島ノ中ニ有リblog

島の生活とか、登山とか、Macとか、日記とか

佐々木信夫「東京都政―明日への検証」

 佐々木信夫「東京都政―明日への検証」を読み終わった。

 1991年の同著者による「都庁 もうひとつの政府」の続編にあたる。とはいえ、2003年発行なので2010年現在から見ると石原都知事が1期目だったりして少々古い。

 目次を写すと以下の通り。

 第一章、第二章、第三章はそれぞれ都知事の仕事内容、都職員のキャリアパス、都議会と都知事の関係を述べている。

 第四章はバブル後の財政危機から立ち直れていない都の財政状況について述べている。しかし、その後、2007年に福田首相(当時)と石原都知事の会談で法人事業税のうち3千億円の地方移譲に合意していることや、2016年に東京オリンピックを招致しようとしていたことから分かるように、現在の都財政は財政再建団体への転落を危惧するほどの財政状況ではない。

 第五章は世界都市博を絡めた台場を中心とする都市開発の話で、現在ではだいぶ忘れられている。

 第六章はディーゼル車NO作戦、都立病院の民営化など石原都知事の施策とその評価を述べている。

 終章では自治体としての東京のあり方として、区を市にするとか、道州制の導入を念頭に周辺の県と合わせて東京州を作るといった提案がある。

 私個人としては、都と特別区という制度が他の道府県にない特殊な制度であること、もともと東京都が戦時下で東京府と東京市の二重行政を解消するために設置されたものという点から、普通の市町村にした方がよいと思う。


東京都政―明日への検証 (岩波新書)東京都政―明日への検証 (岩波新書)
(2003/02)
佐々木 信夫

商品詳細を見る
  1. 2010/08/31(火) 23:35:11|
  2. 書評 - その他
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

岩の湯にウェストポーチを忘れて宅配便で届けてもらった

 魚野川仙ノ倉谷西ゼンに行ってきたの関連。

100831westporch.jpg

↑着払いで送ってもらったウェストポーチ

 魚野川仙ノ倉谷西ゼンに行った帰り、岩の湯に寄っていったのだが、更衣室でウェストポーチを忘れてしまった。ウェストポーチ自体は100円ショップで300円だったので惜しくはないのだが、中に入っているコンパスと替わりのきかないメモ帳がなくなってしまうのが惜しく、電話したらあずかっている人のことだった。そこで着払いで送ってもらった。

 電話をしたのは日曜日の正午ごろ、届いたのは月曜日。湯沢町から740円。思ったより早く着いて驚いた。

 私は過去に白神岳避難小屋にもカメラを忘れている。そのときはカメラ内に記録された沢登りの写真と、沢登りに行ったタクシーの話から落とし主を私と突き止めてくれた。今回は私がすぐ気づいて連絡をとったのだが、向こうの好意で送ってもらうことができて助かった。この場を借りてお礼申し上げます。

2010年夏 - 上越・魚野川仙ノ倉谷西ゼン
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2010/10nishizen/
  1. 2010/08/31(火) 00:11:51|
  2. 登山
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ベランダ角がヘチマに占拠されつつある

 ヘチマが2階まで登ってきたの続き。

100830hechima.jpg

↑ベランダ角がヘチマに占拠されつつある

 ヘチマが2階まで登ってきた日、窓のさんに這っているつるは剥がしておいた。その後、また窓に近づいていたのでまた剥がした。で、しばらくほっといたらベランダがヘチマに占拠されていた。途中で枝分かれした一筋はまた窓のさんを手がかりにしようと狙っているし、どうしようもない。

 かといってちょん切るのも何だし、くっついたら剥がす作戦しかないか。

  1. 2010/08/30(月) 00:08:19|
  2. 千葉
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

東工大の桜並木の工事と現場内に残っている木

100827tokyotech.jpg

↑薄暮と樹木

 西ゼンへ行くのに、集合場所が東工大だった。正門から入って夕暮れの風景をパチリ。

 本館前の桜並木を北側へ延長する工事を行っているようで、地惑の変な資料館も今はない。

 でも資料館の前に立っていた木はそのまま立っていた。

 周りに建物がないからか以前よりのびのびと枝を伸ばしているように見えた。

  1. 2010/08/29(日) 16:29:01|
  2. 東京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

魚野川仙ノ倉谷西ゼンに行ってきた

 東工大ワンゲルの面々で西ゼンに登ってきた。

10nishizen-suberidai.jpg

↑ウオータースライダーで滑る私

10nishizen_084.jpg

↑第二スラブを登る

 天気は晴れ、乾いたスラブ登っていくのは楽しかった。下りの平標新道は滑りやすく疲れた。

2010年夏 - 上越・魚野川仙ノ倉谷西ゼン
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2010/10nishizen/
  1. 2010/08/28(土) 23:29:17|
  2. 登ってきた
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

湯島「大喜」

100826daiki.jpg

↑しょうゆラーメン680円

 今日、湯島でらーめん天神下 大喜に行ってきた。

 有名店らしく、前に行ったときは混んでいたので入らなかったが、夜8時頃はすいていた。

 しょうゆラーメン680円を注文。

 とんこつラーメンのような細麺で、スープはにぼしと鶏ガラでダシをとっているそうだ。スープの味は大岡山のむらもとに似た味だった。

 おいしいけど、一番安いしょうゆラーメンが680円なのは少々高いかとも思う。

  1. 2010/08/27(金) 00:52:55|
  2. ラーメン
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

テクノロジーによって馬鹿が増えるのはどこも一緒 ? 米国立公園局の嘆き

 /.Jより、テクノロジーによって馬鹿が増えるのはどこも一緒 ? 米国立公園局の嘆き - スラッシュドット・ジャパン

09azumaya_100.jpg

浦倉山・土鍋山最低鞍部付近。腰くらいの笹の海で迷う。

 私が聞いた話だが、冬の富士山でアイゼンを持たずに登っていたが、はたと気がつくとアイゼン無しでは下れないことに気づき、救助を依頼した人がいるそうだ。

 私の後輩も岳沢ヒュッテからそう遠くないところで道迷いで救助を求めたことがある。客観的に言えば馬鹿の一類だろう。

 私自身は遭難したり、救助を要請したことはないが、私の道迷いの経験に示すように道迷いは何度もある。

 私はまだ事故を起こしていないので自称・登山適格者だが、登山不適格者、ここでは「馬鹿」にならないよう気をつけなければと思う。

  1. 2010/08/26(木) 00:10:31|
  2. 登山
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

