島ノ中ニ有リblog

島の生活とか、登山とか、Macとか、日記とか

以前取材された山のごはんが「ヒュッテ」に載った

 Hütteの取材の手伝いのつづき。

 以前取材された山のごはんだが、今日帰ったら山と渓谷社から「Hütte」第3号が届いていて、記事として載っていた。

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↑Hütteに載った記事

 私は取材の手伝いをしただけなので、名前なんか載らなくてよかったのだが、載っていた。

 限られたスペースで撮影した写真だったが、雑誌に載ると屋外で撮ったように見え、さすがプロの仕事であった。

 Hütteそのものは、ウェアなどの提灯記事多めで、デザインは余白を広くとったファッション誌のような感じだった。登山の紹介も大楠山など日帰りがほとんどだった。

 自分から買うことはないだろうなあ。


ヒュッテ 3 (別冊山と溪谷)ヒュッテ 3 (別冊山と溪谷)
(2011/04/26)
不明

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  1. 2011/04/28(木) 00:53:37|
  2. 書評 - 山岳
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魔法少女まどか☆マギカの最終話は贖罪がモチーフか

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↑2011年4月21日付読売新聞朝刊の広告

 「魔法少女まどか☆マギカ 第10話『もう誰にも頼らない』」を見たのつづき。

 魔法少女まどか☆マギカ 第11話「最後に残った道しるべ」、第12話「わたしの、最高のともだち」を見た。

 第10話でほぼ手詰まりになっていたストーリーだったが、この最終回でのまどかの願いでうまくブレイクスルーを迎えられた。ハッピーエンドだと思うし、いち視聴者としては納得できる結末だった。

 物語の核心を語ることは避けるが、モチーフはたぶんキリストの贖罪なのだろう。

 という相似が成り立つ。

 願いどおりならば、まどかも魔法少女になってから魔女になる直前までは存在し続ける気がするが、ストーリー上、因果律うんぬんの関係かいなくなってしまった。魔女にならずに普通の女の子に戻るよう願うような脚本にすればいい気がするが、いなくなることであえて視聴者にキリストを意識させたのだろうか。第12話には「君は本当に神になるつもりかい」というセリフもある。

 しかし、贖罪って調べてもなかなか原典が見当たらない。教義として固まったのはアウグスティヌスあたりなのだろうか。

  1. 2011/04/27(水) 00:42:26|
  2. マンガ・アニメ
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マスクの意外な利点と欠点

 鼻水がとまらないのつづき。

 先週までくしゃみと鼻水がひどくてマスクをしていた。マスクは鼻のあたりがあいているので、いくら「花粉を99%ブロック」とか書いてあっても、鼻のあたりから花粉が入ってしまうだろうとたかをくくっていた。しかし、意外と効果はあるようで、しばらくマスクをつけていた。

 マスクなんて拘束されるものはひさびさにつけたのだが、「花粉を通さない」以外にも利点と欠点があることに気づいた。

 特に最後の口臭ははじめ気がつかなかった。なんか臭いなと思いつつも、何度かくしゃみしたし、マスクが臭っているのだと思っていた。しかし、おろしたてのマスクをつけたときにもなんか臭いなと感じて、マスクのせいではないと分かった。鼻と口を覆うマスクは口の呼気が鼻まで届いてしまうようだ。

 口が臭いのはやだなと思いつつも、今週は花粉もだいぶおとなしくなり、マスクをとってしまっているので、その嫌悪はもう忘れた。

  1. 2011/04/26(火) 22:45:57|
  2. 健康
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携帯電話にかかってきた電話会社のセールス電話

 こないだの土曜日昼すぎ、携帯電話に電話が入った。

 かけてきたのはKDDIで、電話の不正使用とか電話料金が支払われていないとか、契約の話かと思ったら違った。

「ひかり電話の導入を紹介しているんですけども」

 拍子抜けした。どうやら固定電話を光回線を使った電話に替えないかというセールスの電話らしい。

 その場は実家ぐらしで固定電話を契約しているのは私ではないので、私の一存では何も決められない、と伝えて電話を切った。

 しかし、契約してる携帯電話を使ってセールスを行なうというのはいかがなものか。契約者の個人情報である電話番号を一括して管理しているKDDIが、自由裁量でセールスを行えるというのは大企業としての矜恃に欠けるのではないか。契約書には書かれていたのかもしれないが、そうだとしても姑息で品がない。

 もう同じ機種を3年使っているが、契約が変わって料金が上がることを気にしており、機種変更していない。

 しかし、この一件でKDDIに対する考え方が変わったことは確かだ。

  1. 2011/04/25(月) 23:43:32|
  2. 携帯電話au W55T
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4月24日に確認した浦安市舞浜の震災後の被害状況

