山ノ中ニ有リblog

登山とか、Macとか、日記とか

今年初めてのシュノーケルに行ってきた

 今年初めてのシュノーケルに行ってきた。

 場所は伊ヶ谷港と大久保浜。

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↑イシガキフグらしき魚が岩陰に隠れていた。

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↑イソギンチャクとクマノミの定番の組み合わせ。

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↑タカベみたいな魚。

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↑岩の隙間に動いているものが見えたからフィンでつついてみたらウミヘビににらまれた。

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↑大久保浜に移動して潜るとサンノジの群れ。

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↑またイシガキフグみたいな魚を見た。

 1年ぶりのシュノーケルだが、不自由なく泳げた。ただ飛び込みが下手で思い切り腹を打った。伊ヶ谷港は暖かかったものの、大久保浜は潮の流れがあたるのか水が冷たかった。息があんまり持たないので何度か潜って慣れたい。

  1. 2014/06/30(月) 00:00:40|
  2. シュノーケル・ダイビング
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伊豆諸島の各島に笠雲がかかっていた

 畑の帰り、赤じゃり公園と友地橋から他の島が見えた。

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↑友地橋から見下ろす大久保浜。

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↑新島と利島に笠雲がかかっていた。

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↑神津島にも笠雲がかかっていた。

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↑雄山にも雲が流れていた。

 今日はどの島にも笠がかかっていたが、風が強いのだろうか。昨日1日雨だったのが関係あるのだろうか。

  1. 2014/06/29(日) 21:56:13|
  2. 三宅島・御蔵島
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3本植えたトウガラシのうち2本が葉っぱが落ちていた

 2週間ぶりに畑の草むしりにいった。

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↑3本植えたトウガラシのうち2本が葉っぱが落ちていた。

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↑トマトは一株だけもじゃもじゃに茂っていた。

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↑サトイモも植えた株、植えていない去年の回収し忘れなどたくさん生えてきた。

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↑葉っぱの下をのぞいてみると小人の気分。

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↑見上げてみると葉っぱで地上が覆われているのが分かる。

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↑インカのユリが咲いていた。

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↑隣にはヒメヒオウギズイセン。

 畑の中はさほどではないが、畑の周りはあんまり草むしりしていないのでだいぶ繁茂していた。小鎌を使って土を削りながら草を刈ったらバケツ3杯になった。サトイモはもう葉っぱが地表面を遮っているので大して雑草が生えてこない。でも八丈島からわざわざ取り寄せたトウガラシが2/3も枯れてしまうのは残念である。まだ茎の色は緑だから葉っぱが出てくるかもしれない。

  1. 2014/06/29(日) 21:55:37|
  2. 三宅村伊豆の畑
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柏井橋の仮橋が架かっていた

 柏井橋の仮設の橋架けが始まっていたの続き。

 柏井橋の仮橋が架かっていた。工事は終わっているようだが、まだ取り付け道路ができておらず切り替えは行なっていない。

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↑左岸側から見た仮橋

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↑右岸側から見た仮橋

 年度上半期はまだ設計・入札・契約に時間がかかるのだろうか。

 つづき:柏井橋の仮橋が渡れるようになった

  1. 2014/06/28(土) 15:46:44|
  2. 千葉
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吉村昭「三陸海岸大津波」

 吉村昭「三陸海岸大津波」を読んだ。

 明治29年、昭和8年、そして昭和35年。青森・岩手・宮城の三県にわたる三陸沿岸は三たび大津波に教われ、人々に悲劇をもたらした。大津波はどのようにやってきたか、生死を分けたのは何だったのか——前兆、被害、救援のようすを体験者の貴重な証言をもとに再現した震撼の書。この歴史から学ぶものは多い。

吉村昭「三陸海岸大津波」裏表紙
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↑名取市閖上湊神社の丘の上からの眺め。

 東日本大震災後、いくつかのメディアで取り上げていた気がするが、なかなか古本屋に並ばなかった。吉村昭の著書はいくつか読んでいるが、この本は知らなかった。著者は各地の古老の話や残る文献を集めてこの本を作り上げている。そこには数々の証言が生々しく記述されている。

 山から下の方を見ると一面に火が燃えて、その火の中から片方の手を挙げて、

「助けろ——、助けろ——」

 と叫んで居るのが見えました。そのかわいそうな事といったら何とも言われない程でした。どこの人達も涙をこぼさない人はありませんでした。そうして居るうちに、夜は段々明けて参りました。

吉村昭「三陸海岸大津波」P.138

 言い伝えを信じたがために亡くなった人もいるようだ。

 しかし、三陸沿岸の住民には、一つの言い伝えがあった。それは、冬期と晴天の日には津波の来襲がないということであった。その折も多くの老人達が、

「天候は晴れだし、冬だから津波はこない」

 と、断言し、それを信じたほとんどの人は再び眠りの中に落ち込んでいった。

吉村昭「三陸海岸大津波」P.89

 阪神・淡路大震災以前も「関西には大地震はやってこない」という安全神話が信じられていた。実際には阪神・淡路大震災は大きな被害をもたらした。また、この本にはこないだ訪れた仙台市荒浜や名取市閖上などは載っていないが、リアス式海岸でないためこれまで大きな被害はあまりなかったのだろう。あれだけの被害は想定していなかったと思う。天災は忘れたころにやってくる、という寺田寅彦のことばを思い出す。

