山ノ中ニ有リblog

登山とか、Macとか、日記とか

迷宮新宿駅

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↑雑踏の新宿駅

 ネット見ていたら新宿駅伝説というのがあった。いくつか抜粋する。

 と新宿駅を知っている人ならクスリと笑うジョークが並べられている。

 私も実家に引っ越す前は京王線沿線に住んでいたので、新宿駅はそれなりに詳しいつもりだ。伊勢丹から都庁まで雨に濡れずに歩ける自信がある。

 地下4階に中ボスがいたってのは冗談にしても、新宿駅でもっとも深いところはどこだろう。地下鉄大江戸線新宿駅もしくは新宿西口駅だと思うが、それらのホームがいったい何階なのか分からない。JR改札内だと京王線乗り換え通路ではないだろうか。

 ほかにも駅をダンジョンとしてとらえなおしている人もいる。知られざる「駅ダンジョン」の世界を見ると渋谷駅、新宿駅、東京駅など複雑な駅の構造が見られる。それでも改札内にしぼってかいてあるので改札外の地下街も入れればそうとう複雑だろう。

 もしJR改札内でかくれんぼをするとしたら5・6番線の代々木方で小さくなっていると思う。代々木方にあるホームでしかも中央地下通路からはたどり着けず、7・8番線か新南口の通路からしか行けないので分かりにくい。逆に私が鬼だったら5・6番線は最後に探す。

  1. 2009/06/30(火) 21:23:51|
  2. 東京
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映画「劔岳 点の記」の地点情報をGoogle Mapで作成してみた

 映画「劔岳 点の記」を見てきたで残念な点として地図がないと書いた。

 でもそれだけってのも何なので、映画「劔岳 点の記」の地点情報図を作成してみた。間違いがあるかもしれないけど、勘弁して下さい。


より大きな地図で 映画「劔岳 点の記」の地点情報 を表示
  1. 2009/06/29(月) 00:48:37|
  2. 登山
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ここのところの腹痛

 ここのところ、腹痛が数日続いていたが、今日になってだいぶ治った。

 空腹を強調したような痛みで、初日はめまい気味になり、戻してしまうほどだった。便通もなく、便秘の苦しみにも悩まされたが、金曜日に便通があり、それからだんだんよくなった。

 2月に神楽が峰に行ったときも同じような腹痛に悩まされたので、何か癖がついてしまったのだろうか。そのときは単なる食い過ぎだと思うが、最近はあまりたくさん食べることもなく、原因がよく分からない。

  1. 2009/06/29(月) 00:05:56|
  2. 健康
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イブニングライナーに乗った

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↑京成津田沼駅を通過するイブニングライナー

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↑イブニングライナー乗車券

 金曜日、池袋で飲んで帰ったので、日暮里からイブニングライナーで帰った。

 特急料金400円、座席定員制なので必ず座れる。8割がた座席は埋まっていた。

 ふだん押上線・都営浅草線から青砥に出て京成本線を使っており、イブニングライナーに乗っても青砥ー八千代台間しか乗れないので全く乗っていない。今回は日暮里から八千代台までなので久しぶりに乗った。イブニングライナーに乗ったのは小学生以来だと思う。

 久しぶりに乗ったが、日暮里―八千代台間でも30分ほどで、特急車両でくつろぐならもう少し乗っていたいと思ってしまった。

 都営浅草線で通っている限り、これからも滅多に使わないと思う。

  1. 2009/06/28(日) 23:41:17|
  2. 鉄道
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VirtualBoxを用いたWindows7RCのインストール

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↑Mac上で動くWindows7 RC

 QでWindows98をエミュレートしようとして失敗したの関連。

 以前、QでWindows98をエミュレートしようとして失敗したのだが、本屋でMac Fan 7月号を見ていたら「投資は0円!Macでウィンドウズ」という記事を見かけた。面白そうだったので購入。

 6月初めに購入したのだが、そのままほったらかしていた。ちょうどこの休みに手が空いたので試してみることにした。

 やってみると思ったより簡単にインストールできた。ネットワークへの接続も特に設定なしでGoogleなどに接続できた。フルスクリーンモードで表示するとまるでMacBook上でWindowsが動いているようである。

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↑フルスクリーンモードで表示。MacBook上でWindowsが動いているよう。

 ただMac Fanにも載っていたホストOS・ゲストOS間のファイル共有に失敗した。Mac側の設定だと思うがそもそもこのMacでファイル共有を行なったことがないので原因がよく分からない。ゲストOSのアカウントを作成しなければならないのだろうか。

 (21:15追記:Mac側のシステム環境設定>共有>右下のオプションでSMBを有効にしたらファイル共有に成功した。)

 あとはMacBookで行なっているからか処理速度の低下が見られた。マシンに負担のかかるアプリケーションを使用するわけにはいかないと思う。

 入力についても半角英数と全角カナをキーで切り替えられないのと、コピー時はCtrl + cなど、コマンドキーではなくコントロールキーを使うので使いにくい。

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↑Windows7 RCインストール設定画面

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↑Windows7 RCインストール中

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↑ユーザー名の入力

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↑起動したWindows7 RCの画面

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↑何も設定しなくてもインターネットへの接続ができた

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↑2枚目以降のWindows起動画面

  1. 2009/06/28(日) 20:56:15|
  2. PC on Mac
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東京メトロと都営地下鉄、統合へ?