 2011年3月11日の震災から40日ほど経過した。

 千葉県浦安市では液状化現象が生じ、報道によれば砂の浮き上がり、道路の段差、水道の断水、マンホールの浮上などが生じたという。

 亀裂や段差が走る道路、傾いた住宅や電話ボックス、1メートルの高さに飛び出したマンホール……。

 東京都に隣接する千葉県浦安市は、舞浜や新浦安など、市内の約4分の3を占める埋め立て地が、液状化現象に見舞われた。

 25日午前の時点で市内4000世帯で断水。9600世帯で下水道の使用が制限され、約4000世帯でガスが止まっている。東京ディズニーリゾートも、建物などの被害はなかったが、一部の駐車場が液状化で泥に覆われた。電力の供給状況などを踏まえて休園中だ。

泥土・ヘドロ臭・傾いた家…浦安、液状化の爪痕 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 4月24日、流山市流山~浦安市舞浜を歩き、最後に東京ディズニーランド・シーの外側をぐるりと一周して舞浜駅で京葉線に乗った。そのときにまだ見られた地震の痕跡の写真を撮ってきた。

東京ディズニーランド南、ホテルオークラ付近

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↑東京ディズニーランド南、ホテルオークラ付近の護岸が割れていたが、震災の影響かどうかは分からない。


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浦安市運動公園にて

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↑浦安市運動公園にて雨水ますに集まった砂。液状化して地上に吹き出した砂かもしれない。

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↑浦安市運動公園にて舗装が割れていた。奥は舗装が盛り上がっていた。

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↑浦安市運動公園にて割れたタイル舗装。

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↑浦安市運動公園にて段差解消のために置かれた土のう

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↑浦安市運動公園にて利用できないことを告げる貼り紙。でもたくさんの子どもが遊んでいた。


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舞浜駅にて

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↑舞浜駅にて噴水周りの舗装が30cmほど落ちていた(赤矢印)。

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↑舞浜駅にて陥没箇所。

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↑舞浜駅にて噴出したと思われる砂。

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↑舞浜駅にて歩道橋の柱が周りより高くなっていた。周りが落ちたのか、歩道橋の基礎が浮いたのか。

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↑舞浜駅にて歩道橋の柱のアップ。

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↑舞浜駅にてインターロッキングブロック舗装の割れと水たまり。


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舞浜駅北

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↑舞浜駅北にて駐車場に砂がうずたかく積まれていた。


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 正直なところ、震災後1ヶ月以上を経過してこれほど被害を見られるとは思っていなかった。もう住民は生活しているわけだし、東京ディズニーランドも営業しているし、探しても見つからないのではないかと思っていた。

 歩道橋の柱の舗装の落ち込みや噴水周りの舗装の落ち込み、さらに地下で見えない水道管・ガス管の断裂、下水道管の逆勾配や砂の堆積などの問題はすぐには解決しないと思う。

 一方でおそらく内部で同様の被害をうけている東京ディズニーランドが、営業を再開し客を受け入れているというのは技術屋のはしくれとして尊敬する。

  1. 2011/04/24(日) 21:27:52|
  2. 土木技術
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千葉県側から見た妙見島

 旧江戸川に妙見島という島がある。もとは中洲だったのだろうが、開発が進みコンクリート護岸となっている。東京都区部にある自然島として地図が好きな人や工場萌えの人には人気があるようだ。私も最初に知ったのはデイリーポータルZの記事、江戸川に浮かぶ妙見島による。

 今回、流山市流山~浦安市舞浜を歩く途中、旧江戸川が都県境にあたるため、千葉県側の土手から妙見島を眺めた。妙見島に上陸はしていないが、なかなか面白い島だった。


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↑妙見島が見えてきた

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↑護岸はコンクリート

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↑工場が立ち並んでいる。左のほうにはアパートのようなものがある。

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↑旧江戸川の流れ。左が千葉県、右が妙見島。奥にかかるは浦安橋。

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↑妙見島は工場だけかと思っていたら、ボートクラブがあった。

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↑妙見島の下流端はラブホテル

 妙見島は開発が進んでいるため、てっきり全島工場しかないのかと思っていたら、アパートあり、ボートクラブあり、ラブホテルありと工場以外の建築物も多いようだ。

 とはいっても普通に生活しているぶんには上陸することはなさそうだ。

  1. 2011/04/24(日) 21:20:36|
  2. 地図・県境・都市河川
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市川「横浜とんこつらーめん風凛」

 流山市流山~浦安市舞浜を歩いた際、市川市の大洲防災公園の近くにある「横浜とんこつらーめん風凛」に入った。

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↑横浜とんこつらーめん風凛の外観

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↑メニュー表。ラーメンを頼む。大盛り100円増しで750円。

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↑ラーメン大盛り。家系のとんこつしょうゆ。

 見た目も中身も家系のとんこつしょうゆであった。麺はつるつるしていてのどを通りやすい。表面の油が多く、途中で食べづらくなってきてしまった。

 11時半ごろに入ったが、ひとりの人や家族連れなど続々と人が店に入ってきた。地元では人気なのかもしれない。


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  1. 2011/04/24(日) 21:19:18|
  2. ラーメン
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間宮海峡の発見 - 吉村昭「間宮林蔵」