 また、地震予知とも思われる記述もいくつかある。井戸水の減少、大豊漁、発光現象など。現在のところ、数日〜数時間スケールでの地震の予知には成功例がないが、このような記録が十分に蓄積すれば一定の法則性が認められるかもしれない。一方で新田次郎「虹の人」のように地震の前に発生する虹は統計的に否定された例もある。いずれにしろ、有意となるだけの例の数が必要である。

 吉村昭らしい丹念に現地を調べ、淡々と事実を述べるという筆致がいかされていると思う。津波が恐ろしいことはみんな知っている。その土地の古老が自身の経験を土地の人間に伝えていることも想像に難くない。しかし、それを一つ一つていねいに聞いて回り、まとめあげるのは容易ではない。吉村昭だからこそできた著述だと思う。


三陸海岸大津波 (文春文庫)三陸海岸大津波 (文春文庫)
(2012/09/20)
吉村 昭

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  1. 2014/06/27(金) 23:22:58|
  2. 書評 - 科学・技術
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宮城県美術館特別展「手塚治虫 × 石ノ森章太郎 マンガのちから」

 松島観光してきた140622の続き。

 2日目に松島観光をしたあと仙台に戻り、時間があったので宮城県美術館で特別展「手塚治虫 × 石ノ森章太郎 マンガのちから」を見に行った。

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↑宮城県美術館特別展「手塚治虫×石ノ森章太郎 マンガのちから」を見に行った。

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↑トキワ荘が再現されていた。

 以前、東京都現代美術館で特別展をやっていたとき、MXテレビかなんかで特集していて行きたいなと思っていたが、結局行けなかった。そのこともすっかり忘れていたのだが、仙台駅でもらったパンフレットに特別展の情報まで載っており行くことにした。

 私は手塚治虫のマンガはよく読んだ。近所の図書館に火の鳥、ブラックジャック、アドルフに告ぐ、陽だまりの樹、バンパイヤ、どろろ、ザ・クレーター、ワンダースリーなどそこそこの冊数があったのでひととおり読んだと思う。数々の連載を抱えながらあれだけのすばらしい作品を残したのは他のマンガ家には真似できないし、今後も現れることはないと思う。

 展覧会では、数々の原稿を見ることができた。古いメトロポリスや来るべき世界などの原稿が現存していたことに驚く。鉄腕アトムやジャングル大帝などのアニメもオープニングを流していて、アニメと実写を混合して撮影したマグマ大使は斬新であった。

 石ノ森章太郎はやはり図書館に蔵書があったものの、サイボーグ009しかなかった。ひととおり読んだが、009とブラックゴースト団という悪の対立やSFが好きなのかと思っていた。実際には仮面ライダーやキカイダーのようなヒーローもの、佐武と市捕物控のような時代劇、ロボコンのようなギャグ、HOTELのようなドラマ、さらにはマンガ日本の歴史やマンガ日本経済入門など多岐に渡って作品を残していた。作品をよく知らなかったが、これは展覧会で知ることができた。

 また、石ノ森章太郎の「さるとびエッちゃん」というマンガの原稿が展示されていたが、そこに御蔵島に里帰りする学校の先生が描かれていた。有吉佐和子「海暗」のように容易にたどり着けない島の代表のように描かれることが多い島だが、こんなところで見るとは思わなかった。私は赴任するまで知らなかったが、知っている人は知っている島なんだと思った。

  1. 2014/06/26(木) 22:18:02|
  2. マンガ・アニメ
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仙台市荒浜と名取市閖上に行ってきた140623

 松島観光してきた140622の続き。

 3日目は東日本大震災被災地を回った。どこへ行くか決めていなかったのだが、車を借りて仙台市から近い荒浜、閖上を回ることにした。

 なぜ被災地を見に行ったのか。震災時にテレビで見た黒々とした津波が海岸を走っていくヘリ画像を忘れられず、いったいどういうところなのだろうと思ったからである。単に東京で被災したからという立場もあるし、土木屋としてどういうところでどのような被害があったのかを目で確かめたいと思ったのもある。職場でも被災地派遣に行った人がいる。

 こういった経験は文章や映像を見ても体験できるが、現地を見るのがもっともよいと私は思う。土地の広がりや起伏、何が流され、何が残ったのか、現在はどのような復興の作業を行なっているのかなど、個別に調べることはできてもそれらを有機的に統合し、直観に訴えるのは現場を見ることだと思う。

 現在はすっかりがれきが撤去されていること、避難に使われた学校はすでに無人となっていること、あちこちに矩形の盛り土が行なわれていることなどが受動的に分かった。また、海岸近くを走る県道にはトラックが多く自衛隊のトラックも見ることができた。トラックの全面には「盛土材運搬改良工事」など何の工事のトラックなのか分かるように幕が張ってあり、工事のイメージアップに役立っていた。漠然とではあるが、被災地のようすが分かったような気がする。

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↑仙台市荒浜の海岸べりに立っていた観音さま。人がおらず海っぺりの堤防復旧工事の音が響いていた。

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↑がれきはほとんど搬出されていたが、鋼管柱がなぎ倒されたままだった。

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↑「東部復興道路 盛土材運搬改良工事」という垂れ幕のかかったトラック。

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↑荒浜小学校の外観。2階まで浸水したそうで手すりがひしゃげている。

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↑閖上大橋を渡って閖上湊神社へ。何かテレビが取材していた。