152歳の男性が戸籍上生きているというSFみたいな記事

152歳も!大阪市の戸籍上「生存」5125人

 高齢者の所在不明問題を巡り、大阪市は25日、戸籍上、120歳以上の高齢者が5125人生存したままになっていたと発表した。

 最高齢は、江戸時代の安政4年(1857年)生まれの152歳の男性。市は生存しているかどうかを調査した後、法務局の許可を得た上で戸籍から抹消する方針。

(2010年8月25日18時44分 読売新聞)

152歳も!大阪市の戸籍上「生存」5125人 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 8月3日に東京都足立区で111歳とされていた男性がミイラ化した状態で見つかった事件以降、全国各地で所在不明の高齢者が見つかっている。上の記事は戸籍上152歳という高齢の人が見つかったという事例。

 まあこの国は前首相が亡くなった人から寄付金をもらっていた国だし、ドアを開けてみるまで生きているか死んでいるか分からないことは量子力学が70年前に通った道である。

 でも遠い将来、攻殻機動隊のように人間が肉体を捨てて電脳化した社会に住むようになったら、どうなるか。そうとらえると、この記事はSFのように感じられてくる。「安政4年生まれの男性にアカウントが与えられていた」「しかし昭和50年を最後にログインの履歴はない」とか。

 ある意味、21世紀らしい記事かもしれない。前世紀に想像していた未来とは大幅に違うけれど。

  1. 2010/08/25(水) 23:29:37|
  2. 宗教・哲学・心理学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

北ア・薬師岳~黒部五郎岳で見た花

 2010年夏 - 北ア・薬師岳~黒部五郎岳ではたくさんの花を見た。市川さんに教えてもらって少しずつ花の名前を覚えるよう努力しているが、今回初めて見た花もたくさんある。私が覚えるために花の写真と名前を連ねてみよう。

100806goshiki_43.jpg

↑チングルマ(五色ヶ原にて)

100806goshiki_45.jpg

↑イワハゼ(五色ヶ原にて)

100806goshiki_48.jpg

↑イワカガミ(鳶山にて)

100807sugonokkoshi_17.jpg

↑ウサギギク(鳶山にて)

100807sugonokkoshi_18.jpg

↑ハクサンフウロ(鳶山にて)

100807sugonokkoshi_22.jpg

↑ダイモンジソウ(鳶山にて)。花の形が「大」の字に似ているから。

100807sugonokkoshi_24.jpg

↑クルマユリ(鳶山にて)。葉っぱが車輪のスポークのように八方に伸びているから。

100807sugonokkoshi_70.jpg

↑ニッコウキスゲ(スゴ乗越にて)

100808yakushi_53.jpg

↑イワギキョウ(薬師岳にて)。花に毛が生えているのと生えていないので名前が違うらしい。

100809sugoroku_014.jpg

↑ハクサンイチゲ(北ノ俣岳にて)

100809sugoroku_061.jpg

↑コバイケイソウ(黒部五郎岳にて)

100809sugoroku_091.jpg

↑ヨツバシオガマ(三俣蓮華岳にて)

100809sugoroku_093.jpg

↑タテヤマリンドウ(三俣蓮華岳にて)

100810shingodaka_30.jpg

↑ガンピ(小池新道にて)

100810shingodaka_36.jpg

↑ソバナ(ワサビ平にて)

100810shingodaka_37.jpg

↑オカトラノオ(ワサビ平にて)

  1. 2010/08/24(火) 00:16:29|
  2. 登山
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

書評カテゴリを細分化した

 「登ってきた」サブカテゴリを設けたの関連。

100823shohyo1.png

↑カテゴリを組み直した書評カテゴリ

 先日、ある人から私のblogの書評カテゴリがおもしろいと言われた。blogのサブタイトルに「登山、Mac、書評ほか」と書いてあるが、単にエントリの数が多い順にカテゴリ名を並べただけで、私自身はメインコンテンツと思っていなかった。私は自分にとっても難解な本をよく読むので、読んでも何も頭に残っていないことが多く、読んだ証に自分用にメモ書きしている程度であった。

 なので書評カテゴリを読んでいる人がいるということ自体、驚きであった。もっとも、私を知っている人がこのblogを見つけて読んだところで、山にもMacにも興味がなければ書評カテゴリを読むのが普通かもしれない。

 折しも、「登ってきた」サブカテゴリを設けた「登ってきた」以外の「登山」カテゴリに属するエントリは112もあるし、「コンピュータ」も144、「書評」も110、無分類の「日記」も108ある。エントリ数が100を越えるカテゴリは適宜サブカテゴリを設けた方がよさそう。何より私がわかりやすい、と書いた。

 特に書評カテゴリは単に「本」というカテゴリで集めただけで、さまざまなジャンルの本の書評が混じっていた。なのでこの際、書評カテゴリを細分化することにした。

 とりあえず思い向くままに以上のカテゴリに分けた。カテゴリの順序は図書館で見られる順序に合わせたつもりだ。無印の書評カテゴリにはどの小カテゴリにも属さないものを入れた。

 こうやって眺めてみると、難解な哲学に関するメモが多いのが目立つ。1冊の本に対して複数のエントリを書いているので多くなっている。

100823shohyo2.jpg

↑積んである未読の本

 読むのが遅いのでなかなか読み切れません。

  1. 2010/08/23(月) 00:10:41|
  2. blog/webpage
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

MikuInstallerで今昔マップ2を使おうとしたが実行できない

 時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ2」がMacでは使えないのつづき。簡単に諦めるのもなんなので、すこしあがいてみることにした。

 結果から言うとダメだった。

 手順は以下のとおり。

  1. X11のアップデート
  2. MikuInstallerのインストール
  3. 今昔マップの実行

1. X11のアップデート

 XQuartzのサイトから最新版のX11をダウンロードし、MacOSXのいつものインストールパッケージでインストール。私がダウンロードしたときは2010年7月10日リリースのX11-2.5.1.dmgが最新版だった。というかMacOSXで使うX11はいつの間にかXQuartzとかいう名前になっていたんだな。

100711X1.png

↑アップデート前のX11

100711X2.png

↑アップデート後のX11

2. MikuInstallerのインストール

 MikuInstaller は、 Wine を Intel 搭載 Macintosh に手軽に導入するためのキットMikuInstallerである。

 初音ミク以外のソフトウェアもMac上で動かせている事例があるようなので、試してみた。

100711mikuinstaller1.png

↑MikuInstallerについて

100711mikuinstaller2.png

↑インストールは/Applicationsにドラッグアンドドロップ。すごく簡単。

3. 今昔マップの実行

 時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ」ダウンロードからkonjyakumap201.exeをダウンロードし、実行。自動的にMikuInstallerが立ち上がり、実行作業を行う。