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↑都営浅草線5300系(蔵前駅にて)

 TBS News iより、東京メトロと都営地下鉄、統合へ

 東京の地下鉄はややこしい。ただでさえ13本も走っており、大阪や札幌のように東西南北に走っているわけでもない。その上、東京メトロと都営地下鉄と事業者が2つもある。利用者としてはややこしいだけでなく、乗り換え時に初乗り料金をとられるという不利もある。

 その2者が統合されるらしい。

 東京都副知事猪瀬直樹氏が以下のように述べていたので、都営地下鉄の経営状況が相当よくなるまで統合はないと考えていたので意外である。

 営団地下鉄の民営化に関しては、いまでも「しまった」と思っている。営団地下鉄は、大して借金もない。多額の借金を抱える都営地下鉄を抱き合わせで民営化するべきだったのだ。僕は道路公団民営化に追われていたので、営団地下鉄には逃げ切られてしまった。

 いま両社を合併させようとしても、民営化したメトロに対して、ことはそう簡単には進まないだろう。東京メトロと都営地下鉄を合併させるのは容易なことではない。

都営地下鉄と東京メトロの一元化を改めて考える - ビジネススタイル - nikkei BPnet

 確かにその目的からいえば、東京の地下鉄整備を早急に進めるため営団地下鉄だけでなく、東京都も整備を行なわなければならないという理由で都営地下鉄が始まったのであり(ソース見つからず)、東京の地下鉄整備が一段落した現在、その意義は失われつつあるといえよう。

 合併するとしてその後の会社の形態はどうなるのだろう。記事には線路などの資産は東京都側に残し、地下鉄の運行を東京メトロに統合する、いわゆる「上下分離」案を軸に交渉が進められていますとあるが、都営の4線のみ財産を都に残し、管理をメトロに譲渡するのだろうか。それならば東京メトロは償還していない路線を受け取らずに済むので経営状況は悪くならない。

 その場合、東京都交通局側の組織はどのようになるのだろうか。地下鉄の財産を管理する部門だけ残し、地下鉄の運行を担当する部門だけ切り離すのだろうか。運行を担当する部門が残るのは都バス、都電荒川線、日暮里・舎人ライナーということになるのだろうか。何となく形式がいびつな気がするが。

  1. 2009/06/28(日) 01:54:06|
  2. 鉄道
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映画「劔岳 点の記」を見てきた

 以下の関連。

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↑剱岳山頂にて私(2008年4月29日撮影

 映画「劔岳 点の記」を見てきた。

 前評判通り、期待通り、よかった。以下の3点がよかった。

 1点目、原作通りの物語であること。ドラマ化される山岳小説で触れたように、最近リバイバルされた作品として氷壁(ドラマ化)や孤高の人(マンガ化)されている。しかし、どちらもだいぶ原作と舞台背景が違うようだ。しかし「劔岳 点の記」については「劔岳 点の記」については、明治時代に測量で三角点を設置できず最後に残った山に登頂する話なので、舞台背景は変えようがないだろうと指摘した通り、原作通りのストーリーであった。その点は原作を先に読んでいる私は満足だった。

 演技は真に迫るものがあった。周囲の登頂争いから距離を置き、柴崎測量官の淡々と測量をこなそうとする姿、ぐちを言わず、黙々と測量隊の手伝いを行なう宇治長次郎。2人はただ与えられた仕事をこなそうとしているだけなのだが、風に吹かれても雪に吹かれても動じず山を歩く姿からは、目に見えない熱意が感じとれた。これらは原作以上に表現できているように思う。

 2点目、現場での撮影にこだわった結果、迫力のある映像であったこと。読売新聞の記事によればCGや空撮は一切なし「劔岳 点の記」 木村大作監督 : 話題 : 映画 : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞))。必然、冬のシーンでは猛烈な吹雪や横風があり、臨場感が伝わってきた。また晴れの日は風景がすばらしく、富山平野に広がる雲海、槍ヶ岳、富士山までの遠望、別山から見た劔岳の山体は劔の名にふさわしいと思う。絵はがきになるようなシーンがたくさん出てきて、それを映画館のスクリーンで楽しめたのはよかった。

 3点目、音楽がバロックを中心としたシンプルな構成だったこと。音楽がシンプルにバッハを中心としたバロック音楽で占められていたのがよかった。私がバッハを好むからひいき目なのかもしれないが、映画のストーリーを妨げず、しかも場面の雰囲気を的確に表現した音楽は映画によく合っていた。

 なお映画で用いられていた曲目は演奏を担当した仙台フィルハーモニーのサイトに書かれている。

ニュース:仙台フィルハーモニー管弦楽団 2009年5月22日 映画「劔岳 点の記」について
http://www.sendaiphil.jp/news/list2009.html#news090522

 あんまり映画を見ない私だが、原作を読んだことがあり、剣岳に登ったことがある立場から言えば100点の出来映えであった。


 ただあえて気になる点を挙げるとすれば以下の3点があげられる。

 どれもどうしようもないのがわかっているのだが、残念な点である。

 1点目、地図がない。地図が表示されないので剱岳を登ったことのない人にはどこを登っているのかよく分からないのではないだろうか。映画の中では芦峅寺に始まり、大山村、大日岳、室堂乗越、室堂、玉殿の岩屋、劔御前、別山、剱沢、馬場島、白萩川、天狗山、浄土山、ザラ峠、五色が原、鷲岳、薬師岳、立山温泉と地名がたくさん出てきた。しかも当時名前が付いていなかったためかあえて名前を呼ばない箇所も多くあった。カニのタテバイ、早月尾根、池の平がそうであり、測量隊が登った長次郎谷は三の沢という呼称であった。たぶん武蔵谷、平蔵谷に続く3つ目の沢だから三の沢だと思うが、これは剱岳に登った人でもすぐ分からないのではないだろうか。地図を作る男たちの物語なのだし、もう少し地図を表示した方が分かりやすいのではないかと思った。