 吉村昭「間宮林蔵」を読んだ。

 間宮林蔵というと私は江戸時代の人で、大陸と樺太の間に海峡があることを確認し、その海峡がのちに間宮海峡と名付けられたということしか知らなかった。

 そもそも樺太が島か半島かなどということは、舟をこいで海岸線をぐるりと一周すればいい話で、大して難しい話ではないと思っていた。しかも大陸と樺太の間では山丹人という人間が行き来しているというので、彼らが地続きに渡っているのか、舟で海を渡っているのかを確認すればそれで済む話だと思っていた。

 しかし、間宮海峡の探検はそう簡単ではないようだ。

 初めにいどんだのは、フランス人ドウ・ラ・ペルーズであった。

 かれは、1787年(天明7年)、探検船に乗って黄海から日本海に入り、北上して樺太南部沖合に達した。さらに船を北へ進め、左側に東韃靼(沿海州)大陸を望み、右手に樺太を見る位置にまで進んだ。そのあいだ、 水深をはかっていたが海は浅くなる一方であった。かれは、樺太が島であるなら船の進行方向である北からも潮流が流れてくるはずなのに、その気配もないので、定説通り樺太は東韃靼大陸と地つづきの半島であると判断した。

吉村昭「間宮林蔵」(講談社文庫,2004)P.116, 117

 つまり、海峡が浅く船の通行ができなかったため、樺太が半島なのか島なのか判断できなかったということだ。

 その後、イギリス人ブロートン、ロシア人クルーゼンシュテルンも同様の理由で船が通行できず、樺太が半島と断じている。

 では、間宮林蔵はいかにして樺太が島であることを確認したか。間宮は海峡が最も狭くなっているノテトで酋長コーニに相談し、以下の回答を得ている。

 この村から北へ進むにつれて海は波が荒く潮の流れも急になるので、林蔵たちが乗ってきたアイヌの船では砕けてしまう。東韃靼大陸の山丹人たちは、コルデッケ人がつくった山丹舟で航海するが、その舟でなければ海を進むことは不可能だという。

吉村昭「間宮林蔵」(講談社文庫,2004)P.173

 そして間宮はコーニから山丹舟を借り、樺太の北端ナニオーまで到達し、樺太が島であることを確かめた。

 さらに間宮はコーニについて海を渡り、清国領東韃靼へ到達している。幕府の役人が海外へ渡ることは鎖国政策をとっていた江戸幕府にとって重罪であるが、国防の観点からそれは許され、見聞した情報が重宝がられた。

 ひるがえってGoogle Mapで航空写真を見ると、間宮海峡の最も狭いところは樺太側が湿地帯のようで、多数の湖がある。川は蛇行し、高低差はほとんどないようだ。おそらく陸上は沼沢地で進めず、海は浅く荒れていて渡れないという自然条件なのだろう。


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 いま、現代の道具を持って間宮林蔵と同じ行程をたどるとしても相当な困難があるだろう。

 まさに探検家の名にふさわしいはたらきだと思う。


間宮林蔵 (講談社文庫)間宮林蔵 (講談社文庫)
(1987/01/08)
吉村 昭

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  1. 2011/04/24(日) 00:00:30|
  2. 書評 - 小説
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東京都の知らないマンホールのふた

 雑司が谷の墓地と鯉のぼりの関連。

 雑司が谷の研修所に都の古いマンホールのふたが飾られていた。

 飾られている6種類のうち、2種類は見たことがあるが、残りは見たことがない。古いマンホールのふたは次々取り替えられており、もう一般に使われていない蓋もあるのかもしれない。

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↑6種類のマンホールのふたが飾られている

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↑知っていたマンホールのふた2種。左が東京府のマンホール、右が東京府北豊島郡高田町のマンホール

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↑知らないマンホール

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↑読めそうで読めないマンホールの印

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↑水道局のマンホール?

  1. 2011/04/23(土) 00:07:06|
  2. 地図・県境・都市河川
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雑司が谷の墓地と鯉のぼり

 昨日、雑司が谷に研修に行った。

 墓地の中を通ったが、新緑が目立ち明るい雰囲気であった。

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↑新緑が目立ってきた雑司が谷の墓地

 墓地を抜けたところで保育園があったが、鯉のぼりが掲げられていた。

 ちと気がはやいような気もしたが、5月5日に片付けるものだからそろそろ飾ってもいいのだろう。

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↑雑司が谷の保育園に飾ってあった鯉のぼり

 最近は暦の移りかわりが速く感じる。

  1. 2011/04/22(金) 23:44:13|
  2. 東京
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コンパクトデジタルカメラ購入の検討

 PENTAX Optio W60で撮った写真が10,000枚を越えたで触れたが、Optio W60のレンズのコーティングが剥がれてきている。冬の間は降るのも雪だし、汗もかかないのであんまりレンズが濡れることはないのだが、これからはそうもいかない。