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↑湊神社の丘の上から山側を眺める。住宅地が広がっていたとは思えないくらい何もない。

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↑湊神社の丘から遠くに蔵王の残雪が見えた。

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↑旧閖上中学校。ガードパイプが軒並み倒されていた。

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↑旧閖上中学校の前に建つ「閖上の記憶」。子供達が立ち直ってく映像や津波の空撮動画を見ることができる。語り部が地名を説明する空撮動画が分かりやすかった。

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↑中学校の中をのぞくと廊下が泥で汚れていた。外の時計が14:46をさしたまま止まっているのが見ていると悲しくなった。

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↑仙台に戻ってまだ時間があったので大崎八幡宮に参った。アニメWake Up Girls!のでっかい絵馬がおいてあったけど、関係があるのだろうか。

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↑はやぶさに乗って帰京。停車駅は大宮、上野、東京で約1時間30分と速かった。

  1. 2014/06/25(水) 05:36:55|
  2. 日記
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松島観光してきた140622

 仙台観光してきた140621の続き。

 2日目は松島観光に行った。手前の塩竈から遊覧船に乗り、松島をぶらぶらし、仙台に戻った。

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↑マリンゲート塩竈から松島行きの船に乗船。

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↑スフィンクスみたいな形の島や…

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↑穴ポコがたくさん空いた島を見た。岩に硬い部分ともろい部分があるのだろうか。波はおだやかで造波抵抗くらいしか波が立っていなかった。

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↑松島に着いて日本三景の碑で記念写真。日本三景は初めてである。

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↑福浦橋を渡って福浦島へ。島が点在し、囲まれているようで外海とつながっている感じがしなかった。

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↑瑞巌寺横の茶屋でずんだ餅を食べた。瑞巌寺は改装中だったので入らなかった。

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↑利久の牛タン定食。前日の太助と異なり短冊に切ってあった。チェーン店みたいで市街地のあちこちで見かけた。

 そもそも、なんで仙台に行こうかと思ったには2つ理由がある。

 1つは知り合いが仙台に赴任していたこと。1つは東日本大震災の被災地を目で見てみたいと思ったこと。

 私は仙台には行ったことがない。大学1年のときに青春18きっぷで旭川から帰ってきたときに改札を出た程度である。そのときはちょうど旧七夕にあたり、駅の天井にも笹がたれ込めていたのを覚えている。他はというと宮城県を訪れたのは5年前にみやぎ蔵王にスキーに行っただけである。あんまり縁のない仙台だから観光してみたいと思っており、知り合いの赴任をきっかけに訪れた。

 もう1つの東日本大震災の被災地については、翌日見に行ったのでエントリを分ける。

続き:仙台市荒浜と名取市閖上に行ってきた140623

  1. 2014/06/24(火) 12:06:11|
  2. 日記
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仙台観光してきた140621

 2泊3日で仙台観光してきた。

 とりあえず1日目の21日の写真。市街地の観光は名所を回るるーぷる仙台というバスに乗って回った。どこを回ればよいのか分かっていない観光客にはちょうどいい反面、土日は観光客でバスが混んでいた。

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↑瑞鳳殿へ上がる石段。アジサイが色づき始めていた。

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↑瑞鳳殿へ参る。

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↑仙台観光の定番、正宗公の銅像。残念ながら逆光であった。

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↑仙台城から東北大学工学部へ歩いていった。キャンパス内に県道が走っていていかにも大学といった雰囲気である。

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↑太助で牛タン定食を食べた。気難しそうなおじさんがタンを焼いていた。厚切りでうまかった。

続き:松島観光してきた140622

  1. 2014/06/23(月) 23:58:24|
  2. 日記
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もらったニガタケを食べた

 ニガタケをもらった。

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↑皮をむいたニガタケ

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↑大量の皮がゴミとして残った

 以前ももらったことがあるが、そのときは魚を焼くグリルに皮ごとつっこんで焼いて、ワサビ醤油で食べた。今回はすぐに食べる予定がなかったため、ゆでて冷凍した。残業して帰ってから作業したら1時過ぎに終わった。

 翌日の昼にラーメンと合わせて食べたらほどよい苦さでうまかった。季節のものが食べられるのはいい。

  1. 2014/06/21(土) 00:49:45|
  2. 三宅島・御蔵島
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谷と沢の呼称の違い

 畑の草むしりと雨による浸食でこういう地形なんて言うんだろうと調べていたが、結局見つからなかった。その代わり、谷と沢の呼称の違いについて考察しているおもしろい論文を産業技術総合研究所のサイトで見つけた。

2006年夏 - 魚野川・万太郎谷の写真

2006年に登った魚野川万太郎谷の三ノ滝

 私もこの谷と沢の違いが分からず、ときおり間違えることもあった。この違いに気づいたのは谷川岳周辺の谷と沢である。越後側の魚野川には仙ノ倉谷、万太郎谷、茂倉谷等の谷があり、上州側の湯檜曽川には西黒沢、マチガ沢、一ノ倉沢等の沢がある。なぜ稜線のあっちとこっちでこのような違いがあったのか分からなかった。

↑谷川岳周辺の地形図

 この論文にはアブストラクトがないので、私なりに前段を要約する。

 日本の山の中では川に「沢」と「谷」という呼称が用いられるが、同じような地形をさすにもかかわらず2つの語が共存している。これを地域で整理すると、概ね飛驒山脈を境にして東日本は「沢」、西日本は「谷」が使われている。地形に関する言葉は狩猟などで必須の基本語であり、10,000年〜2,200年ほど前に縄文人が使い出したと考えられる。