 →090629追記映画「劔岳 点の記」の地点情報をGoogle Mapで作成してみた

 2点目、五感に訴えるほどの臨場感に欠ける。「現場での撮影にこだわった結果、迫力のある映像であった」と書いておきながら臨場感に欠けるというのは矛盾しているのだが、映画は視覚と聴覚にしか主張を訴えることができない。しかし山は違う。顔に打ちつけるように降る雪、カッパを通して伝わる雨の冷たさ、素手をさらすと瞬く間に手のかじかむ冷たい風、1日歩いて疲れきった足。これらの触覚は山に欠かせない要素である。映画だから触覚は体験できないのは重々承知しているが、映像が真に迫るからこそ物足りないと感じてしまった。実にこれらを感じるには自らが山に入るしかない。また撮影スタッフも肌を通して伝わった撮影の困難こそ観客に伝えたいのではないのだろうか。

 3点目、観客が中高年が中心であった。ただし、ユーカリが丘の話である。中高年が悪いというつもりは毛頭ない。近年の登山者の年齢構成を考えれば不思議はないが、映画の表現する志は若者にも訴えているものだと思う。もったいないというだけである。デートに向かない映画であるのは分かるが、浅野忠信とか宮�あおいとか流行りの俳優が出ているし、いいと思うんだけどなあ。

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↑長次郎の頭付近から剱岳本峰を望む(2008年4月28日撮影

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↑測量隊が登頂に用いた長次郎谷(映画中では三の沢)を稜線より俯瞰(2008年4月28日撮影

  1. 2009/06/28(日) 00:45:00|
  2. 書評 - 新田次郎
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雑司ヶ谷霊園の中を通った

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↑雑司ヶ谷霊園のようす

 昨日、雑司ヶ谷霊園の中を通った。ところどころ木が生い茂っていて日陰が涼しい。

 都内には谷中霊園青山霊園など大規模な公営墓地があるが、歩いたことがあるのは雑司ヶ谷霊園だけだ。でも山手線の中にこんな静かな土地が残されているのはいいことだと思う。

  1. 2009/06/27(土) 23:49:58|
  2. 東京
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勝田川沿いの青々とした田んぼ

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↑青々してきた田んぼ

 勝田川沿いの田んぼが青々としてきた。まわりの水路からも水が流れていて涼しげ。夜はカエルの大合唱。

  1. 2009/06/26(金) 00:04:30|
  2. 千葉
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房総の山に登った夢

 昨日見た夢のはなし。


 私と誰かと2人で房総半島の低い山を登っていた。

 岩場の下で、私が先に登った。何とかはい上がってみると、そこは平らな台地だったが、アセビが生い茂っていて視界はなかった。でもどうやら山頂近くのようだった。

 そこから登山道を左に向かうと避難小屋があった。入って2階で一休みする。しばらく休んだ後、窓の外を見てみると、先ほどの岩場以外につづら折りの土の道が見えた。親子連れなど登山者も見えるので普通の人はその道を登ってくるらしい。階下に下りてみると小屋は営業小屋になっていて、観光地みたいにいろんなみやげ物が売られていた。小屋のまわりは広くなっていて祭りのように出店が出ていた。

 小屋に貼ってあったか、地図を見るとそこは房総半島のどこかの川の2本の支流の間にあるごく低い山のようだった。


 昨日は腹痛で早く寝て睡眠時間を長くとったからか、久しぶりに覚えている夢を見た。でもだいたい私の夢は山に登っているもののようだ。

関連

  1. 2009/06/25(木) 23:26:53|
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石丸電気の看板が青くなった

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↑一部の看板が青くなった石丸電気

 江戸東京博物館 手塚治虫展を見てきたの関連。

 江戸東京博物館で手塚治虫展を見た後、神保町で修理した靴を受け取り、秋葉原まで歩いたのだが、秋葉原の石丸電気がリニューアルしていた。

 石丸電気がエディオングループの傘下に入り、改装したようだった。もっとも内装に変化は見られず、外の看板の背景が赤から青に変わり、「Ishimaru (エディオンマーク)」の看板ができたのに気づいた。

 てっぺんの看板は赤なのだが、石丸電気といえば赤いイメージがあるので、そこは変えないでほしかったと思う。

 ザ・コン館が空き家になっているラオックスは中国企業の傘下に入るかもしれないし、秋葉原は常に変わっている印象を受ける。

  1. 2009/06/24(水) 01:06:46|
  2. 東京
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蔵前「らーめん元楽」

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↑らーめん元楽の外観

 江戸東京博物館 手塚治虫展を見てきたの関連。

 江戸東京博物館に行く前に蔵前のらーめん元楽で昼飯を食べた。店の前を何度か通ったことがあるが、入ったことはなかったのでこの機会に食べてみることにした。背脂が浮いていて脂っこいラーメンと聞いていて気になっていたのもある。

 12時半頃に行ってみると行列になっていて人気店というのがよくわかった。入って食券を買う。元らーめん(しょうゆ)+ぶためしセットを頼む。

 しばらく待つと注文のラーメンが出てきた。確かに脂が多く、表面に膜を張っていて湯気が出てこない。スープは黒く、少々しょっぱかった。食べてみると見た目通り脂っこい。

 ぶためしはご飯の上に角切りのチャーシューとネギとのりを載せたもの。カウンターにおいてあった食べ方によればこれにタレとごま油をかけて食べるとか。やってみるとこれまた脂っこい。