 どのデジカメを買うか悩むが、とりあえず防水機能を持っているデジカメで安いFuji FinePix XP10を買ってみようかと思っている。価格.comの最安値は10,000円を切っている。そのくらいの値段なら壊れてしまってもあまり惜しくない。店頭でも少し触ってみよう。

  1. 2011/04/20(水) 23:36:04|
  2. カメラ
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丹那トンネルの工事が地震を誘発したという説 - 吉村昭「闇を裂く道」

 丹那トンネル掘削時の落盤事故 - 吉村昭「闇を裂く道」の続き。

 関東大震災から7年後、1930年(昭和5年)に静岡県の丹那盆地の断層を中心に発生した北伊豆地震は、丹那トンネル工事にも被害を及ぼした。

 三島口で行方不明者が5人、うち2名は後に生還したものの、3名は生き埋めになり死亡した。

 また、排水用の導坑の切端がちょうど断層の面にあたっており、切端が2.44m水平に動いていることが分かった。小説の中では荒い肌をしているはずの切端の岩壁が、鋭利な刃物ででも切ったように平坦で、しかも光沢をおびている、と表現している。断層鏡面といい、非常に珍しい現象のようだ。

 意外なところから影響を及ぼしたのが、東京帝国大学今村明恒教授の発言である。

 その日の午後2時、今村は、東京帝国大学地震学教室で記者会見をおこない、記者団の質問に答えて、地震の発生原因は地塊運動であるが、丹那トンネルが重大な関係をもっている、と述べ、記者たちを驚かせた。

(中略)

 丹那盆地の地下水が丹那トンネルにしぼり取られて地層が変調し、盆地を中心に地層が低下したのでV字型の断層ができ、それが地震を起こす要因になったとも考えられる、と述べた。

吉村昭「闇を裂く道」(文春文庫,1990)P.331, 332

 この発言が丹那盆地に住む被害者たちの憤りを買った。その後、丹那トンネルの工事を監督する鉄道省が、地盤沈下が原因ならば切端のズレが鉛直方向であるはずなのにズレが水平方向である点などを反論し、工事が原因でないことを示してことは収束した。

 現代では、トンネル工事が地震を起こす原因とは考えられていない。ましてやトンネルが全て崩壊したとしてもマグニチュード7.3もの規模の地震が起きるとは考えにくい。

 科学は日進月歩であるから、今と昔で常識が異なるいい例だと思う。

 また、このとき中央気象台の国富技師は不思議な発表をしている。

「…実地調査の途中、鉄道省の某技師と落ち合っての話では、丹那トンネルは、いままで東口(熱海口)から一万六千尺(4,848m)程掘ってあったものが、一万一千尺のところで岩壁が出来てふさがり、先の五千尺(1,515m)の穴がどこかへ見えなくなり、正面に岩壁が突っ立って工事困難を来しているということである」

吉村昭「闇を裂く道」(文春文庫,1990)P.333

 これを受けて東京日日新聞には丹那トンネル、切断し行方不明の疑、重大な中央気象台の発表P.334)と見出しをつけたそうだ。

 掘ったトンネルがどこかへ消えてしまうとはSF小説の好きそうな話だが、そんな話が新聞の見出しに載ってしまうとは面白いと感じてしまう。


闇を裂く道 (文春文庫)闇を裂く道 (文春文庫)
(1990/07)
吉村 昭

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  1. 2011/04/19(火) 22:48:58|
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嵐のような4月19日朝の千葉の雨

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↑アスファルト舗装の上を流れる雨水

 今朝の千葉は強い雨だった。

 家を出てすぐビニール傘を持ってきたことを悔いた。ズボンのすそは濡れ、靴下はぐしょぐしょ、横からの降りに肩も濡れる。歩いているうちに大きい傘でも大して差がないことに気づき、バス停まで急いだ。

 バス停の少し手前はU字溝が埋まっているようで、舗装の上を雨水が流れていた。駅で列車に乗ると、竜巻発生のおそれがあるとのことで減速運転するというアナウンスがあった。

 春の雨というと、しとしとと弱い雨が長く続いているイメージだが、今日の雨は嵐のようであった。

  1. 2011/04/19(火) 21:43:28|
  2. 通勤途上にある畑
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シュタインズ・ゲート第1話、第2話を見た

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↑秋葉原の中央通りに掲げられていた大きな看板

 アニメ「シュタインズ・ゲート」第1話「始まりと終わりのプロローグ -Turning Point- 」、第2話「時間跳躍のパラノイア -Time Travel Paranoia- 」を見た。

 2年ほど前に秋葉原で週刊アスキーの無料版を配っていて、ツクモかどっかでとったらゲーム版のシュタインズ・ゲートの記事があった。タイムマシンがキーワードの一つのようで、世界線、ジョン・タイターなど時間論で登場するキーワードがいくつか出てくる。