 その上で筆者は、以下のように述べている。

 「谷」を使っていた谷族と、「沢」を使っていた沢族なる民族が、相当に長い年月にわたって本州を二分して勢力拮抗していて、その行動範囲のぶつかる地帯が飛驒山脈であり、その後、沢族(日本全土に定着していた土着先住民、時代関係から見て当然縄文人)は、関東地方から東北地方へ、さらに北海道へと追いやられていった。しかし、言葉は音として地名や話し言葉として残った。

(中略)

 既述のように、谷族文化の勢力圏は、本州西半部、四国、九州であったこと、また谷という語の起源は朝鮮半島に今でも残っているタン、ダン、トンであり、一方、谷という字は中国渡来の漢字を当てたものである、ということに異論をはさむ余地は殆どない。三段論法式に言えば、谷族イコール古代朝鮮民族ということになる。

(中略)

 さて、日本の古語で、サワという言葉を何時の時代まで遡れるだろうか。

(中略)

 多くの日本語の語源を探る為に、現在なお生存しているアイヌ語を媒介とする方法が最も近道であることが、鈴木健(2000)による『縄文語の発掘』に大変詳しく述べられている。それによると、サワについて最も分かりやすい音変化の例は下記のようである。

 ソー〔滝〕→サー〔断崖〕→サーヤ<沢,静岡・愛知県北設楽郡,谷川,小川.静岡県周知郡>→サハ→サワ(同義)

隅田 実,日本列島における、地形用語としての谷と沢の分布 —古代民族の文化圏との接点を探るー,地質ニュースNo.563, p.36-45, July, 2001

 なるほど、古代の民族の違いに理由を求めたというのが結論である。「沢」と「谷」という言葉で縄文時代にまで遡るというのが驚きである。有史以前は文字がないため、アイヌ語、琉球語のような古語に近い言葉や伝承の重複から何があったのかを探るほかない。そこには多かれ少なかれ研究者の想像で補うものがあり、そこにロマンを感じる。このような同じものをさすローカル/グローバルの呼称の違いで、言葉の分化した時期を探れるのかもしれない。

  1. 2014/06/20(金) 12:53:43|
  2. 書評 - 地図・県境・都市河川
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夢野久作「ドグラ・マグラ」

 夢野久作「ドグラ・マグラ」を読んだ。

 かれこれ本を読まなくなって1年が経ったが、先週、内地に行くときに読破した。結局1年6カ月かかった計算になる。これほど長い時間をかけて1冊の本を読んだのは人生でも初めてだ。聖書でも1年で一応読み切った。

 さて、表題の本だが、表紙には上下巻とも呆けた顔の女性がポーズをとっており、陰部に「角川文庫」のロゴが入るという官能小説に似たデザインとなっている。電車の中で読むにはちょっと躊躇する表紙である。

「ドグラ・マグラ」は、昭和10年1月、1500枚の書き下ろし作品として、松柏館書店から自費出版された。

<日本一幻魔怪奇の本格探偵小説><日本探偵小説界の最高峰><幻怪、妖麗、グロテスク、エロテイシズムの極>とうたった宣伝文句は、読書界の大きな話題を呼んだが、常人の頭では考えられぬ、余りに奇抜な内容のため、毀誉褒貶が相半ばし、今日にいたるも変わらない。

<これを書くために行きてきた>と著者自ら語り、十余年の歳月をかけた推敲によって完成された内容は、狂人の書いた推理小説という、異常な状況設定の中に、著者の思想、知識を集大成する。これを読むものは、一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書。

夢野久作「ドグラ・マグラ」上巻裏表紙

 読んだときの面白さを損なわないように説明すると以下のようになるだろうか。

 話は九州帝国大学の精神病棟で「私」が起きるところから始まる。「私」は一切の記憶がなく、若林教授が記憶を取り戻させようと学生の姿をさせたり、若い女性を見て何か思い出さないか問うたりするものの何も思い出せない。若林教授から亡くなったと聞いた正木教授から断片的な経緯を聞くが、正木教授はそのうちすべて分かるだろうとのらりくらりと核心に触れないように話を進め、「私」は何者なのか分からない。

 小説のタイトル「ドグラ・マグラ」については若林教授が劇中で説明している。

「ハイ。それは、やはり精神病者の心理状況の不可思議さを表現した珍奇な、面白い製作の一つです。当科の主任の正木先生が亡くなられますと間もなく、やはりこの付属病室に収容されております一人の若い大学生の患者が、一気呵成に書き上げて、私の手元に提出したものですが……」。

(中略)

 つまりその青年が、正木先生と私とのために、この病室に幽閉められて、想像もおよばない恐ろしい精神科学の実験を受けている苦しみを詳細に描写したものにすぎないのですが」

夢野久作「ドグラ・マグラ」上巻pp.88-90

 器の話ばかりで感想がうまく書けないが、自分が何者なのか、何をしてきたのか、ということがいかにあやふやだということを提起している小説と感じた。世界五分前仮説やスワンプマンに代表されるような、一般に常識とされることが疑ってみると不確かであり、何が現実で夢かが分からない。