 脂っこいラーメンは好きなのだが、ラーメンとぶためしの両方となると後の方は食べるのがつらかった。結局麺とぶためしは食べたが、ラーメンのスープは残してしまった。

 おいしいとは思うが、ラーメンか、ぶためしかいずれかにした方がよさそうだ。

らーめん元楽--ぶためし,らーめん元楽
http://www.genraku.com/
  1. 2009/06/23(火) 00:25:33|
  2. ラーメン
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私が理系を選択した理由

 私は理系である。

 と、書くのはこないだ私が理系であることを知らせたら驚いた、という人がいたから。私の書いた文章を読んでそう思ったらしい。確かにその文章にはナーガールジュナとかイエスの死とか書いたから文系と誤解されてもおかしくはない。

 私は高校のときも理系のクラスを選び、大学は土木工学を専攻し、就職も土木職として採用されている。一般的には理系に分類されるだろう。

 もともと私は文系科目も理系科目も好きである。高校で毎回90点以上をとった科目は世界史だし、大学で100点もらった科目に宗教社会学がある。もちろん数学や物理など理系科目も好きである。余談だが嫌いな科目は国語と英語である。

 そんな私がなぜ高校で理系のクラスを選んだかというと、文系科目は独学でも何とか勉強できそうだが、理系科目は学ぶのに実験や観測で用いる装置が必要であり、また微分の次に積分など体系的に順序立てて学ばないと理解できないと考えたからである。進んでみて思っていた通りだったし、大学に入ってからは自分でいくつか宗教・哲学・心理学の本を読んだし、進路選択は後悔していない。

 結果的に私は理系であり、仕事柄、技術者としての誇りが少々あるくらいだ。

 ちなみに父からは「おまえは法学に進むと思った」と本当かウソかよくわからないことを言われた。私は法律の文章を読んでもまるで古文を読んでいるようで意味が分からず眠くなるので意外である。こないだ職場の同じ係の人に真面目と言われたことがあるので、その辺が法学向きと思われたのかもしれない。

  1. 2009/06/22(月) 00:10:34|
  2. 日記
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江戸東京博物館 手塚治虫展を見てきた

 江戸東京博物館で行なっていた手塚治虫展を見てきた。

 見に行こうと思っていたが、気がついたら会期終了が迫っていたので18日に行ってきた。

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↑蔵前橋を渡って両国へ

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↑手塚治虫展の看板と江戸東京博物館

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↑もよりの両国駅

 原画やアトムの人形、使っていたスチール机などが展示されていた。正直なところ、原画は出版物と違いが分からず、じっくり見てもあまり感慨がわかなかった。むしろ原画もマンガなので筆致や色の塗り方より、マンガそのものを読んでしまってもったいない見方をしてしまった。


 手塚治虫は家の近くの図書館にある程度そろっており、火の鳥ブラック・ジャックアドルフに告ぐ陽だまりの樹奇子ノーマンどろろW3などを読んだことがある。ストーリーはどれも意外性にあふれるものだし、分野が多岐に渡っているので博学さには驚くばかりである。

 私がはじめて触れた手塚治虫作品はたぶんファミコンソフトの「火の鳥 鳳凰編 我王の冒険」。小学生のとき、友達の家で見た覚えがある。横スクロールのアクションゲームでスーパーマリオブラザーズやトランスフォーマーと同じだなあ、くらいしか想い出がない。

 作品から派生したものではなく、作品そのものだと青いブリンク。そのころはNHKの夕方のアニメを毎回見ていて、アニメ三銃士ふしぎの海のナディアを見ていた。ラストは古典的なよくあるオチの一つであり、ここではあえて述べないが、まったく予想していなかったので、非常に驚いた思い出がある。最後のシーンは遠くで雷の鳴る丘の上で主人公が父親に起こされ連れて行かれるもので、父親の秘密が明かされた直後ということもあり忘れられないシーンの一つである。たぶん主人公が父親に反目し、青年へと成長するようすを描いているのではないかと思う。ただ、だいぶ昔の話なので記憶が違っている可能性がある。

 マンガは上でも触れた「火の鳥」が初めてである。未来編を読んで壮大な時間の経過にのめりこんだ。火の鳥はどれも示唆に富んでいて好きだ。手元にもひととおり揃えている。

 展示の最後のところには原稿用紙3枚くらいに書かれた「火の鳥 大地編」の導入プロットがあり、食い入るように読んだ。「火の鳥」を読み直したい。日中戦争を背景に描く火の鳥探索であり、導入だけで続編が気になった。

 展覧会を見て、また「火の鳥」でも読み直したくなった。

  1. 2009/06/21(日) 23:20:00|
  2. 東京
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奥多摩水根沢谷に登ってきた

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↑3m滝を登る私

 奥多摩水根沢谷に登ってきた。

 沢登り初めての人が3人いたので、易しく私が3度訪れている水根沢谷を選んだ。

 気温はまあまあ高く、水に入ると冷たかったがずぶぬれになって楽しめた。前日雨が降ったわけではないが、おととしよりも水量は多く感じた。堆積した砂利が流されているのかもしれない。途中でカメラのバッテリーが切れてしまい、半円の滝などで撮影できなかったのが残念である。

2009年夏 - 奥多摩・水根沢谷
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/2009/09mizune/
  1. 2009/06/20(土) 22:49:44|
  2. 登ってきた
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アジサイの花

