーン店っぽいポスターや張り紙であったが、1人で切り盛りしていた。土地代が高そうだからコストを下げるためだろうか。そこそこ客は入っていたので、人気はありそうだ。

  1. 2015/08/18(火) 00:14:53|
  2. ラーメン
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小布施の観光

 戸隠山に登った翌日、小布施に行った。

 私は小布施という土地自体を知らなかったのだが、行ってみると、諏訪湖の花火大会とセットにしたツアーバスが何台も止まっていたので有名なようだ。朝のうちは人も少なかったが、昼ごろは観光客と車で混雑していた。北斎館と岩松院を見に行き、栗のジェラートを食べて帰った。

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↑混雑する北斎館周辺の道路。昔の町並みを作り上げているようだ。

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↑岩松院。福島正則のお墓がある。また、天井に葛飾北斎の書いた絵がある。

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↑マンホールには葛飾北斎の絵をモチーフにした波が描かれていた。

 葛飾北斎が小布施で晩年を過ごしたこと、福島正則がお家没収になっていたことは知らなかったので勉強になった。

  1. 2015/08/17(月) 22:38:50|
  2. 日記
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戸隠山に登ってきた

 戸隠山に登ってきた。

 くもりで展望はなかったが、日差しもなかったのでちょうどよい暑さだった。岩場の山と聞いていたが、こんなんなところには鎖場があり、ホールドも豊富だったので難しくは感じなかった。4時間半しか歩かなかったけど、意外と疲れた。

2015年夏 - 上信・戸隠山
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2015/150815togakushi/
  1. 2015/08/17(月) 15:58:07|
  2. 登ってきた
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原作うえお久光、作画綱島志朗「紫色のクオリア」3巻

 原作うえお久光、作画綱島志朗「紫色のクオリア」1巻2巻の続き。

 紫色のクオリア最終巻の3巻を読んだ。

 一応ハッピーエンドに終わっている。過去に戻ったり、他人になりかわったりとSFとしての設定があまりに飛びすぎて、せっかくのコペンハーゲン解釈だのフェルマーの原理だのの科学的な裏付けが生かせていないように感じた。正直おいてけぼりだったというか、夢物語を見ているような感じであった。小説版とマンガ版で表現も異なってくるのだろうが、似たような設定の小林泰三「玩具修理者」「酔歩する男」の方がより論理的で地に足のついた議論だったように感じる。

 僭越ながら論文の査読みたいなことをいうと、これだけ哲学と物理学の話題に詳しいならオッカムの剃刀という言葉も知っているだろうに、もう少し要素を絞った方がすっきりした物語になると思った。

  1. 2015/08/14(金) 00:37:47|
  2. マンガ・アニメ
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2014年夏から快速ムーンライトえちごが運行されていない

 2014年夏から快速ムーンライトえちごが運行されていないそうだ。

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↑2008年暮れの快速ムーンライトえちごの行先票

 新潟に18きっぷで遊びにいく、という人の話を聞き、行き先にもよるけど、快速ムーンライトえちご使えば朝には新潟に着けるという話をした。そのあと、駅の時刻表で探したけど高崎線の項を見ても快速ムーンライトえちごが載っていない。夏もお盆というのに運行されていないようだ。

 帰って調べてみたら2014年春に「えちご春の夜空号」として運行されてから走っていないようだ。ムーンライト信州ほどは乗っていないものの、白神山地や朝日連峰など東北の山に行くのに便利だったので残念である。

  1. 2015/08/13(木) 00:44:09|
  2. 鉄道
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縞枯れの起こる条件 - 小泉武栄「山の自然学」

 蓼科山で見かけた縞枯れについて、実家に帰って「山の自然学」を調べてみた。

 縞枯れが顕著なところがあり、これが北八ツの縞枯れかと感心するが、なぜ縞々になっているのか思い出せなかった。確か「山の自然学」に載っていたと思うのだが、家に帰っても本が見当たらないので分からない。

2015年夏 - 北八ヶ岳・蓼科山

 端的には下記のような理由により縞枯れが上昇していくそうだ。

 縞枯れの帯は、どうして上昇していくのだろうか。それはつぎのような理由である。斜面下方の樹木が枯れると、その上部の森林には日光が入るようになり、風も吹き込むから、土壌が乾燥する。その結果、ついに樹木は枯れはじめる。するとその影響はさらに上の森林に波及する。こうして帯が上昇するのである。