100711mikuinstaller3.png

↑プレフィックス”default”を初期化しているらしい。

100711mikuinstaller4.png

↑プロセスの状況というウィンドウにメッセージがたくさん並ぶ。

100711mikuinstaller5.png

↑X Window Systemからのエラーメッセージ。

 というわけでMikuInstallerを使っての今昔マップの実行はできなかった。

 つづき:MikuInstallerで秀丸エディタを実行する

  1. 2010/08/22(日) 21:58:22|
  2. PC on Mac
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ2」がMacでは使えない

 「時系列地形図閲覧ソフト 今昔マップ2」というソフトウェアがあるらしい。

 私はときどき近くの図書館に行って、大正、昭和初期の東京区部、千葉市の地形図の綴られた大型本を見ている。それで過去の地形を調べたり、川の名前を調べたりして悦に浸っているのだが、いかんせん現在の地図と照らし合わさないと、この谷がどこなのか、この十字路がどこなのかちっとも分からない。現在の地図と重ねあわせられればいいのに、と思っていたら、このソフトウェアを見つけた。

 このソフトウェアでは明治末から平成に至るいくつかの地形図を重ねあわせてみることができるらしい。首都圏の地図として千葉県北西部も収録しているため、千葉の谷も調べられる。

 さっそく使ってみたかったが、Windowsでしか使えないようだ。カシミールもそうだが、地図ソフトはMacでは使えないものが多い。個人で作成したソフトだからしかたないけど。残念。

→ MikuInstallerで今昔マップ2を使おうとしたが実行できないへ続く。

  1. 2010/08/22(日) 21:55:07|
  2. 地図・県境・都市河川
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

私が死んだらblog/webpageはどうするか

 私はなぜ山行記録を書くのかの関連。

 はじめは私はなぜ山行記録を書くのか、と合わせて書いていたが、まとまらなくなる上、長くなったので分けた。

 /.Jよりこの世を去ったユーザの SNSアカウント、どうするべき?という記事があった。

 私はmixiなどのSNSはやっていない。私がウェブ上で過去を含めて書いているのは以下の3つのサイトだけである。

 私が死んでも山ノ中ニ有リは残してほしい。「私はなぜ山行記録を書くのか」に書いたとおり、私の山行記録が他の人に参考になるだろうと思うからだ。ほかは積極的に残したいとも消したいとも思わない。残すべきと考える人がいるならば残したほうがいいだろうし、そうでないならば消しても構わない。

 調べてみると、fc2webはほっとくと消されるという旨のアナウンスは見つけられなかった。6ヶ月を過ぎると広告が表示されるらしい。

 A.2010年2月18日(木)より、6ヶ月以上更新のない無料アカウントのページにアドセンス広告を表示致します。

FC2 ヘルプ | FC2ホームページ | ホームページ作成に関して

 また、fc2blogのログの有効期間は2008年10月時点で以下のような説明になっている。

  • 制限なし。更新が停止されていても削除されない。
  • 1ヶ月新規投稿のない場合は、記事部にスポンサー広告表示。(新規投稿があれば表示されない)
FC2ブログの仕様 FC2ブログでできること|FC2ブログ公式マニュアル

 blogの方は以前「山ノ中ニ有リ 跡地」という名前にしていたことからも分かるように、私はメインのコンテンツととらえていない。山行記録を載せている「山ノ中ニ有リ」がメインで、blogはサブと考えている。もともとはblog上に山行記録をアップロードしていたのだが、blogでは使い勝手が悪く、fc2webに移ったのである。その跡地のblogがもったいないからという貧乏精神で書いているのが実情であり、blogは死んだらなくなってもいいかと思っている。

  1. 2010/08/22(日) 00:04:14|
  2. blog/webpage
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

なぜ私は山行記録を書くのか

 私はなぜ山行記録を書くのか。

 山行記録を書くのかを振り返りながら考えてみる。

 私が山行記録を書いたのは、高校の山岳部の部誌「針葉樹」に書いたのが初めてである。5年ほど発行されていなかった部誌を発行することになり、いくつかの記録を書いた。いまのように下山してすぐ書くというのではなく、部誌を書くという理由で下山して半年くらいしてから書いた。

 その部誌が卒業の3月に自分なりに満足いく仕上がりになり、大学での山行も個人的な記録としてノートにつづることにした。大学ではワンゲルに所属し、このときから下山後すみやかに山行記録を書くようになった。

00taisetsu-record.jpg

↑2000年夏の大雪山の記録。地獄谷に停滞した日。

 そのときの山行記録をつける理由は「山の記憶を残しておくため」である。山の記憶は時間が経つにつれ、だんだんと薄れていき、ごく一部しか頭に残らない。せっかく苦労して登っているのに、あるいはせっかく山を楽しんだのに、その思いを忘れてしまうのはもったいない。山行記録を残しておけば、その記録を読み返すことでいつでも記憶はよみがえる。なので山行記録をつけることにした。

 書いていて分かりにくくなってきたので、年表風にまとめると以下のようになる。

 2002年から大学のワンゲルのウェブサイトの運営を任された。一方、2000年ごろから個人でウェブサイトを立ち上げる人が増え、その中には山行記録をあげている人もいた。それまで山行計画を立てるときは山と渓谷社のアルペンガイドや沢登りのガイド本を参考にしていたのだが、紙媒体は概して写真が少なく、難しい箇所はウェブで調べることがあった。

 逆に言えば、ワンゲルのウェブサイトも重要な情報を載せれば見る人がいるということで、ギブアンドテイクが成り立つということであった。それならば、ということで山行記録を充実させた。

 これが山行記録をウェブ上で公開する理由である。その後、ワンゲルのウェブサイトの管理人をやめて社会人になってもこのように山行記録を書き、アップロードしているのは書く人、見る人がお互いに参考になるだろうという考えである。

 まとめると、私が山行記録を書くのには2つ理由がある。

 ただそれだけの理由で2000年に記録を残し始めて10年、2002年にウェブサイトに載せ始めて8年が経過している。日記は三日坊主だが、意外と長く続くものだ。


 101031追記:以前ほぼ同じ内容のエントリを書いていることに気がついた。→山行記録を強迫観念で書いている

  1. 2010/08/22(日) 00:02:39|
  2. 登山
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