 驚きはこの小説を昭和10年に書き上げたということである。当時最新だったであろうフロイト、ユングといった無意識の概念を使いつつ小説全体を怪しいものに仕上げている。

 何とも表現しがたい小説であるが、若林教授の指摘する切支丹伴天連の使う原魔術のことを言った長崎地方の方言だそうで、…(中略)…強いて訳しますれば、今の幻魔術もしくは『堂廻目眩(どうめぐりめぐらみ)』『戸惑面喰(とまどいめんくらい)』という字を当てておなじように『ドグラ・マグラ』と読ませてもよろしい…という通りだと思う。


ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)
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夢野 久作

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  1. 2014/06/19(木) 01:12:43|
  2. 書評 - 小説
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雑草を捨てる際の個人的な追憶と逡巡

 ベランダでポットから雑草を抜いていたらあることを思い出した。

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サラダ菜のポットにあった雑草

 小学生のころ、理科の授業で草を観察することがあり、観察し終わった後、その草を捨てる必要があった。私は窓からその草を捨てたのであった。その教室は2階だったと思う。

 帰りの会でそれをとがめられたものの、なぜそうしたのか自分でも分からなかった。言われてみればゴミ箱に捨てればよかったのだ。何も説明できないまま、ゴミ箱に捨てましょうという結論でその場は終わった。

 改めてベランダで雑草を抜いていてそれをどうしようか悩んだ。真っ先に思い浮かんだのはやっぱりベランダから投げ捨てるであった。しかし、階下の人にとって空から草が降ってくるのは不快だと思い、サンダル履いて1階に下り、敷地の草が生えている箇所に投げ捨てた。

 結局のところ、私が何を嫌かというと自然に還るものをゴミ扱いとして焼却するのが好きではないということらしい。ほっといても腐るものにわざわざ燃料を使って燃やすことがもったいないということだ。その考えは小学生のころから変わっていない。意識的に説明できるかできないかの差だけである。

 高い階から草を投げ捨てることは正しいことではない。自らの信念があればそれを他者に伝えればよい。とはいうものの、言葉ではすぐに説明できない事柄も多いものだ。たまには当たり前にしている所作がなぜなのかじっくり考えてみるのもよい。

  1. 2014/06/18(水) 00:01:52|
  2. 日記
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光るキノコを見に行った

 光るキノコを見に行った。

 場所は伊豆の薬師堂。あるとは知っていたが、行ったことがなかったので知っている人に案内してもらった。

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↑ぼんやりと光るシイノトモシビダケ。

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↑フラッシュをたくと何の変哲もないキノコ

 ごく小さいエノキダケの頭くらいのサイズのキノコで、名前の通り、朽ちた椎の木に生えるそうだ。小さいため、初めてだと探しても見つからないと思う。朽ちた木を探し、ライトを切ったり点けたりして探すといいそうだが、根気がいりそうだ。

 島3年目にして初めて見たのでよかった。今度は一眼レフ持っていってもっとくっきりした写真を撮りたい。

  1. 2014/06/17(火) 21:12:27|
  2. 三宅島・御蔵島
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プリアンという植物をポットに植えてみた

 プリアンという植物をポットに植えてみた。

 アイスプラントという多肉植物の一種みたいで、塩水をかけて育てると葉っぱが塩分をもつそうだ。かれこれ3カ月前にもらったのだが、ほったらかしにしていた。唐辛子を植えるのに合わせてポットに植えた。

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↑プリアンの袋

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↑何だかよく分からないものの生えるサラダ菜のポットに植えてみた。とりあえず何も出ていないポット(右側)に植えてみた。

 あんまり手がかからないとは言われたものの、3カ月ほったらかしで発芽しないんじゃないかと思う。芽が出たら儲け物。

  1. 2014/06/16(月) 00:05:46|
  2. 日記
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島唐辛子を植えた

 島唐辛子を植えた。

 島に来てから2年連続で唐辛子を畑に植えている。一昨年はもらいもの、去年は正大で購入した。今年も買おうと思っていたらシーズンを過ぎていたようで店にない。仕方ないので、オンラインで見つけた八丈島のものを購入した。

 1株300円+税、3株買って送料入れたら2,384円になった。苗としては少々高い買い物であるが、趣味にかける金としては大して高くないだろう。商売しているわけじゃなし。

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↑箱にはANAのシールが。八丈島からなら船で送れば5時間くらいなのに。

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↑植えてみた。とりあえず元気そうだ。

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↑昨日実を結んでいたナスが食べられていた。残念。

 唐辛子は比較的手がかからず、枯れにくいのでしばらく様子を見よう。

  1. 2014/06/15(日) 20:55:45|
  2. 三宅村伊豆の畑
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ナスが枯れてトマトが元気になった

 2週間ぶりに畑の草むしりに行った。

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↑ナスが一つ枯れた。右のトマトは元気である。

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↑ナスがなっていた。もう少し大きくなったら収穫しよう。

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↑アカメイモ。植えていないところにも勝手に生えてきて畝が分からない。

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↑都道沿いにキョウチクトウが咲いていた。調べたら花、葉、枝、根、果実すべてに毒があるらしい。

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↑赤じゃり公園の山側にスカシユリ。

 草の勢いが増してきている気がする。これから少なくとも隔週で草むしりに来ないと草むらになってしまうだろう。

  1. 2014/06/14(土) 19:18:24|
  2. 三宅村伊豆の畑
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「ありがとう」がうざい人は藤原正彦のプロセスをたどっているように感じる