小泉武栄「山の自然学」(岩波新書,2002)P.120

 一方、縞枯れが起こる場所と起こらない場所では何が異なるのかは研究者の中でも意見が分かれているそうで、この本の筆者は以下のように論じている。

 わたしは、縞枯れの生じている山地は、いずれも針葉樹林の林床が岩がゴロゴロする岩塊斜面になっているという共通性があることに注目すべきだと思う。岩塊斜面の成因には、火山の溶岩が冷えるときにできたものと、氷期の寒冷気候下に凍結破砕作用によって形成された周氷河性のものの両方があるが、いずれにしても縞枯れの発生は林床が岩塊斜面であるところにかぎられている。岩塊斜面でない場合には縞枯れは発生していないのだ。おそらく岩塊地で土壌に乏しいという条件が、縞枯れを発生させる素因になっているのだろう。そうした条件の土地に南からの強風が吹くことによって、縞枯れがはじまり、帯が上昇していくのだと思う。縞枯れのはじまるきっかけは、おそらく数十年に一回程度の風台風による倒木の発生であろう。

小泉武栄「山の自然学」(岩波新書,2002)P.121-122

 確かに蓼科山の山頂は岩がゴロゴロしていて、まさに岩塊斜面である。一方、岩塊斜面は他にもありそうなものだ。こないだ行った大井川東俣はあちこちで土砂崩れが起きていた。大井川東俣で縞枯れを見たかというと覚えていないが、顕著なものはなかったと思う。さらに条件が限られるのだろう。

  1. 2015/08/12(水) 00:00:10|
  2. 書評 - 山岳
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鏡の左右の逆転が人間と文字で異なる現象らしい

 鏡の左右の逆転が人間と文字で異なる現象ということがわかったそうだ。

「鏡の左右逆転 1種類ではなかった」

1.発表概要:

 鏡に映ると、左右が反対になって見える。この「鏡映反転」は、これまで、1つの現象だと考えられてきた。しかし、自分の鏡映反転と文字の鏡映反転は、それぞれ、別の理由で起きる、別の現象だということがわかった。

(後略)

「鏡の左右逆転 1種類ではなかった」 | 東京大学

 鏡の左右の逆転については私も考えたことがある。ただそれは自分自身の鏡像についてだけで文字については考えていない。そのときの私なりの結論は「人間の体が左右対称にできているから」という単純なものであった。

 意外にもこの「鏡映反転」が起こる理由については、プラトン以来2千年以上にわたり、ノーベル賞受賞者を含む多くの学者が議論をつづけてきたにもかかわらず、いまだに定説がないそうだ。

 その先の発表内容を読むと要点は以下のようだ。

 はじめは文章を理解するのに手間取ったが、私の解釈が間違っていなければ、そりゃそうだろう、という思いだ。つまり、「人間の体が左右対称にできているから」人間については反転しているように見える。しかし、ホクロや傷など細かい特徴まで比べてみれば鏡像の右腕は実像の左腕でないことはすぐわかる。だから3,4割の人は反転していないと感じるのだろう。

 文字については、「山」「谷」みたいな漢字を除いてほとんどが左右非対称なのだから、鏡文字はすんなり読めない。それを「反転している」と感じているのだろう。

 ちょっとややこしいのは、人間については鏡像の右腕と実像の左腕が一致することを「左右が反転している」と表現し、文字については実際の文字と鏡文字が一致しないことを「左右が反転している」と表現していること。

 人間と文字なんて分類ではなく、左右対称か左右非対称かという分類の方がすっきりすると思うのだが、門外漢の考えである。

  1. 2015/08/11(火) 00:00:48|
  2. 科学全般
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住宅の敷地のアガパンサス

 住宅の敷地に青い花が咲いていて気になっていた。

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↑枯れかけのアガパンサス

 シャガっぽい葉っぱだけど花がシャガじゃない。花の形から何とかキキョウかなと思っていた。

 親に写真を送って聞いてみたらアガパンサスという花だそうだ。ミヤマ何とかみたいな組み合わせの方が覚えやすいだが、一発の名前は覚えにくい。ピラカンサスという似た名前の木もあるため勘違いしそうだ。花の名前は難しい。

  1. 2015/08/10(月) 00:00:56|
  2. 日記
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福生の七夕祭り

 福生で七夕祭りをやっている。

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↑福生駅構内の飾り付け

 2週間ほど前から福生駅で飾り付けをしていたものの、私がふだん出入りする駅東口側を出たあたりは特に変化がなかったのでどこで七夕祭りをやっているのだろうと思っていた。プールの帰りに西口を歩いてみると西口前の通りを歩行者天国にして笹を大々的に飾り付けていた。周りには商店街が露店も出しており、歩く人も多く活気があった。