水圧は水深に比例する

 標高が上がるにつれ大気圧は指数関数で下がるの関連。

 ついでに水圧は水深に比例するのを示す。気圧よりずっと簡単。機械や土木を専攻する人には常識。

 標高が上がるにつれ大気圧は指数関数で下がるで示した力のつり合い式は以下のとおり。

eq-water-pressure1.png

 定常状態を考えると、水は非圧縮なのでρ = const.。式変形して両辺をzで積分する。

eq-water-pressure2.png

 ただし、Cは積分定数。したがって水圧は水深に比例する。

 大気圧は高さに応じて指数関数、水中は深さに応じて比例、と同じ流体だが気体と液体で挙動がことなるのが面白い。概念的に描くと次の図のようになるだろう。

fig-water-pressure.png
  1. 2010/08/21(土) 17:00:30|
  2. 科学全般
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

標高が上がるにつれ大気圧は指数関数で下がる

 120109追記:質量と重力を取り違えていたことがコメントにより判明。修正版はこちらのリンクを参照のこと。→標高が上がるにつれ大気圧は指数関数で下がるの修正


 標高が上がるにつれ、大気圧は指数関数で下がっていく。

 理科年表にも高度と気圧の関係式が載っているが、理論的に導いた式は見かけない。たぶんウェーバーの法則とフェヒナーの法則の関係をジャネの法則に適用すると同じで、専門家の間では当たり前でわざわざ記述しないのだろうし、市井の人は関心がないから記述しないのだろう

 そこで計算してみることにした。微小空気塊にかかる力の釣り合いと気体の状態方程式から、大気圧が指数関数で下がることを示せる。

atmospheric-pressure-fig.png

↑空気塊にかかる力のつり合い式

atmospheric-pressure1.png atmospheric-pressure2.png
texソース
http://nakayamayu.web.fc2.com/math/atmospheric-pressure/atmospheric-pressure.tex
dviファイル
http://nakayamayu.web.fc2.com/math/atmospheric-pressure/atmospheric-pressure.dvi
pdfファイル
http://nakayamayu.web.fc2.com/math/atmospheric-pressure/atmospheric-pressure.pdf
  1. 2010/08/21(土) 16:03:35|
  2. 科学全般
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

解決しなかった心身不一致の問題 - 野田又夫「デカルト」(7)

 以下のエントリの関連。

 デカルトの残した最大の問題は心身不一致だと私は思うが、デカルトもその点は分かっていたようだ。

 エリザベトは、「考えるわれ」であるところの精神が、すなわち身体を客観として意識するところの精神が、どうして身体に働きかけうるのか、身体に働きかけうるとすればその精神は物質的存在でなければならぬのではないか、と問うています。

 デカルトは王女に対してはいつも率直な答えをしていて、この場合も、問題があることはよくみとめている。すなわち、自分は、形而上学では「考える」(意識する penser)という精神の働きを主に考えたが、精神が物体と「能動し受動する」(agir et pâtir)ことつまり働き合うことについてはよく考えていなかったから、その点を補わなければならない、と答えている。

野田又夫「デカルト」(岩波新書,1996)P. 158

 そのあと、いろいろとよく分からない記述が続き、答えらしきものが書いてある。

 けれどもそういう自由な統御は、身体を全体として一つの機械として眺めることではない。少なくとも自分という人間については、あらゆる理性的考察を通ってふたたび「生きること」へ、しかもこのたびは「よく生きること」へもどることである。それはふたたび心身の合一をみとめることである。

野田又夫「デカルト」(岩波新書,1996)P. 160-161

 よく分からないが、心身不一致の問題は主に取り上げる話ではなく、「よく生きること」を考えなさい。という主張のようだ。問いに対して答えていないから、よく分からない。

 後世の人は下記のように評している。

 最も近いマルブランシは、デカルトの形而上学をひろげてキリスト教の解釈をも含む大きな体系にいたった人ですが、この人はデカルトの承認した心身の合一と交渉を否定して、事実上の心身の対応は、神の全能の力によって成り立つと考えました。

(中略)

 スピノザもまたデカルトの心身の交渉の考えを矛盾とみとめ、「あれほど偉い人からこういう見解が出たとは信ぜられぬくらいだ」といっている。しかしスピノザの生き方はマルブランシよりも徹底した理論的観照に最高の善をみとめる生き方でありました。

野田又夫「デカルト」(岩波新書,1996)P. 161-162

 心身不一致の問題を解決したという話は私も知らない。有名な問題だからいろんな人が挑戦し、解決をみたと主張する人はたくさんいるだろうが、数学の問題でもないし、追試するものでもないから、万人に認められた解決策はないのではないかと思う。

 それにしても真面目な話をしているのに「心身の交渉」っていうとなんかエロいな。エロいと考える人がエロいのかもしれないけど。

  1. 2010/08/21(土) 14:05:14|
  2. 書評 - 哲学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

デカルトによる世界の存在証明 - 野田又夫「デカルト」(6)

 以下のエントリの関連。

 デカルトは「我思う故に我あり」に思い当たったあと、嘘か本当か信用できないこの世界をどのように解釈したのか、気になっていた。般若心経なら「色即是空、空即是色」、浄土宗なら「阿弥陀仏に救われるために念仏を唱えましょう」となるのだろう。あるいは刹那的・享楽的な過ごし方をするか、厭世感から自殺するかくらいしかないかと思った。

 デカルトはそこから物質的世界の現存を示している。

 では、物質的世界の現存をわれわれに明示する事実は何か。それは、感覚においてわれわれのうける外的拘束感である、とデカルトはみとめる。感覚は物からの因果作用をわれわれがいやおうなしに受けとるところに生れる。或るものを感覚しようと意思しても、思うままのものが感覚しうるわけでない。また或るものを感覚すまいと意思しても、「私の承認なしに」感覚は生ずる。感覚に対してわれわれのもつこういう受動性(被拘束性)にうながされて、われわれは、その原因として、われわれの外に何らかの物体が現存すると信ぜざるをえない。そしてこのことに関して神がわれわれをあざむいているはずはない、という。かくて感覚のこの性格を証拠にして、世界は夢ではないかという疑いは撤去される、デカルトは考えます。