 慶応大卒・外資系企業の修辞学プロが炎上「Twitterで毎朝あいさつするのはアホ」 | BuzzNewsJapanという記事を読んだ。

 バスを降りるとき「ありがとうございました」とか言っている客がいると、きっとこの人は「気持ちのいい挨拶をしましょう」とか「健全な青少年の育成」とか学校で教え込まれたことを疑わずに大人になったんだろうなぁと思ってしまう。はっきり言ってうざいですw

 というツイートに対して「ありがとうございます」「おはようございます」といったリツイートがたくさん返されて爽やかな炎上となっているそうだ。

 私もよくバスを降りるときに「ありがとうございました」とか言っているのだが、そういう客が少ないのも自覚している。合理主義からすれば、サービスの対価として運賃を払っているわけだから、礼を言う必要はないのだろう。

 これを読んで思い出したのは藤原正彦「国家の品格」である。藤原正彦はアメリカ留学を経て合理主義を徹底し、その限界を感じ武士道精神の浸透を求めている。そこでは会津藩の「什」が紹介されていてその最後には「ならぬことはならぬものです」というトートロジーが掲げられている。トートロジーは合理主義からすれば最も無意味なものであるが、あいさつとか礼儀とか道徳とかはトートロジーが多い気がする。いっとき人を殺してはいけない理由がさまざまな形で提案されていた。「自分が殺されては困るから」とか「罪悪感に苛まれるから」とか、はては「殺せばいい」という意見もあったが、これという決定打はなかった。これは「ならぬことはならぬものです」という典型であると思う。

 何事も疑ってみる態度はよいと思う。しかし、それが許されるのはデカルトのような哲学者くらいである。日常全てを疑って生きることは常人にはできない。なぜ自分がこの世に生を受けて、なぜこの職に就いて、なぜこのようなツイートをして、何をなすべきかなど常に考えているのは、よっぽど頭の回転が速いかヒマでないと難しい。この人は藤原正彦がたどったプロセスをなぞっているように見える。

  1. 2014/06/13(金) 21:56:36|
  2. ことば
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Mac OS X MarvericksのプレビューでPDFの結合ができないからAutomatorでワークフローを組んだ

 Mac OS X 10.9.3 Marvericksになってからプレビュー.appでPDFの結合ができない。サムネールに複数のPDF書類を載せることはできても、保存の際何のダイアログも表示されず、別々のファイルになってしまう。以前は保存時に上書き保存するかどうか尋ねるダイアログがあり、OKすれば結合できたのだが、ダイアログが表示されないので結合できない。

 このため、以前AutomatorでつくったPDF結合のワークフローをまたつくることにした。

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↑指定されたFinder項目を取得/Finder項目にフィルタを適用/Finder項目を並べ替える

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↑PDFページを結合/Finder項目を移動/AppleScriptを実行

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↑PDF書類の名前を変更

 設定は上の通り。Automator2.4では書類の種類がワークフロー、アプリケーション、サービスなどいくつかあり、どれなのか分からなかったが、サービスで作成したらコンテクストメニューに現れた。

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↑コンテクストメニューで作成したワークフローが選択できる。

 たぶん便利になっているんだろうが、いままでできていた機能が使えなくなら代替機能があってほしいものだ。

  1. 2014/06/12(木) 02:26:10|
  2. コンピュータ
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かめりあ丸の就航終了とその後のかめりあ丸

 先日、錆ヶ浜港から船に乗る際、かめりあ丸の就航終了の垂れ幕が船客待合所に飾られていた。

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↑かめりあ丸の就航終了をねぎらう垂れ幕。

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↑広報みやけの記事。「さようなら『かめりあ丸』 伊ヶ谷港 大勢の島民ら見送る」

 広報みやけの記事には、かめりあ丸がまだ活用されることが示唆されている。

 なお、「かめりあ丸」は6月8日(日)の大島・利島・新島・式根島・神津島航路の運行をもってその役目を終え、退役となりますが、今後も新たな地での運行が見込まれています。

広報みやけ, No. 531, 2014.6.1

 ちょっと調べてみたらインドネシアの船会社に引き渡されるそうだ。

 その後、インドネシアの船会社に引き渡され、第二の航海に出る予定。

東京新聞:島と都心 結んだ28年 かめりあ丸 最後の旅:社会(TOKYO Web)

 なお、かめりあ丸に乗って島に帰ってきたときに気になっていた、大島〜神津島航路と三宅島〜八丈島航路に定期船がさるびあ丸1隻しかない問題は、大島〜神津島航路にジェットフォイルを就航させることで定期船1隻のみで切り回すようだ。夏なら波も穏やかになり、ジェットフォイルも問題なく運行できるからだろう。

  1. 2014/06/11(水) 20:40:53|
  2. 三宅島・御蔵島
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新橋「風龍豚骨らーめんMAX」豚骨らーめん

 新橋で豚骨ラーメンを食べた。

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↑豚骨らーめん630円

 夕方、新橋の金券ショップをぐるぐるまわったあと、船に乗る前にラーメンを食べた。昼につけ麺を食べたので、他のラーメンを探し、分かりやすい名前の風龍豚骨らーめんMAXという店に入った。

 黄色い看板の風龍と同じチェーン店のようで、替え玉2玉まで無料であった。何も考えていなかったので、豚骨らーめん630円を注文。少し油が多めに見える豚骨ラーメンであった。替え玉固めを2回頼み、紅ショウガやすりごまなどトッピングを楽しんだ。人に会うことがないからとおろしニンニクを入れたが、入れすぎてお腹の調子がよくない。よくやってしまうが、ニンニク好きなので学習しない。