 団地の通りでアジサイが咲き始めた。

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↑白いアジサイと紫色のアジサイ

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↑この白いアジサイは八重で美しい

 いかにも梅雨らしい。でもカタツムリは見ていない。雨が降っていないときは葉っぱの裏にでも隠れているのだろうか。

  1. 2009/06/19(金) 00:03:19|
  2. 通勤途上にある畑
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成田まで寝過ごした

 最近どうも寝過ごす。起きられなくなったように感じる。

 昨日は寝過ごして成田まで行ってしまった。夜を過ごすべくマンガ喫茶を探したが見つからず、駅前のベンチと階段で仮眠して朝、家に帰った。

 私はこれまでも何度か寝過ごしている。

 もともと私は起きるべきときには起きられるたちで、酒を飲んでいても携帯電話の目覚まし(バイブレーション)をかけておけばだいたい起きられた。朝も一回目覚ましが鳴ればそれで起きられる。

 しかし、今回はバイブレーションをかけていても全く気づくことがなかった。ずいぶんよく寝ていたようだ。

 睡眠時間が足りていないのは感じるが、体の敏感さも失われているような気がする。これが歳のせいなのだろうか。

  1. 2009/06/18(木) 20:43:08|
  2. 健康
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岩原裕二「いばらの王」劇場アニメ化決定

 秋葉原ブックオフでマンガ買ったの関連。

 岩原裕二「いばらの王」劇場アニメ化決定だそうである。

 化け物が終始出てくるところは筆者が6巻表紙見返しで表現している通り、B級映画の様相を呈している。しかし、中盤からの謎解きはB級映画のようなとってつけた設定ではなく、練られていると思う。正直ラストがどんでん返しであるのは分かるものの、謎解きの解答はよくわからない。ひととおり集めているのでもう一度通して読んでみようと思う。ただ分からないなりにも読ませるストーリーである。

 マンガでも「映画をめざして」とあり、ホラーとミステリーを足して2で割ったようなストーリーは向いていると思う。またマンガも全6巻と尺がちょうど良い長さだと思うのでよいと思う。

  1. 2009/06/17(水) 00:06:14|
  2. マンガ・アニメ
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平和島駅の列車接近案内音が「いい湯だな」

 今日、仕事で京急の平和島駅で列車に乗ったのだが、そのとき列車が近づいたときのメロディが「いい湯だな、アハハ」の音楽であることに気づいた。

 なぜ平和島駅で風呂の歌なのか気になって調べてみたら、平和島温泉という温泉があるからだそうだ。

 当駅は、「京急駅メロディ(列車接近案内音)」募集の対象駅であり、選考の結果、東京23区内の温泉施設の先駆けとなった平和島温泉をイメージさせる曲ということでデューク・エイセス楽曲いい湯だな」が採用され[1]2009年2月24日より使用を開始した [2]

平和島駅 - Wikipedia

 平和島というと競艇ぐらいしか思い浮かばないが、温泉にちなんだメロディを採用するとは渋い。

 それにしても新宿の十二社温泉のような都心とか平和島のような海の近くとか意外なところに温泉があるものだ。


大きな地図で見る
  1. 2009/06/16(火) 00:01:46|
  2. 鉄道
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/.J - 学部生はFortranを学ぶべき?

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↑研究室のときに書いた観測データから下水の水・熱収支を算出するプログラム

 /.Jより。学部生はFortranを学ぶべき?

 私は土木工学科卒なので、情報工学科や物理学科のようにプログラミングが学科の課程で重要な地位を占めることはなかった。実際、学部の演習でC言語を勉強していてもTAの方は詳しい人とあまり詳しくない人がいた。

 研究室ではFORTRAN77を使っていた。私の研究は他の人とプログラムを共有することはなく、単に観測データの統計をとるだけであり、乱流統計量のように複雑かつ大量のデータを扱ったり、ライブラリを使うこともなかったので、何の言語を使ってもよかった。単に降雨量や下水水温、土壌水分量、地中温度の10分データを日平均、月平均、日アンサンブル平均をとるだけ単に他の人がFORTRANを使っていたので私もFORTRANを使っていた。

 結果としてそれは成功だったと思う。学部のとき、プログラムに興味を持ち、C言語でごく簡単なプログラムを組んだことがあったが、C言語で多くの人がつまづく壁、ポインタとアドレスに私もぶつかりそれを越えないままであった。FORTRANであれば関数ではなくサブルーチンで複数の変数を受け渡しすることができるのでポインタとアドレスを理解できなくてもプログラムを組むことができた。

 ポインタとアドレスを知る人からみれば、それはプログラムの重要なところを知らないままだ、と言われるかもしれないが、プログラムは目的ではなく道具なのだから、正しい値が算出されて本人が満足していて、本人以外の人がそのプログラムを使うことがないのならそれでもいいんじゃないかと思う。

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↑こっちは降雨量、土壌水分量、地中温度の観測データの統計をとるプログラム

  1. 2009/06/15(月) 00:02:04|
  2. コンピュータ
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足尾・松木沢に岩登りの練習に行ってきた

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↑自己脱出で登り返しを行なう私

 足尾・松木沢に岩登りの練習に行ってきた。懸垂下降と自己脱出とフレーク登りを行なった。

 天候がいまいちで13日午前中は昼に通り雨、夜も一雨。14日は朝から夕立のような強い短時間の降りが2度あり、14日は岩に取り付くことなく帰京した。

 先週梅雨入りしたから天気はこんなもんかもしれない。

  1. 2009/06/14(日) 17:32:29|
  2. 登ってきた
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佐倉まで寝過ごした