野田又夫「デカルト」(岩波新書,1996)P. 134-135

 方法的懐疑を用いるデカルトにしては少々甘いロジックな気がする。無神論者や独我論者からすれば、神の不存在あるいは神が欺いている可能性を理由に反論されるだろう。

 私は世界があってもなくてもいいけど、とりあえず生きていくには世界の存在を認めたほうが飯食ったり山登ったりするには有利なので、実用上は世界の存在を認めている。

  1. 2010/08/21(土) 13:42:31|
  2. 書評 - 哲学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

トウモロコシに房ができてきた

 穂が出てきたトウモロコシの続き。

100813toumorokoshi.jpg

↑房ができてきたトウモロコシ

 トウモロコシに穂が出てきたと思ったら房ができてきた。

 こないだ列車から見た稲も穂が伸びていたし、夏ですね。

  1. 2010/08/20(金) 00:01:25|
  2. 通勤途上にある畑
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

東京理科大WV、日高で鉄砲水に遭い3名死亡

 東京理科大WVが日高で鉄砲水に遭い3名が死亡したそうだ。

3遺体、東京理科大生と確認=大学側「無理な登山ではなかった」-日高山系で遭難

 北海道大樹町の日高山系で、東京理科大のワンダーフォーゲル部員4人が鉄砲水に流された事故で、道警広尾署は18日、現場付近で収容した3人の遺体の身元を、行方不明となっていた同部員3人と確認した。

(中略)

 同署によると、死因は水死だった。

 同大神楽坂地区学生部長の庄野厚准教授は同日、大樹町役場で記者会見し、事故について「無理な登山ではなく、アクシデントだと思う」と強調。

(後略)

時事ドットコム:3遺体、東京理科大生と確認=大学側「無理な登山ではなかった」-日高山系で遭難

 理科大のワンゲルは会ったことはないものの、知床のコタキ川でTRWVの赤布を見つけるなど、東工大ワンゲルと活動内容が近いと感じていた。日高もまた東工大ワンゲルがよく夏合宿で行っていた山である。私は行ったことがないが。

 私は沢登りによく行くが、鉄砲水や急激な増水は体験したことがない。ただ、ネットで見るとナルミズ沢の鉄砲水なんかは寝ている間にテントが浸水、テントを放棄して藪に上がって夜を過ごしており、状況は近いのではないか。この記録はパニック状態もうまく描写しているので、実際浸水したらどうなるのかというのがよくわかる。

 また写真で分かりやすく増水の状況を示しているのが、黒部の大増水2003というページである。平水時と増水時の同じ位置からの写真を用意し、どれだけ増水するのかを示している。これを見ると河原で幕営するのは危険ということが分かる。

 事故を受けて大学が記者会見し、大学の監督責任を追求するような記事が上がっている。

「計画適否、学生の判断」=遭難で東京理科大副学長ら会見

 東京理科大ワンダーフォーゲル部員の遭難を受け、同大は18日、植木正彬副学長らが東京都新宿区のキャンパスで記者会見した。植木副学長は「登山計画の適否は学生の判断で行っていた」とした上で、「登山計画を見る限りは、無理のない計画だった」と述べた。

(後略)

時事ドットコム:「計画適否、学生の判断」=遭難で東京理科大副学長ら会見

 とはいえ、やむを得ず沢に近いところで幕営することはある。私も沢のごく近くで幕営したことがある。奥秩父・笛吹川鶏冠谷右俣の下降や上越・五十沢川下ノ滝沢である。前者は日曜日のうちに鶏冠谷を下りきる予定が、19時に日没になっても下りきれずに滝の下の河原で幕営した。後者は上流の大滝上で幕営地を探したが見つからず、流水と同じ高さのスラブの上で幕営した。

08shimonotakisawa_54.jpg

上越・五十沢川下ノ滝沢にて適当な台地が見つからず沢の中で幕営した

 いずれも事故があった場合(前者はすでに事故に突入しているが)、責められる幕営のしかたであろう。しかし、他にどのような選択肢があったのかというと、暗くなっても歩き続けるか、はじめから遡行しないかしかくらいしか思い浮かばない。

 なので私は全面的に理科大のメンバーを責めることはできない。台風4号の来襲もあり、雨の中遡行し、浸水の恐れのない台地が見つけられぬまま、1日2日動けない状態が続いたのではないかとも思う。

 だからといって「山は危険だから登ってはいけません」と大学が山岳系サークルに一律に禁止措置をとるのは学生の自由をあまりに制限していると思う。大学の監督責任を問う事態から、他の大学の登山に対する管理監督が厳しくならないかが心配である。

  1. 2010/08/19(木) 00:06:47|
  2. 登山
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

美術検定というものがあるらしい

 読売新聞2010年8月17日夕刊より。

 美術の知識を深め、積極的に美術にかかわりたい人を応援する第4回「美術検定」(主催・美術館連絡協議会、読売新聞社、美術出版社)が11月7日(日)、東京、大阪、札幌、名古屋、福岡の全国4箇所で行われる。1級合格者には「アートナビゲーター」の称号が贈られ、「美術の水先案内人」として活躍の場が広がる。

 美術検定という検定があるそうだ。最近、美術館の特別展に行くと非常に混んでいる(例えば渋谷Bunkamura「奇想の王国・だまし絵展」国立新美術館「ルノワール展」三菱一号館美術館開館記念展「マネとモダン・パリ」など)ことを考えれば需要は大きく見込めるだろう。読売新聞が主催しているので記事はコマーシャルといえばコマーシャルだが、なかなかいい趣味の資格だと思う。

 私も美術館に観に行くわりに知識はないので、この際勉強してみようか。

美術検定
http://www.bijutsukentei.jp/
  1. 2010/08/18(水) 00:07:48|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

船橋「拉麺阿修羅」

100816ashura1.jpg

↑拉麺阿修羅の店の外観

100816ashura2.jpg

↑ごまラーメン700円

 今日は晩飯を外で食べてきた。船橋で下車して千葉街道にある拉麺阿修羅へ行ってきた。有名らしいが私が船橋の地理にうとく、行ったことがなかったのである。

 この店独自のラーメンとしてごまラーメンがオススメらしいのでそれを注文。

 感想としては辛くない坦々麺。坦々麺食べるなら東工大卒業生としては四川屋台がうまいと思うし、ゴマをきかせたラーメンとしては上北沢の天上天下唯我独尊がよりゴマが効いていてうまいと思う。決め手にかけるかなあと思った。

 でも麺屋武蔵で修行したと店内の広告に書いてあった。新宿の麺屋武蔵はいつも混んでいるので、入ったことがない。代わりにここでラーメンを食べてみてもいいかもしれない。

  1. 2010/08/17(火) 00:08:07|
  2. ラーメン
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