  1. 2014/06/10(火) 06:36:54|
  2. ラーメン
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木村大作監督「春を背負って」の全面広告の場所はどこか

 読売新聞に木村大作監督「春を背負って」の全面広告があった。

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↑木村大作監督「春を背負って」の全面広告、6月8日読売新聞朝刊。

 木村大作監督といえば、映画「劔岳 点の記」で監督デビューした山岳映画で定評のある監督である。この全面広告を見て、家族で議論になったのが「この小屋はどこか」である。

 標高3000mの文字、小屋の小ささ、小屋の背後の雪渓、深い谷を隔てて残雪の山脈が連なっている、といったヒントから立山の大汝山の小屋ではないか、と推測した。大汝山なら標高3015m、避難小屋だったと思うので小さいし、東を向けば黒部川を隔てて後立山連峰が見える。ただ、山座同定が難しい。概ね3つ見える大きな山の形を見ると左から白馬三山、唐松岳、五竜岳だが、五竜岳の東谷山尾根がはっきりしないし、この角度なら鹿島槍ヶ岳が見えてもおかしくない。

 この原作小説、笹本稜平「春を背負って」は読んだことがないし、木村大作監督のCGは使わない、という「劔岳 点の記」での方針も貫いていると思う。6月14日(土)東宝系公開ということなので、見に行きたい。

  1. 2014/06/09(月) 00:01:30|
  2. 登山
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鴨川の枕状溶岩を見に行った

 鴨川の枕状溶岩を見に行った。

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↑鴨川漁港の防波堤の先にある弁天島。意外と行ったことがなかった

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↑枕状溶岩。緑色で囲んだ部分が地上に上がってくるときに水で急冷されたチルドマージンと呼ばれる領域。

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↑鴨川青年の家にある枕状溶岩の山。高さの見立てで車の高さやザイル何ピッチかなどいろんな推定方法が提案された。高さ50m以上あると思う。

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↑ひょんなことから鴨川でビワも食べた。

 Mさんのお誘いで鴨川の枕状溶岩を見に行った。築100年以上というMさんの生家に泊まり、古びた蔵の鍵開けに苦労し、そばや寿司を食べ、ビワをもいだりと1日目は雨だったにも関わらず盛りだくさんの内容であった。

 肝心の枕状溶岩は、変成岩が地中から上がってくるときに枕くらいのサイズの岩の単位で凸凹が形成される、というものらしかった。私がみてもよく分からないが、みなさん注目して楽しんでいるようだった。私自身は弁天島へ渡るコンクリート橋をどうやって築造したのかに思いを馳せていた。

 地質屋を主としたチームだが、化学、生命科学、陶芸、土木など多種多様な専門の人間が集まり、他の専門の注目点を知ることができる面白い巡検であった。

  1. 2014/06/08(日) 21:12:08|
  2. 科学全般
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/.Jより国民投票・テキストエディタと言えば

 /.Jより、国民投票 | テキストエディタと言えば

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↑miテキストエディタの画面

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↑miテキストエディタについて

 私はふだんテキストエディタとしてmiテキストエディタを使用している。確かpLaTeXやHTMLをいじり始めたころにはmiを使っていたと思うので、2001年頃から10年以上触っていたことになる。Mac OS 9のころから存在した動作が軽くて多機能なフリーのテキストエディタとして認識している。この記事もmiで作成してからSafariにコピーアンドペーストしている。

 国民投票の選択肢にはメモ帳、Emacs、Vi、秀丸エディタなど名だたるエディタが連なっているが、それでも「そのほか」が最大得票となっている。人によってだいぶ好みが分かれるのだろう。

  1. 2014/06/07(土) 01:59:19|
  2. コンピュータ
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くらげバンチの働かないふたり

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働かないふたり | くらげバンチ

 Webマンガの働かないふたりがおもしろい。

 いい大人の兄と妹が2人とも働きもせず、家で引きこもりな生活をしているマンガ。その悲壮な状況に比べ、マンガの調子はなぜか明るい。

 1話目で明け方にテレビを見る2人に、占いが妹のうお座の運勢が最低と伝える。散歩が運勢アップと聞き、外に出たくないとぼやく妹に、兄が告げる。「これから寝るだけなのに… 運勢もクソもないだろ…」

 この話ですっかり虜になってずっと読んでしまった。しっかりしているように見える兄と、何にでも不安がりなにかぬけている妹と、2人を心配して外に出そうとする母の掛け合いがこっけいである。

  1. 2014/06/06(金) 00:07:48|
  2. マンガ・アニメ
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Apple Worksで作成したドロー書類をMicrosoft Word形式で保存する方法

 アップルワークスドロー環境作成書類をNumbers'08で開いたの続き。

 Apple Worksで作成したドロー書類を概ねMicrosoft Word形式で保存できた。

 以下に方法をまとめる。

 用意するもの

 フォント等のズレはあるものの、何とか使えるレベルである。

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↑クラリスワークス4.0で作成したドロー書類をアップルワークス6.0で開く。ダイアログにOKを押す。

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↑アップルワークス6.0で開いたドロー書類。

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↑すべてを選択。

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↑コピーする。

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↑新規ワープロ書類(横)を作成する。

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↑先ほどコピーしたオブジェクトをペーストする。

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↑ペーストしたところ。

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↑オブジェクトは個別に選択できる。

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↑アップルワークス6.0で別名で保存。

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↑アップルワークスのワープロ書類で保存する。

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↑保存したワープロ書類をPages'08.appで開く。