 久しぶりに佐倉まで寝過ごした。

 臼井で起きて場所は分からないが、まさか寝過ごしているとは思わなかったので乗ったまま佐倉までいってしまった。佐倉駅についてみると上りホームが暗い。上り列車は終了していた。

 タクシーで家に帰ると5,390円。かなりお金がかかってしまった。

 考えてみると大手町から帰るのに、定期がなく880円かかる東西線+東葉高速鉄道を避け、日本橋まで歩き定期を使える都営浅草線+京成で帰ろうとしたのが失敗であった。東西線+東葉高速鉄道であればどんなに熟睡しても終点の勝田台から先へいくことはないのだが、都営浅草線+京成では佐倉、成田まで行ってしまう可能性がある。結局タクシー代ばかりが高くついてしまった。

 損して得とれとはこのことだろうか。今日は仕事もうまく行かず、遅くなったために金曜夜から山へ出発することもできず、厄日のようだ。

  1. 2009/06/13(土) 00:52:25|
  2. 千葉
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Safari 4.0をインストールした

 Safari 4.0をインストールした。

 5月20日頃からFirefoxでタブをいくつか開いているとファンがフル回転し、Macの反応がひどく遅くなることがあったため、Safariに乗り換えた。さらに6月9日のWWDCでSafari 4.0が発表されたので4.0へバージョンアップしてみた。

 これまでFirefoxにあってSafariになかった機能で不満があった。厳密に言えばそれはFirefoxにインストールできてSafariにインストールできなかったGoogle ツールバーの機能なのだが、それがSafari 4.0で改善されたのでしばらくSafariを使い続けることにしよう。

09f-safari_01.jpg

↑ソフトウェアアップデートをチェックすると新バージョンがあることが分かる。

09f-safari_02.jpg

↑ダウンロードして再起動後、Safariを立ち上げると派手なアニメーションで始まる。アドレスはhttp://www.apple.com/safari/welcome/

09f-safari_03.jpg

↑アニメーション中のWelcome to Safariの文字。

09f-safari_04.jpg

↑Top Sitesとして表示される最近閲覧したページのサムネイル。FirefoxにはGoogleツールバーの機能にあった。

09f-safari_05.jpg

↑Smart Address Field。入力候補を補完してくれたり、過去の入力履歴を表示したり。これもFirefoxにはGoogleツールバーの機能にあった。

  1. 2009/06/12(金) 01:04:48|
  2. コンピュータ
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新宿駅西口地下を鳩がのんびり歩いていた

 今日新宿駅西口地下で鳩を一羽見かけた。

 駅前に鳩がいるのは珍しくないが、ここは新宿駅の地下。確かに駐車場へ入るための吹き抜けがあるが、写真を撮った場所は空が見えないので鳩が迷い込んでくるのは珍しいと思った。

09p-shinjuku-hato_01.jpg

↑新宿駅西口地下をのんびり歩く鳩

09p-shinjuku-hato_02.jpg

↑人が多くても動じない

  1. 2009/06/11(木) 01:30:22|
  2. 東京
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半世紀ぶり、新種の『雲』が発見される

 奇想天外生物図鑑 カラパイア:半世紀ぶり、新種の『雲』が発見される

 表題の通り、新しい雲の種類が見つかったそうだ。Asperatusと名付けられているとか。

 写真を見るところ、ただの層雲重力波が重なっただけのように見えるのだが、新しい区分が必要なのだろうか。珍しい雲というのは理解するが、新種とまでは言えないような気がする。

 もっともその元記事の英気象学会の記事を読んでみないと判断できないけど。

  1. 2009/06/10(水) 00:31:59|
  2. 科学全般
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焼き肉屋が2軒並んでいた

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↑牛門という焼き肉屋さんとチェーン店の牛角が並んでいる。

 今日、千葉市長選の不在者投票に行く途中、焼き肉屋が2軒並んでいるのを見つけた。客の取り合いにならないのだろうか。これを見て群馬県には幹線通り沿いにやたら焼き肉屋さんが多いのを思い出した。

  1. 2009/06/09(火) 01:03:39|
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一ノ倉沢衝立岩中央稜に登ってきた

09ichinokura_36.jpg

↑烏帽子沢奥壁南稜を背景に

 一ノ倉沢衝立岩中央稜に登ってきた。

 慣れない岩登りに疲れた。一ノ倉岳まで抜けたので14時間の行程に疲れた。

 しばらく岩登りはいいや。

  1. 2009/06/08(月) 02:08:22|
  2. 登ってきた
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神はいるかいないか、ではなく、要るか要らないかである - なだいなだ「権威と権力」(2)

 私はある程度劇場のイドラを認めるべきだと思う - なだいなだ「権威と権力」(1)の関連。

 この本の中で神の存在証明について触れているところがある。

 人間にはわからないことがあるということ、科学で解明できない部分が現在もあり、またその部分が永久にあるだろうということ、それは、彼らの主張するとおりなのさ。

…(中略)…

 しかし、そこで彼らは、突然、身をひるがえすように、一転して、だから神は存在する、奇跡も存在する、神の権威を認めよ、というのだよ。

なだいなだ「権威と権力」(岩波新書,1998)P.138

 私はこれに似た主張を見たことがある。

 何の本だったか思い出せないが、地球が平均気温15℃と人間に過ごしやすい温度であるとか、毎日何事もなく過ごせていることとか例をとり、世界はあまりに完全にできていると思わないか、この世界を作ったのは完全な存在であろう、それは神ではないかと。筆者はその後でそれを否定しており、そんな完全な存在があるのであれば、その完全な存在を作ったさらなる完全な存在がいるのではないかと主張する。しかし神を信じる人は完全な存在の多重構造を認めず、完全な存在はすでに完全であるのだからそれを作るものはいない、作るものがいたらそれは完全ではなくなってしまう、と反論するそうだ。