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↑通りの入り口

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↑混雑する駅前通り

 竹の刺さっている位置をみるとハンドホールみたいなのが2つ外されて1つは笹本体、もう1つは支えが立てられていた。ハード面から整備されているところを見ると市が相当に力を入れているのがわかる。こういうイベントがあるのは町の活性化にもいいと思う。ただ行くのが暑くてだるい。

  1. 2015/08/09(日) 21:52:24|
  2. 福生
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福生市営プールに行ってきた

 福生市営プールに行ってきた。

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↑多摩川沿いに建っている福生市営プール

 ここのところ暑いのと、福生駅にプールのポスターが貼ってあるのを見て福生市営プールに行ってきた。

 一番の目的は涼みに行くことだが、自分が泳げるかどうかを調べるのも目的であった。結果、クロール、平泳ぎは何とか50m泳ぐことができた。また背泳ぎは何度か人にぶつからないように振り向いたため、1度足をついたがやはり50m泳ぐことができた。しかし、体力があまりになさすぎて50mを泳ぐのが精一杯であった。息継ぎはできず、腕は上がらず、泳ぎ切ってから1分間くらい息を整えないと動けないくらいであった。

 小学生の時はスイミングスクールに通っていたし、中学生の時は平泳ぎならいつまでも泳いでいられたのに、といっしょに行った人に愚痴をこぼしてしまった。私も日本人なので、つい成功体験にしがみついてしまう。フォームはともかく、一応泳げる、ただし50mを泳ぐのが精一杯の体力しかない、ということが判明してよかった。後は練習するだけだろう。

 そんな感じで疲れてしまったので1時間に10分の休憩の2回目で帰ることにした。正味1時間半ほどしかいなかった。帰ってから気づいたが、思いの外日焼けしている。背中をあかすりでこするとヒリヒリするし、鏡をみると鼻の頭が赤くなっている。プールまで歩いて行った時間も含めれば3時間くらい日にさらされていたからだろう。下界であまり行動しないので日焼け対策を思いうかべなかった。ラッシュガードは着てもいいみたいなので、次回行くことがあればラッシュガードを持っていこうと思う。

  1. 2015/08/09(日) 21:50:11|
  2. 福生
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日本には3000m峰が21山ある

 日本には3000m峰が21山あるそうだ。

 3000m峰は、独立峰の富士山と御嶽山及び飛騨山脈(北アルプス)と赤石山脈(南アルプス)の山域に限られている。22番目に高い山は剱岳(2,999m)で、3000mにわずか1m届いていない。標高3000mを越える一帯は森林限界のハイマツ帯で、高山植物の群生地となっている。また多くの3000m峰のハイマツ帯は、ライチョウ(雷鳥)の生息地となっている。

日本の山一覧 (3000m峰) - Wikipedia

 見てみると、21山のうち、20山しか登っていなかった。先日登った西農鳥岳で20山になり、あとは木曽御岳だけである。

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↑農鳥岳にて私

 山浦さんと平野さんにとって農鳥岳は国内3000m峰で唯一登っていない山ということもあり、ひと区切りついた。私は木曽御岳に登っていないし、まだ噴火による登山禁止が続きそうだし、しばらくはお預けである。

2015年夏 - 南アルプス・大井川東俣[4/4]

 と書いたが、あと木曽御岳だけとなると、なんとなく歯がゆい。でも登山解禁されても、いつでも登れるしいいや、とすぐには登らないような気がする。

  1. 2015/08/08(土) 23:04:26|
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農鳥岳周辺で見かけた花の名前

 農鳥岳周辺で見かけた花の名前を調べてみた。

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↑たぶんミヤマシャジン

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↑ヨツバシオガマ

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↑ゴゼンタチバナ

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↑たぶんミヤマキンバイ

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↑イワギキョウ

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↑アオノツガザクラ

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↑チングルマ

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↑ウサギギク

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↑タカネグンナイフウロ

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↑ナナカマド

 見てパッとわかるのは上の半分くらい。残りはこれ見たことあるけど名前知らない…という花だったり、下ってからパンフレット見て判別できたもの。他にもウドみたいな花とかがあったが、名前がわからなかった。

 反復して覚えるしかないのだろう。

  1. 2015/08/08(土) 23:01:43|
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植村直己の冒険と三浦雄一郎の冒険 - 本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」