3階まで伸びるアサガオと樹木の水吸い上げモデル

 ヘチマが2階まで登ってきたの関連。

 都内某所にて3階まで伸びるアサガオを見た。

100816asagao.jpg

↑都内某所にて3階まで伸びるアサガオ

 うちのヘチマも伸び放題だが、こっちもずいぶん伸びている。1階は天井が高いので5m、2階、3階は高さ3mとすると11mくらいだろうか。

 ところで1気圧の大気圧下では水は高さ1033cmまでしか上がらない。水銀柱が760mmしか上がらないのと同じことで、媒体が水か水銀かの違いである。なので、1 [atm] = 760 [mmHg] = 1033 [cmH2O]という変換式もある。

 そこで疑問になるのが、高さ1033cm以上の樹木である。1033cmを越える樹木はたくさんあるが、原理としては試験管を鉛直に立てるか、樹木の道管が縦に伸びているかの違いである。どのように水を吸い上げているのだろうか。これはまだ分かっていないと大学のとき先生が言っていた。

 私が思うに樹木の道管を密閉された試験管に例えるのが誤りなのではないかと思う。替わりに私が考えるモデルは以下のような多段モデルである。

tree-water-pressure.png

↑私の考える樹木の水吸い上げ多段モデル

 流出解析で用いられるタンクモデルのようなもので、1033cm道管で吸い上げたら一度タンクに水を開放する。そこからまた1033cm道管で吸い上げる。それを繰り返せばどこまででも水を吸い上げることができる。

 と思うのだが、道管を見ると途中で途切れて管内の圧力を開放しているようにも見えない。私が考えるくらいのことは今までに考えられていると思うので、このモデルも正しくはないのだろう。

  1. 2010/08/16(月) 21:07:54|
  2. 科学全般
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ヘチマが2階まで登ってきた

 今日、寝床にこもろうと思って網戸を開けようとしたら、網戸の一部がヘチマに絡み取られていた。細いつる2本だったので簡単に引きちぎれたが、人間が暑い暑いと言っている間にせっせとこんなところに侵略していたとは驚きである。

100816hechima1.jpg

↑ベランダからさらに屋根を目指すヘチマ

100816hechima2.jpg

↑なんか花が咲きそう

 とりあえず戸の開閉に邪魔になりそうなツルをとっておいた。「朝顔につるべとられてもらい水」なんて聞いている方は風流かもしれないが、当の本人にとっては迷惑以外の何者でもないというのがよくわかった。

  1. 2010/08/16(月) 00:10:22|
  2. 千葉
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

荒沢本谷の花とカエル

 荒沢本谷の記録に載せた写真には、下ノ大滝など遡行のポイントとなるところを載せたので、花やカエルなど自然の景物を載せる。

10arasawa_024.jpg

↑下ノ大滝下に咲いていたクルマユリ

10arasawa_037.jpg

↑下ノ大滝下段の滝にくっついていたカエル

10arasawa_100.jpg

↑奥ノ大滝上の滝にいたカエル

10arasawa_105.jpg

↑奥ノ二俣に咲いていた白いギボウシ

 カエルの多い沢だった。

  1. 2010/08/15(日) 16:43:51|
  2. 登ってきた
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

魚野川荒沢本谷登ってきた

10arasawa_081.jpg

↑奥の大滝の前で私

 上越の荒沢本谷に登ってきた。

 魚野川から荒沢岳に突き上げる沢で名前の割に流程の短い沢だが、下の大滝、中の大滝、奥の大滝と大滝を3つ連ねている。下の大滝は登れるが、中の大滝、奥の大滝は左から巻きとなる。最後は荒沢岳の稜線への藪のツメで、稜線に出てからもきついヤブ漕ぎが続く。荒沢岳からはカドナミ尾根に道があり、登りよりは楽に下れた。

 帰りは土樽で最終列車を逃してタクシーで越後湯沢経由で帰ってきた。

 沢1本だけだったが、けっこう疲れた。

 100815追記:記録アップしました。

2010年夏 - 上越・魚野川荒沢本谷
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2010/10arasawa/
  1. 2010/08/14(土) 23:57:11|
  2. 登ってきた
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

蔵前「奥州麺処 秘伝 新御徒町店」秘伝塩そば

 お盆期間中でいつもの仕出しの弁当が休みとあって他で昼飯を食べる必要が出てきた。そこで蔵前「奥州麺処 秘伝 新御徒町店」を再訪した。

100813oushuhiden1.jpg

↑前回は見なかった看板

100813oushuhiden2.jpg

↑秘伝塩そば850円、にんにく3、野菜普通盛り

 前回は秘伝そば(しょうゆ味)だったので、同額の秘伝塩そばにした。といっても写真では野菜で区別がつかないと思う。野菜の量の種類は以前と異なり、「野菜少なめ」「野菜普通盛り」「野菜大盛り」の3つから選べるようになった。が、以前の「野菜大盛り」の量が現在の「野菜普通盛り」ほどであり、現在の「野菜大盛り」は普通盛りの2倍ほど盛られていた。私だったらもやしばかりで麺まで到達できないだろう。

 豚骨鶏がらの普通の塩味であったが、今回ももやしの山を片付けるのに精力をつかい、あまり味の覚えはない。麺ともやしは食べきったが、残念ながらスープは残してしまった。でも店を出たら吐きそうになっていた。なんとか吐かずに済んだが。一緒に食べに行き、野菜少なめを注文した人は「昼飯に食う量じゃねーな」とコメントしていた。

  1. 2010/08/13(金) 21:03:21|
  2. ラーメン
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

すき家のメガ牛丼を食べた

 今日はお盆でいつものお弁当が休みだったので外へ食べに行った。

 昼休みが遅かったので、手っ取り早く食べられるすき家へ入った。

 4泊5日で山へ登ったあとで食欲がいつもより増していたのでメガ牛丼610円を注文。

100812megagyudon.jpg

↑すき家の牛丼並盛(左)とメガ牛丼(右)

 すき家のサイトによると、並盛に対してご飯大盛り、肉3倍、1,124kcal。ちゃんと完食した。うまいんだけど、途中で味に飽きてくるのが難かな。学生のときにマクドナルドのハンバーガーを10個食べる会を開いたが、4個目くらいから味に飽きてきてなかなか食べられなかったのと同じ感じだ。

