山ノ中ニ有リblog

登山とか、Macとか、日記とか

富山弁「気の毒な」

 劔岳・小窓尾根でのこと。

 行きのアプローチで上市駅から馬場島までタクシーで移動した。そして馬場島でタクシーを降りたときにタクシーの運転手さんが「ありがとうございました」と連発する中で発したのが

「気の毒な」

である。
 これは富山弁の一つであり、「ありがとうございます、こんなに(何かを)してもらって申し訳ない」くらいの意味である。なぜかタクシーの運転手さんの腰が非常に低く、ありがとうございましたの中で一度だけ話していた。

 母も富山の人間なので、私もこの言葉を知っている。でも東京の人間だと「気の毒なって、そんなに不幸せそうに見られているのか」と思うかもしれない。少なくとも父は初めて聞いたとき驚いたらしい。

 なんか変な言葉だけど、久しぶりに富山に訪れた気がした。
  1. 2008/04/30(水) 22:41:29|
  2. ことば
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劔岳・小窓尾根

劔岳小窓尾根

↑劔岳本峰で記念写真

 4月26日から29日にかけて、都庁山岳部で劔岳・小窓尾根に連れて行ってもらった。慣れないキックステップを多用して足が疲れてしまった。それでも劔岳に登れたのでよかった。

 → 2008年春 - 北ア・剱岳小窓尾根[1/2] [2/2] アップしました。
  1. 2008/04/29(火) 23:59:08|
  2. 登ってきた
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三田博雄「山の思想史」(1)

 表記の題の本を読んでいるのだが「山の思想史」というよりは「思想史における山の描写」だと思う。軸足が山にあるというより思想史に置かれている印象がある。
 ヨーロッパ人にとってデーモンの棲家、日本人にとって神仏の霊地であった山々は征服と審美の対象になった。近代の科学技術に潜むデーモンを制するには自分の足で山に登り自分の感覚で自然を体験するほかに途はない。
 とめどなき環境破壊の進行は今ふたたび「自然にかえれ」の標語を喚びおこしている。山を愛する科学思想史家が叙す山の近代思想史。
三田博雄.山の思想史.岩波新書.1988. 第7版.表紙裏見返し

 トマス・マン「魔の山」なんかが面白く感じられる人には面白いのではないだろうか。

 ただ、同じ現象を日本では御来迎、ヨーロッパではブロッケンの妖怪と表現しているところを見ると山に対する考え方は洋の東西でまったく違うのだと感じる。

 この先、加藤文太郎などメジャーな登山家の章が出てくるのでそのあたりは楽しみである。
山の思想史 (岩波新書 青版 860)山の思想史 (岩波新書 青版 860)
(1973/06)
三田 博雄

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  1. 2008/04/25(金) 00:38:26|
  2. 書評 - 山岳
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東京の夜空

shinjuku0804242259.jpg
↑新宿駅西口の空

 今日の帰り、夜空を見るとコントラストが低かった。空は街の灯りで明るいのだが、色はなく暗かった。今日の天気はくもり時々雨でもともと暗い日だったのだが、灰色の低い雲が夜でも見え、作り物のような不気味さを覚えた。しかし夜空の色がどんな色だったかいまいち思い出せない。

 「東京に空が無い」とは智恵子抄における表現だが、うまい表現だと思う。何かに比喩するのではなく「無い」と言ってしまうところがうまいと思う。
  1. 2008/04/24(木) 23:56:43|
  2. 東京
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廃墟:深静峡



 2chの廃墟スレを見ていたら深静峡というところが取り上げられていた。

 山梨県塩山市の国道411号柳沢峠近く、三窪高原の北の捨てられたリゾート施設のようだ。どこかと思ったら何のことはない、大学のワンゲルの小屋の近くだ。私もすぐそばを通ったことがある。

 地形図(柳沢峠)で見るとずいぶん道が入り組んでいて何の施設だろうと思っていたのだが、廃墟とは知らなかった。

 すでに焼け落ち、残骸が残るのみらしい。

 にしても雁峠~柳沢峠間の稜線なのに「深静峡」という谷みたいな名前はどうかと思う。
  1. 2008/04/23(水) 01:03:05|
  2. 登山
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逆勾配の流れ