 本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」に三浦雄一郎へのインタビューも載っていた。いまでは80歳でのエベレスト登頂者として有名だが、エベレストからの滑走や、滑走の世界最高速記録を樹立するなどスキーヤーとして有名な人である。インタビューの年月は書かれていないが、この本が発行された1991年、三浦雄一郎氏は59歳。年齢の限界についてどう考えていたのか気にしながら読んでいた。

 武田 (中略)年齢的に、これはいかんなというようなことはありませんか。

 三浦 20代のころはむちゃくちゃ体力だけでやっていた。40代、50代は自分が脆いことも、限界も知っていますよ。睡眠時間さえ十分に取れたら、例えば行動時間は20代のとき1日12時間ぐらい行動できたのを10時間、8時間に縮める。ということならば、その間の要素はそう違わないような気がしますね。だからぼくは直己の場合も、体力的にうんぬんというのは関係ないと思いますね。

三浦雄一郎「直己の冒険の現場に接しつづけて」,本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」(朝日文庫,1991)P.206

 と、年齢はあまり問題にしていないようだ。70代でキリマンジャロに登った父三浦敬三の話のあと、植村直己の年齢の話に移る。

 武田 年齢限界説を植村さんの遭難に結びつける人がいるんですけれども……。

 三浦 ぼくは意味ないと思いますね。

 武田 意味ない?

 三浦 彼にはもっともっと可能性がある。生きてれば、60だって80だって何かやる男ですよね。

三浦雄一郎「直己の冒険の現場に接しつづけて」,本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」(朝日文庫,1991)P.207, 208

 植村直己について年齢を問題にしていないならば、三浦雄一郎氏自身も気にしていないのだろう。とはいえ、70歳から3回もエベレストに登るというのはえらいことだと思う。

 ところで、植村直己の行ってきた冒険の中で北極点到達行は暗に批判されることがあるようだ。1つは最新の機械の潤沢な活用。数日おきの空輸による食料等の搬入、NASAの人工衛星による現在地確認、北極点からの飛行機での帰還など。もう1つは広告会社の積極的な活用。植村直己は電通に依頼し、さまざまなスポンサーをつけた。また募金や講演会も大々的に行い、冒険に必要な金を集めた。それぞれ冒険の範疇を超える、金儲け主義との批判を受けたようだ。

 その点、三浦雄一郎氏もさまざまな金のかかる冒険をしているものの、あんまり上記のような批判を受けることが少なく、対照的だと本多氏も述べている(P.145)。文章を読んでいると、真面目で素朴な植村直己と要領のよい三浦雄一郎氏という対比がみえてくる。

 武田 あれが終わったあと、朝日体育賞を受賞し、植村さんに朝日へ来ていただいたんですけれど、そのときレセプションでね、朝日新聞の幹部に向かって、「これはアマチュアの人に与える賞なのでしょう。私はいろいろな人からお金を集めてバックアップしてもらった。これはプロ的な行為だから、私は賞に値しない」というようなことを一生懸命言っているわけですよ。それでね、「まあまあ、そんなこと言わないで」と逆に会社の幹部が慰めているシーンがありましたよ。

(中略)

 三浦 エベレストのスキー滑走のとき、ぼくはほぼ3億円集めていたんですよ。

 本多 ほう、そんなだったのですか。

(中略)

 三浦 あきれるほどなのですよ。たった一人のためなのですよ、考えてみると。これで途中で「やーめた」と言ったら探検史上最大の詐欺だとね(笑)。やめてみるのもどうだと思ったこともあるけれど、これは引くに引けない。死んでもやらにゃいかん、はっきり言うと。このことを文春の中に書いたらね、編集長が原稿見て消しましたよ。なんか知らんけど。

三浦雄一郎「直己の冒険の現場に接しつづけて」,本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」(朝日文庫,1991)P.213-215

 三浦雄一郎氏は植村直己が登れなかったビンソン=マシフも登っているし、本人の努力や時の運もあるのだろうが、要領のよい人なのだと思う。

  1. 2015/08/08(土) 00:18:04|
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植村直己の遭難の原因 - 本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」

 本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」を読んでいる。

 1984年に植村直己が冬季マッキンリー単独登頂を果たした後、行方不明となり、その後1991年に発行された本。遭難以前の植村直己へのインタビューを中心とする前編「生前の植村直己をめぐって」と遭難後の各界の知人の見解を寄せ集めた後編「遭難のあとに考える」の2部構成となっている。