  1. 2010/08/13(金) 00:10:14|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

新宿西口のロッテリアがバーガーキングになっていた

 昨日、新宿に行ったら西口のロッテリアがバーガーキングになっていた。

100811burgerking.jpg

↑新宿西口のバーガーキング

 ロッテリアが開業して1年たったかたっていないかだと思うのだが、ずいぶん移り変わりが早いものだ。そういえば新宿西口の地下街にもバーガーキングを見かけた。バーガーキングってあまり見かけないけど、出店攻勢をかけているのだろうか。


大きな地図で見る
店舗検索/バーガーキング
http://standard.navitime.biz/burgerkingjapan/Spot.act?dnvSpt=S0055.0000000034
  1. 2010/08/12(木) 21:50:11|
  2. 東京
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

五色ヶ原と薬師岳で見た虹

 薬師岳~黒部五郎岳縦走してきたの関連。

 今回の山行では虹を3回見た。

100806goshiki_36.jpg

↑平ノ小屋から五色ヶ原への登りで見た針ノ木谷にかかる虹

100806goshiki_71.jpg

↑五色ヶ原で夕方に見た虹

100808yakushi_08.jpg

↑薬師岳の登りで朝みた虹

 ほかにも雨を横から見ることができた。晴れの日に雨が降るきつねの嫁入りは有名だが、雨が見えているのにその場に降っていないという不思議な現象。

100809sugoroku_008.jpg

↑北ノ俣岳の登りで見た富山平野に降る雨

100817追記:記録アップロードしました。

2010年夏 - 北ア・薬師岳~黒部五郎岳
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2010/100yakushi/
  1. 2010/08/11(水) 00:43:49|
  2. 登山
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

薬師岳~黒部五郎岳縦走してきた

 8月6日から10日までの5日間で薬師岳から黒部五郎岳まで縦走してきた。

 天気は晴れかくもりで双六岳から双六小屋までの30分ほどだけ雨に降られた。

 ひとり体の調子が悪くて予定の雲の平と笠ヶ岳は行けなかったが、代わりに黒部五郎岳に登ることができた。薬師岳と黒部五郎岳は日本百名山なのでこれで46山49山登ったことになる。

100807sugonokkoshi_15.jpg

↑朝もやの五色ヶ原

100808yakushi_02.jpg

↑薬師岳の登りで見た後立山連峰にかかる朝焼け

100808yakushi_32.jpg

↑薬師岳の登りで見たライチョウ

100808yakushi_59.jpg

↑薬師岳にて私

100809sugoroku_106.jpg

↑双六岳にてライチョウ

100810shingodaka_12.jpg

↑弓折乗越にて朝もやから顔を出す槍ヶ岳

100817追記:記録アップロードしました。

2010年夏 - 北ア・薬師岳~黒部五郎岳
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2010/100yakushi/
  1. 2010/08/10(火) 22:43:39|
  2. 登ってきた
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

穂が出てきたトウモロコシ

 背丈ほどに伸びたトウモロコシの続き。

 すっかり私の背丈を越えて2m近くに生長したトウモロコシ。その突端に穂が出てきた。

100804corn_02.jpg

↑穂が出てきたトウモロコシ

100804corn_01.jpg

↑夏の雲の背景に映えるトウモロコシの青い葉

100804corn_03.jpg

↑トウモロコシの根っこはタコの足みたいになっている

 トウモロコシの根っこがタコの足みたいになっているのは初めて知った。こんな構造でよく2mほどの茎と葉を支えられるな。

  1. 2010/08/05(木) 00:04:24|
  2. 通勤途上にある畑
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ガイアの夜明け:夏山が呼んでいる ~拡大するアウトドア市場~

 8月3日22:00、テレビ東京の番組「ガイアの夜明け」で「夏山が呼んでいる ~拡大するアウトドア市場~」という回があったので視聴した。

 内容は概ね以下のとおり。

 原宿に山の店が増えているのは知らなかった。そもそも原宿とか行かないし。いや、原宿って行ったことがない気がする。

 「ランドネ」は私もパラパラと見てみたことがあるが、ファッション誌をベースにして山の要素を取り入れた感じだろうか。私は山ではジャージだし、ファッションとかどうでもいいのであまり興味がない。

 富士登山はガイドがスバルライン五合目から1泊2日で山頂を往復するという内容。7人のグループにひとりのガイドが着いていた。泊まりは7合目の一番上の東洋館。1日目も2日目も遅れている人がいたが、ガイドは1人しかおらず先頭を歩くので最後の人は30分くらい遅れていた。置いてかれて足くじいたりした人がいたらどうするんだろう。

 最後は群馬県水上のキャニオニングツアー。東黒沢出合で説明を受けている集団を見たことがある(ref. 2005年夏 - 上越・湯檜曽川本谷[4/4]の記録)。稲荷滝というところを取り上げていた。調べてみると阿能川の稲荷滝のようだ。


大きな地図で見る

 また水上のキャニオニング会社が奥多摩に拠点を作るみたいだが、どこの沢を登るのだろう。できれば混雑を避けるために沢登りでメジャーでないところでやってもらいたいと思う。

 山ガールが増えたからといって女の子と登る機会が増えるわけではないけどね。積極性の問題だね。

  1. 2010/08/04(水) 10:46:13|
  2. 登山
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大正・昭和 東京周辺1万分1地形図集成 =京葉・京浜・多摩地区=

 以下のエントリの関連。

 以上のエントリで作成した地図は「大正・昭和 東京周辺1万分1地形図集成 =京葉・京浜・多摩地区=」(柏書房,1984)を参考に作成した。

 地形図をそのままのサイズでつづっているので大きい。かといって縮小すると地図としての価値が下がるので仕方ないといえば仕方ない。でもに書いたように誰かハンディな千葉の古地図を出してくれないだろうかとも思う。

 一方、収録してある地図は1万分の1と昔にあってはかなり詳細である。当初、陸地測量部は2万分の1地形図で日本全国を網羅しようとしたが、それより細かい。現在でも1万分の1地形図は都市部に限って作られているが、薬園台や下志津原などは現在も1万分の1地形図は発行されていない。

 千葉などは昔であってもそれなりに市街地が発展しているので、1万分の1地形図を発行する意義はあると思うが、習志野原や六方野原なんかは何も無い原野なのに1万分の1地形図を発行したのはなぜだろう。陸軍の演習場があちこちにあったから演習を兼ねて地図を作成したのだろうか。それにしても軍事情報の載った地図を惜しげもなく販売していた旧日本軍って何を考えていたのだろう。