 第1話では、主人公がダルにメールを送る瞬間、中鉢博士のタイムマシン発明の講演会、刺された牧瀬というイベントが消えてしまい、代わりにビルに人工衛星が突き刺さるというイベントが起こる。第2話では牧瀬の講演に始まり、消えたジョン・タイター事件、古いPCをさがす女性、バナナがテレポートする電子レンジとさらに謎がばらまかれる。

 第1話について言えば、主人公がパラレルワールドに移動したと考えれば理解できるけど、なぜ移動したのか分からない。ほかの謎も分からない。

 面白そうなんだけど、謎をばらまいてばかりで頭が消化不良になる。ちゃんと風呂敷包むのだろうか。その前に謎だらけで視聴者を引き止め続けられるのだろうか。浦沢直樹のマンガみたいにならなければいいけど。

 続き:アニメ「シュタインズ・ゲート」を見終えた

  1. 2011/04/19(火) 00:49:54|
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W55Tでは緊急地震速報が設定できない

 最近、余震のたびに周囲の携帯が緊急地震速報を伝えるたびに鳴る。職場でもいっせいに鳴り出す。16日11時30分頃の余震でも、私は外を歩いていたので揺れを感じなかったのだが、店のシャッターがカタカタなる音で気づき、周りをみると携帯を見ながら歩いている人ばかりだった。

 ところで、私の携帯電話は緊急地震速報が鳴らない。わたしは受信の設定をしていない人には速報が鳴らないのだと思っていたが、話を聞いてみるとみんな特に設定をしたわけではないらしい。

 そこで受信の設定方法を調べてみた。

 auのサイトによるとCメールで速報をしらせるようで、その設定画面に「緊急地震速報」という項目があるようだ。しかし、私の携帯電話W55Tで設定しようとCメールメニューを開くと「緊急地震速報」という項目がない。

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↑左が私のW55Tの画面、右がauの地震速報の設定画面

 買ってもう3年になる携帯電話は買い替え期を過ぎたのだろうか。なんにしろ周りの人の携帯電話より古いものを使っていることがわかった。

関連:ソフトバンク、今後発売の全機種で緊急地震速報対応 - スラッシュドット・ジャパン

  1. 2011/04/18(月) 22:56:59|
  2. 携帯電話au W55T
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奥多摩・棒ノ折山に登ってきた

 千葉高山岳部のOB会で棒ノ折山へ登ってきた。

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↑奥茶屋からの急登

 昨日ひねった足が心配だったが、気をつけて歩いたら足首に負担かけずに歩けた。でも足首を動かすと痛い。

2011年春 - 奥多摩・棒ノ折山
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2011/11bounoore/
  1. 2011/04/17(日) 23:51:47|
  2. 登ってきた
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下界で足をひねった

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↑ひねって腫れた左足の甲

 昨日、新宿西口で飲んでいたのだが、二次会の場所を探すとき、かけ出したら思い切り左足をひねった。そのあと足をひきずるようにして歩いていたのだが、今日になって普通に歩けるようになった。でも腱を傷めているらしく、足の甲を曲げ伸ばしすると痛い。

 ときどき山の下りでも足を側面から地面に下ろしてしまうこともあるのだが、こんなにひどくひねったのははじめてだ。酒飲んでいたとはいえ、少し反省している。

  1. 2011/04/16(土) 15:26:14|
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「戦略的」という言葉に後ろ向きな意味を感じる

 「戦略的」という言葉に後ろ向きな意味を感じる。

 といっても「戦略的撤退」「戦略的互恵関係」くらいしか知らないのだが、それぞれ「戦略があって撤退するのであって敗走ではないよ」「各自の戦略に基づいてお互いに利益をもたらしましょう」という意味だと思う。

 でも見方によってはそれぞれ「敗走するけど敗走っていいたくないから、戦略的撤退」「対立することが多いから、利益を得られるところだけはお互いうまくやっていきましょう」ともとれる。

 言葉は言いよう、と思う。

  1. 2011/04/15(金) 00:17:52|
  2. ことば
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パンを街おこしにしている街の夢

 昨日見た夢。

 朝方に東京郊外のどこかの駅にいた。そこはパンを街おこしのテーマにしているらしい。駅前のパン屋に入るとパンのかぶりものをしている人やファッションとしてフランスパンを身につけている人がいた。変な街だと思った。

 場面が変わって、線路沿いだが駅ではないところにいた。線路の下をくぐる道があるのだが、やたらと低く、匍匐前進しないとくぐれない。くぐってみて振り返ると線路の向こう側に広い空き地があり、その先に住宅街が広がっていた。日の出の時刻で見ている方向が薄明るい。見えている住宅の一つがやかましく室内でモノを投げたりする音が聞こえた。

 あいかわらずよく分からない夢であった。そういえば最近フランスパンを食べてない。

  1. 2011/04/14(木) 01:04:12|
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通勤途上にある桜が咲いた