 土日をふとんでゴロゴロ過ごしていると、敷き布団とベッドの上面の間が湿る。

  1. かけぶとん
  2. 敷き布団1
  3. 敷き布団2
  4. ベッド

 ベッドにいるときは上から以上のような順序で寝ているのだが、敷き布団1の上面下面とも湿っていないのに、敷き布団2とベッドの間が湿る。物質の拡散現象を考慮すると物質の勾配を小さくする方向に物質は拡散するはずである。今回の場合、私の汗が湿り気の発生源であり、そこから水蒸気が拡散するはずである。すると「私」の近辺が最も湿るはずなのだが、現実には敷き布団2とベッドの間が湿る。

 なぜなのだろう。ベッド上面の板が湿り気を吸着しやすいか、同じ湿り気でもふとんより板の方が湿り気を感じやすい(感覚心理学の問題)なのだろうか。まさかベッドの板から水蒸気が発生しているわけじゃあるまいし。

 くだらないことだが気になる。

  1. 2008/04/23(水) 00:45:34|
  2. 科学全般
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テレビのアナログ放送停波に向け、常時画面に「アナログ」表示

 ./-jより。asahi.comによれば、テレビ放送についてテレビのアナログ放送停波に向け、常時画面に「アナログ」表示されるそうだ。

 私はテレビを持っていないし積極的にテレビを見ることもないので、アナログ停波は対岸の火事なのだが、どうもアナログ停波はその意図が理解できない。

 地上波デジタル放送への移行をすすめている総務省は以下の4点を地上波デジタル放送の利点としている。

  1. 多様なサービスを実現
  2. 電波の有効利用
  3. 世界の潮流
  4. 情報の基盤
ref. なぜデジタルなの? | 地上デジタルテレビ放送のご案内

 アナログ停波の必要を迫られているのは、2. 電波の有効利用だけである。ほかの理由はアナログ放送が存続しても別に問題ない。では2. 電波の有効利用の方法としてアナログ停波しかないのだろうか。私が思いつく限り、以下の4点があげられる。

  1. 電波利用の需要を抑えられないのか
  2. 技術発展により現在利用できない周波数帯域を利用できるようにならないのか
  3. テレビ以外の周波数帯で帯域を減らせないのか
  4. デジタル放送への移行以外のテレビ周波数帯の圧縮ができないのか

 おそらく素人の思いつくことはすべて検討した結果なのだろうが、それにしてもアナウンスメントが少ないのが気になる。

 4については有線で国民総ケーブルテレビにしてしまうとか、チャンネルの再編・UHF帯の整理とか、方法はいくつかありそうである。前者は日本中に電気が通じている現在、技術的に不可能ではないだろうし、テレビが使っていた帯域がすべて空くという利点がある。コストはよく分からない。後者は技術的に可能かどうか分からないが、隣り合う地域で互いに干渉しないようにチャンネルをずらしているのを、うまく日本中で再編すればチャンネルの数は減らせそうな気がする。

 移行の煩雑さからテレビ離れを促すのもいいかもしれない。国民みんながテレビを見てもGDPはあまり上がらないだろうし。ときどき納豆が売れたりもするけど。テレビは一方向の情報の提供で世論の形成にも使えるし、政府はこんなおいしい道具をわざわざ捨てなくてもよいのにと思う。

 最後に痛烈に総務省を批判した動画を載せておこう。まあ私には対岸の火事だ。

  1. 2008/04/22(火) 01:12:41|
  2. 日記
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南へ100km、東へ100km、北へ100km移動して出発点と同じ地点に戻る地点は地球上に何か所あるか

 かつて以下のような問題がMicrosoftの入社試験として出たそうだ。

「南へ1キロ、東へ1キロ、北へ1キロ歩くと出発点に戻るような地点は、地球上に何カ所ありますか」。
松岡正剛の千夜千冊『ビル・ゲイツの面接試験』ウィリアム・パウンドストーン