100803chikeizu01.jpg

↑「大正・昭和 東京周辺1万分1地形図集成 =京葉・京浜・多摩地区=」表紙

100803chikeizu02.jpg

↑昭和4年修正測図 千葉。ある程度市街地が発展している。

100803chikeizu03.jpg

↑大正6年測図 習志野原。名前の通り原っぱしかない。


大正・昭和東京周辺1万分1地形図集成―京葉・京浜・多摩地区 (1984年)大正・昭和東京周辺1万分1地形図集成―京葉・京浜・多摩地区 (1984年)
(1984/04)
不明

商品詳細を見る
  1. 2010/08/03(火) 21:51:06|
  2. 地図・県境・都市河川
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

富士登山講習会の引率で富士山に登ってきた

 毎年恒例の夏の富士登山講習会に引率で行ってきた。

1008fuji_30.jpg

↑明け方、雲海に光り射す

1008fuji_42.jpg

↑富士山測候所跡

 今年の天気は1日目はくもり、2日目はくもりのち晴れのちガスのち雨と天気がめまぐるしく変わった。幸い、山頂にいた間は晴れであり、私の班は全員お鉢めぐりをすることができた。

 晩に少し飲み過ぎたが、高山病は大したこともなく軽いめまいくらいで、頭痛は二日酔いの分だけ、食欲はちゃんとあった。深呼吸を心がけたのがよかったのだろう。

  1. 2010/08/02(月) 23:37:00|
  2. 登ってきた
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

千葉の鉄道連隊演習線


より大きな地図で 鉄道連隊演習線 を表示

 千葉市の新川勝田川の支流まとめ八千代市の新川高津川の支流まとめとGoogle Mapでマイマップをがんばって作った勢いで、鉄道連隊の演習線も描いてみた。

 高校の地理の授業の教室の後ろに、古い地図を貼りあわせたものが壁に貼ってあったので、この軌道があったのは知っていた。うちの近所にも通っていて驚いたと同時に、この線路が残っていれば千葉の高校まで半分くらいの時間で通えたのに、と残念に思った。そのころは千葉市の家から千葉市の高校に通うのに八千代市の大和田駅まで自転車で行き、習志野市の京成津田沼駅で乗り換えて、1時間10分ほどかかっていたのである。

 松戸線は新京成電鉄として残っているのに、習志野線を残さなかったのはもったいないと思う。千葉から宮野木駅近くまでは現在のモノレールと同じところを走っているし。

 線を引くにあたって以下のサイトを参考にしました。

鉄道連隊軍用線 千葉-津田沼間
http://johokan.net/history/RailHistory/Haisen/military-ct.html

 あと、このYahoo!知恵袋 - 疑問をみんなで解決に回答している人がすごく詳しいと思った。

千葉鉄道第一連隊についてご存じの方、なんでも結構ですのでお話しをください。6... - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1030110985
  1. 2010/08/01(日) 00:27:18|
  2. 鉄道
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

八千代市の新川高津川の支流まとめ

 100912:現在での呼称を追加。Google Mapの地図も修正。


より大きな地図で 新川高津川の支流 を表示

 千葉市の花見川勝田川の支流まとめと合わせて新川高津川の支流もまとめてみた。

 高津川も勝田川同様、印旛放水路に流れこむ川の一つである。この川も大和田排水機場より東京湾よりに流れこんでおり、下流は花見川を経て東京湾に流れている。しかし、この川ももともと新川を経由して印旛沼に流れる川であり、この川も新川高津川と呼ぶ。

高津川、上流では駒止谷(現・八千代都市下水路)
概要
高津川は習志野市立実花小学校付近を源流とし、八千代市村上で花見川に注ぐ川である。なお、高津川の呼称は大正6年、昭和4年には見られず、代わりに上流部の習志野市東習志野付近で駒止谷という呼称が見られる。現在では八千代都市下水路と呼ばれる。
支流
大きな支流は境谷、高津新田支流(仮称)の2つ。後述する。ほか小さい支流として駒止谷四ノ橋支流(仮称)、高津川支流大和田谷がある。
流域のようす
高津川は習志野市立実花小学校付近を源流とし、習志野市東習志野の工業地帯を東進した後、八千代台西小学校付近で北北東へ向きを変え、自衛隊習志野駐屯地の脇を流れる。途中で習志野駐屯地から流れ出る大和田谷を合わせた後、高津東の住宅街で境谷を合わせたところで方向を変え、南東に向かう。住宅街を柏井小学校付近まで流れると、高津新田支流(仮称)を合わせる。そのあとは京成線の南側を北東へ流れ、八千代市村上で花見川に注ぐ。習志野市立実花幼稚園から下流は開渠であり、開渠区間は長い。
高津新田支流(仮称、現・芦太下水路
概要
千葉市と八千代市の境を京成線が横切るあたりを源流とし、柏井小学校付近で高津川に流れこむ支流。顕著な谷だが、名前は見当たらない。全線が千葉市と八千代市の境となっているため、地図でも判別しやすい。現在では芦太下水路と呼ばれる。ただ、芦太という地名は現在も昭和4年も八千代市に存在せず、なぜこの呼称なのかは分からない。
支流
支流として花見川団地支流(仮称)、八千代グラウンド支流(仮称)、八千代台駅支流(仮称)がある。
流域のようす
高津川は習志野市立実花小学校付近を源流とし、住宅地と畑地の入り交じったところを東へ流れる。千葉市花見川区柏井のコジマ電機裏で花見川団地支流(仮称)を加えて北東へ流路を変える。住宅街を抜けるが、八千代台東小学校から八千代台東第二小学校までは空き地や公園が続く。柏井小学校の手前で八千代台駅支流(仮称)を加え、すぐ高津川に合流する。八千代台東小学校から下流だけが開渠である。
境谷
概要
船橋市習志野2丁目付近を源流とし、高津東で高津川に合流する。概ね東へ流れる川である。
支流
支流として高津小学校支流(仮称)がある。
流域のようす
船橋市習志野2丁目付近を源流とし、東へ流れてすぐ自衛隊習志野駐屯地の敷地内に入る。敷地内では八千代市と船橋市の境をなし、敷地から出ると、西高津小学校、高津小学校を通る。高津小学校の脇に貯水池があり、その先、東高津中学校の中を通って、東高津で高津川に合流する。高津団地内を除いてほとんどが暗渠である。

 参考:千葉市建設局「千葉市の下水道と河川」(2010)

  1. 2010/08/01(日) 00:09:25|
  2. 地図・県境・都市河川
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2