 バス停までの途中に桜が咲いているのに気がついた。

 行きはほかの木の後ろに隠れて見えず、帰りは暗くて見えなかった。

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↑バス停までの途中に咲いている桜

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↑バス停までの途中に咲いている桜

 改めて見るとなかなか立派な桜である。

 それにしても桜の木はどうしても仰ぎみて写真を撮るので逆光になってしまう。花の白さを生かしたまま写真を撮る方法はないのだろうか。

  1. 2011/04/13(水) 00:02:41|
  2. 通勤途上にある畑
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福島第一原発の放射線はマスコミで報道するほど人体に影響がないと思う

 東日本大震災から1ヶ月がたつ。

 新聞、テレビなどは毎日のように福島第一原発の放射能漏れを報道している。私は原子力の専門家ではないが、私はさほど心配する必要はないと思う。

 なぜかというと、現場の作業員の人を除き、ほとんどの人は直接放射線を浴びていないからだ。

 極端な例を言うと、広島や長崎のように原爆の放射線を直接浴びていれば、人体に多大な影響を及ぼすし、それを目的として原爆は作られた。

 一方、今回は人々に放射線を浴びせようとして人為的に原発に事故を起こしたわけではない。東電をはじめ、現場の人達が放射能漏れを何とか防止しようとしながらも漏れてしまった分が田畑なり水産物なりに影響を及ぼしている。

 それが人体に影響を及ぼす割合は原爆に対して微々たる量であろうし、それが人の健康に有意に害を及ぼすかというとさほど明確にはならないのではないか。端的に言うと一人あたりの寿命が平均1年程度短くなるだけではないだろうか。今後50年ペンペン草一本も生えないとさえ言われた広島は、いまどうなっているかを考えれば自ずと影響の程度がわかる。

 人によっては天寿を全うするその瞬間まで全力で生きていきたい、1年どころか1ヶ月も1日も惜しいという人もいるだろう。ただ、私自身はそこまで生に執着していないので、原子炉が爆発するなどの危機的状況にならない限り目くじらたてて騒ぐほどではないと思う。

 ただ、放射能の蓄積だけは人体に大きな影響を与えると思う。食物連鎖の上位にある生物は放射能を貯めるので、それを食べるのはリスクを理解した上で行なうべきであろう。水俣病がそうであった。水俣病の前兆としてネコの狂い死にがあったように、今回も人間より体の小さな生物に異変を見つけたら早めにその生物が摂取する食べ物を控えるのがよいと思う。

 無論、これは一市民が思うだけのことであって何の根拠もない。しかし、私は上記の通り、楽観的に考えている。

  1. 2011/04/12(火) 00:11:47|
  2. 科学全般
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4月11日の余震での列車の運行への影響

 今日の17:16にいわき市などで震度6弱を記録する地震があった。

 京成線、地下鉄東西線とも列車の運行に影響が出た。上野駅で飲んでいたので、京成で帰るのが楽だったが、定期券が東西線まわりなので東西線で帰った。東京駅まで京浜東北線に乗ったが、上野駅のホームには列車を待つ人が並んでいた。東西線では全列車が各駅停車で運行し、東葉高速鉄道との相互直通運転を一部取りやめていた。しかたないので西船橋駅で乗り換えて帰宅した。

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↑上野駅のホームで列車を待つ人たち

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↑勝田台駅のコンコースで京成線の遅れを示す電光掲示板

 東日本大震災から1ヶ月がたつが、4月7日の余震をはじめ、余震が絶えない。降雨よりも頻度が高い気がする。地震が予測できればいいと思う反面、この調子だと毎日余震の予報が出て備えようがない気もする。

 長期的には震度3程度の地震が起きても列車の運行をはじめ平常通りの生活ができるような都市を作れればいいのだろうが、一朝一夕では難しいだろう。

  1. 2011/04/11(月) 22:56:06|
  2. 鉄道
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仙ノ倉山北尾根に登ってきた

 仙ノ倉山北尾根に登ってきた。

 2ヶ月ぶりの山で思いのほか疲れた。登りが続き息が切れた。また、昼になると雪がゆるみズボズボと股ぐらいまで沈むのだが、その脱出にえらく体力を消耗した。

 意識していないが、いままで山に登り続けて体力をつくっていたのが、それを中断して衰えてしまったのだろう。

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↑仙ノ倉沢にかかるつり橋は板が外されていた

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↑シッケイノ頭の上の平坦地

2011年春 - 上越・仙ノ倉山北尾根
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2011/11sennokura/
  1. 2011/04/10(日) 21:21:06|
  2. 登ってきた
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菜の花が増えた

 霜が降りて頭を垂れる菜の花から10日ほどたったが、畑にだいぶ菜の花が咲いてきた。

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↑菜の花の黄色が目立つようになった畑

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↑菜の花の穂

 人為的に種をまいたとも思えないのだが、こんなにもたくさんの菜の花の種が昨年から埋まっていて、それがいま花をつけているのかと思うと自然の力に驚く。

  1. 2011/04/08(金) 00:03:20|
  2. 通勤途上にある畑
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北海道日高乳業メープルキャラメルオ・レ