 上記の本によれば答えは「∞×∞+1カ所」というのが正しいそうだ。この答えの意味は私には理解できないが、私は答えは無限にあると思う。メルカトル図法の四角い地図を見ていると答えはなかなか出てこないのだが、地球が球体であることを考えるといくつか点は見つけられる。

全文を読む
  1. 2008/04/22(火) 00:16:25|
  2. 科学全般
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カテゴリの追加、記事の分類を行った

 blog書いていて、やたらと多かった「未分類」。「未分類」というよりは分類するのが面倒だったのと、新しくカテゴリをつくってもこの先そのカテゴリを使うかどうか分からなかったので、分類しなかった。

 記事も100件を越えると自分で見るにも分類が必要と感じてきた。そのためカテゴリを追加し、記事の分類を行った。

 分類の中身は以下の通りである。

日記
日記、その他雑感
登山
下山後の一言、登山の情報、登山に関する雑感(山行記録は山ノ中ニ有リを参照のこと)
県境
県境縦走後の一言、県境の情報、県境に関する雑感(山行記録は山ノ中ニ有リを参照のこと)
都市河川
都市河川に関すること
書評
読書感想文
数学・理科
数学・理科の問題
Mac
使っているMacのこと
鉄道
鉄道趣味のこと
関東県境縦走(→webページ)
山ノ中ニ有リへ移行済み
沢登り(→webページ)
山ノ中ニ有リへ移行済み
雪山(→webページ)
山ノ中ニ有リへ移行済み
Macユーザーはau W55Tを音楽プレーヤとして使えるか
表題の検討記録
blog/webpage
このサイト運営に関すること
  1. 2008/04/21(月) 00:01:06|
  2. blog/webpage
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無為な休日を過ごした

 無為な休日を過ごした。


 金曜日から土曜朝まで飲み、

 土曜朝に友達と会って、帰って昼から睡眠。

 夕方起きてネットして、眠れないので日曜未明3時頃就寝。


 日曜正午に起きて、飯も食わず懲りずにネット。

 16時頃、重い腰を上げて週末の山の準備。

 晩飯の支度、洗濯、風呂。

 ついでに床を掃除。

 すると22時になっていた。


 山にも行かず、blogの書きかけの記事も進めず、生産的なことは何もしていない。しかし後悔はしていない。むしろ私はそんな何もしない日も好きだ。

 人によっては何もしなかったことを後悔する人もいる。朝は電車の中で寝ているだけと私が言うと、もったいないという人もいる。

 人生に対する積極性の現れ方の違いだと思う。私は人生は死ぬまでの暇つぶしくらいにしか考えていないので、何もしなくても損した気にならない。一方、人生で何ごとかなしたい、あるいはそこまで考えていなくても、やりたいことをやり残しのないようにしておきたい人にとっては損なのだろう。

 要は私は人生に対して消極的なのだ。何も変わりたくないし、何もしない。就活の面接でそんなことをしゃべったら、たぶん落とされるだろう。社会においては異端の考え方だと思う。事業の効率化や無駄を省く、といったことが組織の目標として掲げられることが多いが、個人の目標までそのような考え方が広まるとかなわないなと思う。

  1. 2008/04/20(日) 22:23:06|
  2. 宗教・哲学・心理学
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若者は優先席に座る権利があるか? - 優先席は専用席と名称変更すべき

 今日の帰りのこと。

 いつもどおり私は新宿駅で京王線に乗り換えた。ホームでしばらく列に並んだ後、入線してきた折り返し列車に乗車した。非優先席はすぐに座席が埋まってしまったので、私は優先席に座った。

 座席はあっという間に埋まり、つり革もだいぶ埋まってきた。座って本を読み始めたところ、向かいの優先席の女性が席を立った。席を譲るのだろう、いい心がけだと思った。が、その席を立った女性の前に立っていた初老の男性が何かしゃべり、もうひとり隣の人も席を立った。そして男性はこちらを向き、携帯電話を操作していた私の隣の若い男性に「ここは携帯使うんじゃないよ」と指摘し、私に「若いのはここ座っちゃいけないんだ」と諭した。

 込んだ車内で優先席に座っていることに少し罪悪感を感じた私は「すみません」と一言述べて席を立った。隣の若い男性も席を立った。初老の男性は立ったままで、座席は空いたままであった。