 なだいなだ氏の場合は科学の説明できる限界から、後者は世界の完全性から、それらを説明するために神の存在を導き出している。論理としてはおかしくて、科学に限界があるから、世界の完全性に説明がつかないからといって神がいるかどうかは関係がない。説明できないことをなんとかして説明しようとする場合に、神を持ち出さなければならないのである。説明しようと思わなければ神は不要である。

 つまり神はいるかいないかというより、説明に必要か不要かという方法に過ぎないと思う。大昔は災害は天変地異と呼んで神が怒ったから雷が落ちたとか説明していたが、現代科学においては地上と雲との間に電位差を生じるため、放電により電位差を解消していると説明できる。近代哲学ではデカルトはすべてを疑い、ていねいに論理を積み上げていった結果、心身二元論にたどりついたが、心と身の間にカルテジアンクロックを設定しなければならず、その機構に神を求めた。カントは神の存在証明とか世界の起源とかは人間は知覚できないと主張した(うろ覚え)。そしてニーチェは「神は死んだ」と主張した。

 現在、私は神がいるかという質問に対して、神はいてもいなくてもよい、関心がないという態度をとっているが、神の存在を否定するつもりはない。神がほしくなれば神の存在を信じるだろうし、宗教にも入信するだろう。なだいなだ氏も「神、この人間的なもの」という著書の始めに晩年キリスト教に入信した人を例にとり、結核になったT君が哲学では平安は得られなかった。しかし、カトリックの仲間と一緒になると平安が得られたと説明している。

 結局のところ神はいるかいないか、ではなく、要るか要らないか、だと思う。

権威と権力―いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 (888))権威と権力―いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 (888))
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  1. 2009/06/06(土) 02:07:51|
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蘇民将来とユダヤ教の過越の祭

 白井弓子「天顕祭」の関連。

 「天顕祭」の神主さんのおはらいの言葉の中に「蘇民将来の子孫」という言葉があったので、ふと思ったのだが、蘇民将来の話とユダヤ教の過越の祭は似ていないだろうか。

 すなわち、旅の途中で宿を乞うた武塔神(むとうしん)を裕福な弟の将来は断り、貧しい兄・蘇民将来は粗末ながらもてなした。後に再訪した武塔神は、弟将来の妻となっていた蘇民の娘には茅の輪を付けさせ、それを目印として娘を除く弟将来の一族を滅ぼした。武塔神は速須佐雄能神(スサノオ)を名乗り、以後、茅の輪を付けていれば疫病を避けることができると教えたとする。

http://ja.wikipedia.org/wiki/蘇民将来

 イスラエル人は、エジプトに避難したヨセフの時代以降の長い期間の間に、奴隷として虐げられるようになっていた。神は、当時80歳になっていたモーセを民の指導者に任命して約束の地へと向かわせようとするが、ファラオがこれを妨害しようとする。そこで神は、エジプトに対して十の災いを臨ませる。その十番目の災いは、人間から家畜に至るまで、エジプトの「すべての初子を撃つ」というものであった。神は、戸口に印のない家にその災いを臨ませることをモーセに伝える。つまり、この名称は、戸口に印のあった家にはその災厄が臨まなかった(過ぎ越された)ことに由来する。

http://ja.wikipedia.org/wiki/過越

 どちらも疫病がはやり、どちらも選ばれたものは生き残り、選ばれるものは戸口に目印を付けるという点で似ている。

 イザナギ・イザナミの黄泉がえりの話とギリシア神話のオルフェウスとエウリュディケの黄泉がえりの話が似ているのと同じように、人間の深層心理によるものなのだろうか。

参考:イザナギとイザナミのお話で、黄泉の国が出てきましたが、ギリシア神話のオルフェ... - Yahoo!知恵袋

  1. 2009/06/06(土) 01:18:27|
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白井弓子「天顕祭」

 白井弓子「天顕祭」を読んだ。

 1回読んだだけではストーリーはよく分からなかったのだが、一気に読んでしまった。第七章「偽りの存在」から第九章「祭られるもの」が天顕祭の要なのだが、地の底での話なのか夢の中の話なのか、登場人物も何人いるのかよく分からなかった。ある意味夢の中のようであった。

 ストーリーは「風の谷のナウシカ」のような未来の戦争後の世界を描いているが、そこにあるのは私たちと同じような人間で、蟲のような生物はいない。ただ「浄化原種の竹」というのが出てくるくらいだ。登場する社会も鳶職の登場人物がおり、神社がありと、私たちの生活の延長として受け入れられるので、SFという感じもしない。

 ヤマタノオロチの神話を絡めて描いてあるが、蘇民将来とか潔斎だとか日本の民俗について触れられているのがよかった。また北山飛地という地名が出てくるが、これって飛地の和歌山県北山村(参考:三県境の地点)なのだろうか、と県境好きな私は反応してしまった。

 絵は黒田硫黄みたいに筆を使って描かれた絵で、色の付け方は淡い水彩画のようだが、線は細かい。絵には好感が持てた。

天顕祭 (New COMICS)天顕祭 (New COMICS)
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  1. 2009/06/06(土) 01:00:51|
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ベルゼブブ=バアル神=蝿の王である