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↑北海道日高乳業メープルキャラメルオ・レ

 100円ローソンでメープルキャラメルオ・レを見つけて買った。

 なかなかメープルシロップの味が強くておいしい。容量は200mlだが、欲を言えばもう少し量があるとうれしい。

  1. 2011/04/07(木) 00:48:54|
  2. 食べ物・飲み物
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開水路が見当たらない柏井の谷地

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↑荒野が広がる柏井の谷地。開水路が見当たらない。

 花島公園へ行った帰り、柏井の谷地の下部を横断してきた。

 この谷地は谷の地形ははっきりしている割に、開水路が見当たらない。かといって暗渠も見当たらない。地下水としてじわじわ流れているのだろうか。流域が狭いから大して水が出ないのかもしれない。

 散策するなら草が枯れているこの時期に分け行っていくのがいいのだろうが、仕事道もないしほんとにヤブこぎになるので避けている。

  1. 2011/04/06(水) 00:06:36|
  2. 地図・県境・都市河川
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丹那トンネル掘削時の落盤事故 - 吉村昭「闇を裂く道」

 チリの鉱山の落盤事故で閉じ込められた33人が、事故後に掘られた立坑から救出されたのは記憶に新しい。

 90年前にも日本で似たような事件があったようだ。

 吉村昭「闇を裂く道」を読んでいる。

 ときは大正、1910年。鉄道院は御殿場周りの東海道本線(現・御殿場線)が機関車を使った峠越えで輸送のボトルネックとなっていたことから、東海道本線の熱海・三島を結ぶ丹那トンネルの掘削を計画した。完成すれば全長7,804mと当時日本最長の笹子トンネル4,656mを大きく越えるトンネルであった。熱海口、三島口両方から掘削を進めたが、熱海口で導坑を1,363m掘ったところ、坑口から317mのあたりで落盤事故があった。

 当時、坑内で作業を行っていたのは、崩壊した317m付近のレンガ積みの準備作業をしていた者14名、排水溝の掃除をしていた者2名、崩壊箇所から100m先で導坑を掘り広げていた者14名、坑内見回りの者3名の計33名である。このうち、レンガ積みの準備作業と排水口の掃除の16名は死亡、崩壊箇所より奥にいた17名は8日後に奇跡的に救出される。

 チリの鉱山と違い、彼らの場合は一切の食料、通信、照明のやりとりがなかった。食料はもっておらず、電話もなく、送風管を使った鉄管信号も管が潰れて使えなかった。照明も持っていたカンテラ5つしかなく5日目には燃料切れとなり、完全な闇となる。ただ、水だけが岩盤から流れだしており、のどの渇きをいやすことはできた。

 坑内見回りを行っていた請負の鉄道工業会社の門屋の遺言書がつらい。彼は何とか助かったものの、遺言を残すほど覚悟していた。

遺言ノコト

一、身ハ坑夫号令(現場主任)トシテ、此ノ変死ニ遭フモ、責任上一点ノ苦シミヲ感ゼズ静カニ死ニ就クナリ。

(中略)

一、予ハ責任上喜ンデ死ノ途ニ入ル。

四月二日午後五時

心気ノアル内ニ誌シ置ク

丹那山隧道東口(熱海口)十七哩六十五鎖五十節ノ処ニテ

桂事務所 門屋盛一

 昔の人間らしい、組織のために死ねるという旨だが、果たして死を目前にしてわめき散らさず落ち着いた感情でいられるだろうか。これが戦前の人には残っていた武士道なのだろうか。松濤明にしろ、藤村操にしろ、昔の人はよく名文を残して死んでいくものだ。

 私にはそれだけの死の覚悟はないな。

 吉村昭の小説でトンネルというと「高熱隧道」が有名だが、この「闇を裂く道」も吉村昭らしい、綿密な調査に基づくたんたんとした筆致で緊迫感を表現している。まだ半分ほどしか読んでいないが、この後も楽しみだ。


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吉村 昭

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 関連:丹那トンネルの工事が地震を誘発したという説 - 吉村昭「闇を裂く道」

  1. 2011/04/05(火) 23:59:25|
  2. 書評 - 小説
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コブシの花

 花島公園へ行った際、あちこちでコブシが咲いているのを見た。

 周りの木は葉もなく静かなのに比べ、満開に咲いているのでよく目立つ。

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↑コブシの木

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↑コブシの花

  1. 2011/04/04(月) 22:00:23|
  2. 千葉
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カメラの夜景モード+セルフタイマーで撮った写真

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↑馬橋で撮った勝田川上流の写真。空の色が水面に映える。

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↑馬橋の欄干上で撮った写真。鏡面のような欄干に電信柱が映っている。