 私がものごころついたときには植村直己はマッキンリーで遭難したあとなので、生前あるいは遭難のころのようすは全く知らない。これを読むと、マッキンリーでは今までに植村があまり履いたことのないバニーブーツを履いたことが遭難の原因になったのではないかと指摘されている。

 今回の遭難で、あるいはあの靴が原因では、と疑われているのが「バニーブーツ」。名前の由来は、通常の登山靴の二倍もあり、はくとまるでディズニーマンガのウサギの足のように見えるかららしい。(中略)新品だと200ドル程度するからゴム靴としては高価だが、全体がゴムの袋状で空気バルブで 内側の空気を調節でき、抜群の保温性がある。

 底全体が大きすぎるうえ、やたらに厚いバスケットシューズ型だから登山用アイゼンを装着するのが難しい。特に急坂の下降でよく使われる、斜面の方を向いてつま先のアイゼン爪を蹴り込むいわゆる「フレンチ=テクニック」をすると、靴底が曲がってしまうから滑落しやすい。(中略)

 植村氏が4200mの雪洞に残した日記には「歩き始めて5分もしないうちにアイゼンが脱げてしまう。履くのに二、三十分、やっと直して歩き始めると今度は反対側のアイゼンが外れる」と苦心惨憺している様が記されていた。

竹内準「植村直己氏遭難取材記」,本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」(朝日文庫,1991)P.116, 117

 また、植村直己の遭難場所にも謎があるそうだ。氷河パイロットのダグ=ギーティング氏が4900mのウェスト=バットレスで手を振る植村氏を見たのが、登頂の4日後である。一方、明大OB隊が5200mの雪洞に残した大量の遺留品を発見する。

「これだけの装備を残して登山家が下山することはあり得ない」(橋本隊長)。となれば、16日午前にギーティング氏が見たのは誤り、ということになる。マッキンリーの氷河パイロットを10年続け、現在一番の腕達者と言われるギーティング氏はこの発見を聞くと「信じられない」といって、もう一度、自分が植村氏を見た場所へ曇り空の中を飛び立ったほどショックを受けていた。

竹内準「植村直己氏遭難取材記」,本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」(朝日文庫,1991)P.112

 そもそもこのマッキンリー行は南極単独犬ぞり横断の準備のためのもの。この2年前にビンソン=マシフ目指してアルゼンチンの南極基地に滞在するものの、フォークランド紛争のあおりで軍の協力が得られず帰国している。マッキンリーのベースキャンプでテレビ朝日の大谷映芳氏が植村直己にインタビューしているが、目的を問われた答えはつかみどころがない。

 大谷 今回のマッキンリーの目的というのは何ですか。

 植村 別にないんじゃないですか。まあそれは冬の単独での初登頂をやりたいという気持ちは一応あるけれども、そんなことよりも、やっぱり南極に行きたいという一つの大きな気持ちがまだ抜けきっていないので極地の冬の山を自分で試しに登ってみてたとえ頂上に着かなくてもいいと思っているんですけどね。まあ、着きたいのはやまやまですけれども。何か南極の糸口が見つかればいいと思っているんです。

大谷映芳「マッキンリーで冒険を語る」,本多勝一・武田文男編「植村直己の冒険」(朝日文庫,1991)P.87

 いまでは若い人は植村直己を知らない人も多いと思うが、それでも一般の人にも知られる有名な登山家というと植村直己の名前を挙げる人は多いのではないだろうか。遭難から30年が経過しても未だ遺体も見つからずマッキンリーに眠っていると考えるとまだ終わっていないようにも感じる。板橋区にあるという植村冒険館には行ってみたいと思いつつも行ったことがない。近くに行くことがあれば行ってみたいと思う。

  1. 2015/08/06(木) 21:46:01|
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南アルプスの大井川東俣に行ってきた

 南アルプスの大井川東俣に行ってきた。

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↑農鳥岳にて私

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↑森閑とした池ノ沢池

 三宅島から帰ってきて初めての2泊以上の山であったが、天気に恵まれ、予定通りのルートを回ることができた。今回は長い大井川東俣を登るのにあたり、白峰南嶺の広河内岳から池ノ沢の廃道を下降し、奈良田に戻った。長大な大井川を上流部に限って歩くため、登下降が大きかった。沢自体は難しくないものの、体力的な面で疲れた。

 150808追記:記録を以下に載せた。

2015年夏 - 南アルプス・大井川東俣[1/4]
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2015/150801ooigawa/
  1. 2015/08/05(水) 20:11:40|
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