 こないだブックオフで買った「よんでますよ、アザゼルさん。」を読んでいて、なんとなくベルゼブブ優一くんの「ベルゼブブ」って何だろう、まあ何か悪魔っぽいけどと思ってWikpediaで調べてみた。そしたら意外なことが分かった。

 「ベルゼブブバアル神蝿の王」らしい。

 私はそれぞれ別個のものと思っていてだいたい以下のように思っていた。

ベルゼブブ
なんか悪魔っぽい何か。
バアル神
旧約聖書でユダヤ人がよく浮気する神。だいたいそのあとヤハウェが嫉妬してぶち切れて、預言者経由でユダヤ人に長々と説教する。
蝿の王
ゴールディングの小説。救いのない十五少年漂流記。

 リンク先のWikipediaの解説を読めばだいたいその考えは合っているのだが、同じものとは知らなかった。全然語感も似ていないので。勉強になった。

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  1. 2009/06/05(金) 00:52:14|
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十二社通りのあたりを歩いた

 午前中、新宿区の十二社通りのあたりを通ったので写真をいくつか。

090603juunisou_05.jpg

↑東京都庁第一庁舎。反対側、新宿中央公園をはさんで十二社通りがある。

090603juunisou_04.jpg

↑東京都庁第二庁舎。この角度で見ると何となく低く見える。

090603juunisou_01.jpg

↑一つの銘柄しか売ってないタバコの自動販売機。インパクトはあるけど、ただでさえタスポで買いにくいし、コンビニの前だからみんなコンビニで買っちゃいそうだけど、高度なマーケティング戦略が隠されているのだろうか。

090603juunisou_03.jpg

↑マンションの下に十二社温泉。

090603juunisou_02.jpg

↑十二社温泉の近景。新宿から歩いていけるところに天然温泉があるとは思わなかった。この辺は神田川からの支流もあり、暗渠好きにも楽しめるところ。

  1. 2009/06/04(木) 00:51:07|
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CSSの誤りをいくつか訂正

 ブラウザによる表示の違いの問題解消。

 ブラウザによる表示の違いっていうか、単なるCSSの間違いなのでいくつかCSSを訂正した。

ulによる番号付け

 .plugin-contentとかいうクラス名についてはlist-style-type:discになっていたので、olでリストを作っても番号でなくdiscで表示されてしまっていた。これをコメントアウト。

blockquoteによる枠線表示

 CSSでblockquoteに枠線を指定していたが、表示されなかった。よく見てみるとborder-styleがsolidとinsetと2つ入っていたので、ブラウザ側が解釈できなかったようだ。

samp

 sampはブロック要素だと思い、<p>の外においていたが、sampに指定したCSSが反映されなかった。sampはインライン要素だったためである。プログラムを複数行にわたって記述する場合はblockquoteにクラス名をつけて別に指定しようかな。

  1. 2009/06/02(火) 00:18:13|
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私はある程度劇場のイドラを認めるべきだと思う - なだいなだ「権威と権力」(1)

 進歩する社会組織の失敗は厳しく追及すべきでないし、改善は期待できない(進歩する社会の書き直し)の関連。

 私を含めて現代人は権威による説明よりもロジックによる説明を求める傾向にある。革命の話とかよりみちもあるが、この本の主題は権威に頼らないように、判断材料を示してもらって自分で考えてね、というところにあると思う。そのへんをかいつまんで以下に書き写した。

 そして、昔は、どうも権威だけでいうことをきく人が多かったらしい。権力は、人間を支配するのに不要だったようだ。…(中略)…しかし次第に、権威と支配される者との間に、権威を後ろだてにして、間に挟まるように権力というものが、現れてきた。だから、権力者は、力でいうことをきかせようとする時も、<誰々の名において>とか<何々の名において>という習慣がある。

なだいなだ「権威と権力」(岩波新書,1998)P.62-63

 このあと本書の「第5章 判断と権威」では判断を権威に委ねる人、具体的には判断を医者に委ねる人を例にとって説明する。例ではアル中の患者に対して

 先生から行ってもらえば、いうことをきくのではないかと思うのです。

なだいなだ「権威と権力」(岩波新書,1998)P.92

というアル中患者の奥さんが登場するが、先生は否定する。

 もし、ぼくが一言、酒をやめなさい、というだけで患者が酒をやめるとしたら、それだけ、僕に権威があるとしたら、実に仕事が楽だろうね。

なだいなだ「権威と権力」(岩波新書,1998)P.93

 結局どのような判断がよいのかというと、以下のようなことらしい。

 うん、やれとか、やるな、ということでなく、それは相手の判断にまかせる。ただ、こちらは理があるがかないか、くわしく説明すればよい。

なだいなだ「権威と権力」(岩波新書,1998)P.175

 それはまあそうなのだが、この情報化社会においてあまりに情報が多すぎ、自分で判断しようと思うと毎日が判断のくり返しになってしまう。たとえばこのほうれん草は国産なのか、IDタグがついているから調べてみようとか、テレビで納豆が健康にいいと言っていたけど本当かしらとか、○○党の××候補者は公約でこんなことを言っていたが、それは実現されたのかとか、疑おうと思えばいくらでも疑えるし、インターネットを使えばあらかたのことは調べることもできる。しかしそれでは頭がパンクしてしまって本来傾注すべき判断ごとまで頭が回らなくなってしまう。

 民衆よ賢くなれ、というのはもっともだが、私はある程度劇場のイドラを認めるべきだと思うなあ。実際、多くの人が無意識的に判断すべきものとどうでもいいものを取捨していると思う。

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  1. 2009/06/01(月) 00:40:11|
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