 カメラを夜景モード+セルフタイマーに設定して夜の写真を撮るのが面白い。

 真っ暗のようにみえる空も露光時間が長ければ、街の灯りを反射してけっこう明るい。空は昼のような、地表は夜のような不思議な風景だ。

 シャッタースピードが10秒くらいになるので手ブレ防止のためにセルフタイマーをかけている。使用したのはPENTAX Optio W60だが、コンパクトデジタルカメラでもそこそこいい写真が撮れる。

  1. 2011/04/04(月) 00:46:06|
  2. カメラ
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流鉄に乗った

 関宿から流山まで江戸川沿いを歩いたとき、流山で夕暮れとなり流鉄流山駅から家に帰った。

 流鉄は初めて乗る路線で、JR常磐線の馬橋駅から流山までの5.7kmを結んでいる。千葉市の人間は常磐線沿線へ行くことはほとんどなく、常磐線から伸びている線路はほとんど乗ったことがない。たぶん県境を歩かなければ乗ることがなかっただろう。

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↑流鉄流山駅。どこかの田舎の駅のような雰囲気。PASMOなどのカード類は使えない。

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↑車両は2両編成で、色に応じて「青空」「なの花」という名前が付いていた。

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↑始点馬橋駅の有人改札。

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↑馬橋駅の跨線橋から。常磐線の片隅に単線のホームがひとつ。

 ワンマン列車で、運転手さんが振り返りながらドアを閉めている。

 こぶりな路線ではあるが、けっこう人が乗っていて地域の足として活躍しているようだ。

  1. 2011/04/03(日) 21:36:52|
  2. 鉄道
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関宿「つけめん 麺屋六弦」

 関宿から流山まで江戸川沿いを歩いたとき、昼過ぎに県道沿いの道となり、ちょうどラーメン屋を見つけた。

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↑宝珠花橋東詰にあった「つけめん 麺屋六弦」

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↑昼限定850円セットメニューで「つけ麺 中」「ネギ豚飯」の組み合わせで注文。

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↑どろりとしたつけ汁とうどんのように太い麺

 つけ麺を出している店で、昼はセットメニューがやすそうなので「つけ麺 中」「ネギ豚飯」を注文。

 どろりとした濃いつけ汁にはゴロッとした角煮みたいなチャーシューが入っており、太い麺と合わせてうまかった。ネギ豚飯もボリュームがあってよかった。また魚粉や店でつくっている食べるラー油がおいてあり、いろんな味が楽しめるのがよかった。

  1. 2011/04/03(日) 21:24:07|
  2. ラーメン
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センスのない、党掲示板

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↑某党の広報掲示板(党名、掲示責任者名、連絡先は消してある)

 花島コミュニティセンターに期日前投票に行った帰りにあるところで見たもの。

 選挙期間中は個人名の入ったポスターをつけることが出来ません、まで分かっていて、掲示責任者に候補者の名前を入れるのは反則じゃないかと思う。どうよろしくしてほしいのやら。

 そういえば前にも某知事の写真入りの「選挙に行こう」みたいなポスターを館山で見た。

 みんな一票でもほしいという気持ちは分かるけど、有権者への印象はよくないと思う。

  1. 2011/04/03(日) 17:39:00|
  2. 千葉
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花島公園の桜とネコ

 花島コミュニティセンターに期日前投票に行ってきた。

 今年は寒いのか、花島公園では桜と梅が同時に咲いているのを見ることができた。

 あと、一昨年初詣に訪れたときと同様、ネコが多い。

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↑花島橋から見た花見川の上流

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↑花島観音。人がおらず静かだった。

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↑花島公園の池

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↑花島公園の桜

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↑花島公園のしだれ梅

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↑花島公園にいたネコ

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↑花島公園にいたネコ。お互いに牽制中。

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↑花島公園にいたネコ。警戒中。

  1. 2011/04/03(日) 17:26:19|
  2. 千葉
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関宿から流山まで江戸川沿いを歩いてきた

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↑菜の花が広がる土手

 県境歩きで関宿から流山まで江戸川沿いを歩いてきた。

 30kmちょっとと前回よりは短いはずだが、睡眠不足か眠くてつらかった。あと、花粉症なのかくしゃみと鼻水がよく出た。

 江戸川沿いは利根川沿いに比べて人が多かった。菜の花やつくしを摘んでいる人をちらほらと見かけた。

2011年春 - 千葉県・野田市関宿~流山市流山
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2011/11nagareyama/
  1. 2011/04/02(土) 21:00:39|
  2. 地図・県境・都市河川
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水の購入本数を制限する貼り紙

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↑水の購入本数を制限する貼り紙。とはいえすでに水は売り切れていた。

 金町浄水場や柏井浄水場で規定以上の放射線が観測され、乳児への飲用の制限がかかった。

 それを受けてか職場近くのコンビニでは水の購入本数を制限する貼り紙があった。

 私なんかは広島・長崎みたいに直接放射線を浴びたわけでもないし、そんなに影響ないだろう、それにそこまで生に執着してないし、という感覚もあって割と安穏としている。

 でも健康志向の人にとっては一大事なのだろう。

  1. 2011/04/01(金) 01:18:34|
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