全文を読む
  1. 2008/04/18(金) 00:09:38|
  2. 鉄道
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通勤時間比べ

 さきほど書いた通り、係の飲み会を行った。

 その中で「誰が一番遠くから通っているか」という話題になった。神奈川県に住む係長が最も遠いと思っていたのだが、一番遠いのは埼玉県の真ん中あたりから通っている同期であった。

 彼は朝6時に家を出ており、バス、電車を駆使して東京まで通ってきているそうだ。うちの事務所は都内でもかなり交通の便のいい方なのでそれでも2時間以上かけて通うのは相当遠い。ほかの人からは「そりゃ家出て一人暮らしするレベルだよ」と言われていた。本人も「むしろ熊谷とか高崎の方が駅に近けりゃ速いかもしれない」と認めていた。

 私は朝6:50に起きて家を7:10に出ているし、実家に戻っても6:30に家を出れば8:00頃につくだろう。ぜいたくは言えないなと思った。

  1. 2008/04/17(木) 00:10:10|
  2. 東京
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係長との登山の話

 4月に異動し、今日係で飲み会を行った。

 話しているうちで係長と山の話で意気投合し、他のみんなほったらかしで話し込んでいた。

 係長は某大学の探検部にいて慶良間諸島のゴムボード縦断、白神山地追良瀬川を河口から白神岳までつめる、五島列島のゴムボート縦断と、ワンゲルに所属していた私から見ると一風変わった合宿を行っていた。

 東工大には探検部がないため探検部が何をしているのか知らなかったが、文登研に行ったとき、風呂でW大の探検部の人と話をした。山のほかにケイビングなんかをしていると聞き、あこがれたものだ。なんとなくワンゲルよりもやることの幅が広そうだ。

 係長は現役はあまり山に登っていないようだと嘆いていたが、私はいまやどこの大学も山岳部は部員減に悩まされていることを伝えたら意外なようであった。

 係長が現役のときに行ったという御神楽沢にはいっぺん行ってみたい。あのあたりの沢は去年の下ノ沢硫黄沢しか行ったことがない。

 中高年の登山ブームもあり、だいたいどこへ行っても一人二人山をやっている人がいる。別に他人との会話のネタをつくるために山に登っているわけではないが、話の合う相手がいるというのはうれしい。

  1. 2008/04/16(水) 23:22:20|
  2. 登山
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登山適格者とは誰かーそのトートロジー的問題 - 岩崎元郎「登山不適格者」(2)

 登山の安全性と禁煙の論理的相似性 の書き直し。

 山を危険なものにしているのは、山を知らない登山者達なのだ。あえて、厳しい言い方をすれば、それは”登山不適格者”と言っていい。

岩崎元郎.登山不適格者.P.28. 日本放送出版協会.2003.

 「山を知らない」とは具体的にその前段で以下を知らないこととあげられている。

 しかし、このあと著者は以下のように記している。

 山を知ることに、「もう十分」ということはない。相手は自然なのだ。どんなに経験を積んだベテラン登山者でも、ひとたび山に入れば100パーセント安全だという保証はどこにもない。

岩崎元郎.登山不適格者.P.28. 日本放送出版協会.2003.

 となると、いったい登山不適格者と登山適格者の区別はどうやって行えばよいのだろう。この文章からいえば山を「十分に知った」人はいないわけで、登山適格者は存在しないことになってしまう。

06kitakama_082.jpg

↑北鎌尾根独標の巻き(2006年冬 - 北ア・槍ヶ岳北鎌尾根[5/7]

 現実には結果から判断するしかないだろう。事故にあった人を登山不適格者、事故にあったことのない人を(暫定)登山適格者とする。事故にあった人は「山を知らなかったから」事故にあったと考えれば登山不適格者である。事故に遭わなかった人はどうか。事故に遭わなかった人は、山を「知らなかった」ものの運良く登れてしまった人と、山を「知っている」から事故に遭わなかった人の2種類がいることになる。以下に簡単にまとめた。