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↑Pagesで開いたところ。

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↑ファイルメニューから書き出す。

140604appleworks_14.png

↑Wordを選択する。

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↑ファイル名を付けて保存場所を決める。

140604appleworks_16.png

↑LibreOffice Writerで開いたところ。

 少々面倒であるが、これを手作業でくり返すことによりWordやLibreOfficeで活用可能である。

  1. 2014/06/05(木) 00:06:42|
  2. コンピュータ
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ニュージーランドのブルーレイクの透明度が高いらしい

 ネットを見ていたら「ニュージーランドの湖の透明度が凄いと海外掲示板で話題に」という記事を見つけた。

 ちょっと調べてみると、南島のネルソンにあるみたいだ。

 ブルーレイク(マオリ語でロトマイレウェヌア)は、ニュージーランドサザンアルプスの北端、ネルソン湖国立公園にある小さな淡水湖である。国立大気水圏研究所の研究者たちが2011年に行なった調査で、この湖は透明度が80mに達することが分かった。これは蒸留水とほぼ同等の透明度である。ブルーレイクの透明度はゴールデンベイのテ・ワイコロププ泉の63mを越える。

Blue Lake, Nelson, New Zealand - The Clearest Lake in the World | Amusing Planet

 Abel Tasman Coast Trackに行ったとき、ネルソンの街を拠点としたが、まったく聞いたことがない。

 地図を見ると、周囲は山に囲まれたU字谷みたいな地形で、流出する川はあるものの、流入する川はないように見える。南にコンスタンス湖という大きな湖があるが、表流水が流れているようには見えない。摩周湖と似た環境にあると思う。近所に道が見当たらないが、1週間くらい歩いて到達するのだろうか。槙有恒のころの登山のようだ。

  1. 2014/06/04(水) 00:19:48|
  2. 日記
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平均年収2,500万の奇跡の村、実は外国人研修生(奴隷)をフル活用してたという記事

 ネットを見ていたら平均年収2,500万の奇跡の村、実は外国人研修生(奴隷)をフル活用してた : 無内定速報-就活2chまとめという記事を見かけた。

 内容は、日本一のレタス産地として知られる長野県の川上村では、研修生という名目で中国人やフィリピン人を受け入れており、年収2000万円を越す農家も多いというもの。

 川上村は長野、埼玉、群馬の三県境をなす三国山が近くにあり、県境縦走にあたってはよく信濃川上から梓山行きのバスを利用していた。標高が高いこともあり、冬は寒いのだろう、家の横に薪がたくさん積んであったのが印象に残っている。どちらかといえばひなびたイメージで外国人が多く住んでいるという印象は受けない。畑の区画は広いので農業の集約には適しているかなと思った程度である。

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川上村梓山の畑と三国山の方向

 この記事を見て私が思ったのは、日本の将来の農業の成功パターンの一つだろうと思ったこと。田舎では農業の後継者がおらず、また農業の需要予測がたたず、TPP交渉による外国産野菜の関税撤廃など、見通しは暗い。政府は農地法改正で農業法人がつくれるようになり、農業の集約化を促しているが、法改正は2009年とまだ日が浅い。

 日本人からすると、アルバイトならほかにあるので積極的に選ぶ理由はなく、一方、外国人なら他につてはなく来てしまった以上そこで働くしかないという現状がある。少なくとも農業指導による技術の習得と一定の収入が得られるなら研修の意義があるだろうし、労使双方Win-Winの関係にあると考えられる。今後、労働人口が減ってくることを考えると、外国人労働力に頼る面も出てくるだろうし、一つの成功例だと思う。

 一方で、実質的な労働を研修という名目で安価に働かせているようすは明治時代の女工を思い起こさせる。本人たちが納得して満足しているなら外野が何も言うことはない。しかし、歴史が示すように賃金や宿泊施設の不満がつのってストライキやサボタージュに発展したり、在日米軍のように治安の悪化が見られたり、といった経過があるかもしれない。この川上村の例はパイロットケースとして興味深い。

  1. 2014/06/03(火) 20:21:05|
  2. 日記
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都道のガクアジサイが咲き始めた

 畑へ行く道のこと。ガクアジサイが咲いているのを見かけた。

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↑輪のように花が並んでいるのがガクアジサイの特徴。タマアジサイに比べてこのメリハリが好きである。

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↑都道沿いに咲いていた。

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↑桑の実も食べごろであった。

  1. 2014/06/02(月) 00:01:59|
  2. 三宅島・御蔵島
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葉っぱが並んだサトイモと枯れたミニトマト

 畑の草むしりに行ってきた。

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↑葉っぱがたくさんでてきたサトイモ。植えていないところにも勝手に生えてきた。回収できなかった野良のイモが勝手に芽を出したようだ。

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↑ミニトマトは1株枯れてしまった。

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↑ナスは1つ花をつけていた。

 トマトが枯れてしまったのは、ここのところ、雨が少なかったからだろうか。週に1回しか見に行かないのでようすが何とも分からない。平日も水曜日あたりに1日休みをとってようす見た方がよいのだろうと思うけど、たぶんやらない。

  1. 2014/06/01(日) 22:46:30|
  2. 三宅村伊豆の畑
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