 では事故にあったことのない人での線引きはどのようにして行うべきか。事故は事実なので客観的に二分することができるが、山を知る/知らないは客観的な判断ができない。主観的な判断にゆだねられることになる。

 主観的な判断ほど曖昧なものはない。どんなに経験があっても、どんなに自信があっても100パーセント安全だという保証はどこにもないのである。「私は登山適格者」と自称するのは簡単だが、客観的に登山適格者を決定するのは不可能である。

 かといって登山者認定機関のようなものを設置して登山者にテストさせて合格者以外入山させないというのもバカらしい。合格者でも100パーセント安全だという保証はどこにもないのだから。

 似たような議論(ただし単独行について)が「山道を行く」というサイトのコメント欄でも繰り広げられていた。いっぺんひと通り読んだのだが、あまりに長くてまた読み直す気はしない。結論は出ていなかったはず。真野氏が目次のようなものをつくっているのでこちらを参照いただきたい。

 私はどうだろうな、おそらく登山不適格者の部類だろうな。少なくとも雪山や上級の沢登りでは。


登山不適格者 (生活人新書)登山不適格者 (生活人新書)
(2003/06)
岩崎 元郎

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  1. 2008/04/13(日) 21:52:11|
  2. 書評 - 山岳
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世田谷区桜上水に玉川上水は通っていない

08kamikitazawa_09.jpg

 私の家は上北沢駅でも桜上水駅でも歩いていける。桜上水という地名を聞いたとき、「桜上水」という名称の水路があるのかと思っていたが、「桜上水」という水路はないらしい。名前の由来は玉川上水の桜のようだ。

 にしても、玉川上水は世田谷区桜上水を通っていない。北隣の下高井戸を通っている。なんでそんな変なことになったのかを借りてきた「世田谷の地名 区域の変革・地誌・地名の起源(上)」とWikipediaで調べた。

 「世田谷の地名 区域の変革・地誌・地名の起源(上)」によれば桜上水の地名の由来は以下の通り。

 住居表示の実施に伴う町区域の変更により、昭和41年10月、旧上北沢1,2丁目から分割した区域の地名として新規につけられたもので、京王帝都電鉄京王線の桜上水駅からとったもので、駅名の桜上水は、すぐ北にある玉川上水沿いに桜並木があったので以前は車庫前といったのを改名したものである。

森安彦,三田義春.世田谷の地名 区域の変革・地誌・地名の起源(上)p. 379.第4節 桜上水・上北沢(旧上北沢村).東京都世田谷区教育委員会.1984.

 これにWikipediaの桜上水駅の記述を組み合わせると、以下のような年表になる。

1926年京王電気軌道が松沢村大字上北沢字土々原に北沢車庫前駅を設置する。
1932年世田谷区成立に伴い、松沢村大字上北沢字土々原が世田谷区上北沢2丁目となる。
1933年京王電気軌道が北沢車庫前駅を京王車庫前駅と改称する。
1937年京王電気軌道が京王車庫前駅を桜上水駅と改称する。由来は玉川上水並木から。
1966年住居表示の実施に伴う町区画の変更に際し、上北沢1丁目全部、2丁目の一部を駅名に倣い桜上水とする。

 つまり、玉川上水並木→駅名を桜上水→住所を桜上水、と変遷があるために場所がずれて桜上水に玉川上水が流れていないようだ。

  1. 2008/04/13(日) 16:33:32|
  2. 東京
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下北沢と間違われる世田谷区上北沢

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 「どこに住んでんの?」と聞かれ、「世田谷区上北沢」と答えるとだいたい次のような返事が返ってくる。

 だいたい下北沢と勘違いされる。上北沢周辺に住んでいた人くらいしか理解してくれない(上北沢、赤堤、桜上水に住んでいたことのある人は分かってくれた)。そのため会話はその後、私が以下のような説明を行うことにより続く。

 下北沢がライブハウスやファッションを中心とした若者向けの街なのに対し(私は下北沢駅で降りたことがないのでよく知らない)、上北沢は閑静な住宅街である。道がかなり入り組んでいるため車の通りが少なく、本当に静かである。

 「世田谷の地名 区域の変革・地誌・地名の起源(上)」には以下のように書いてあった。

 北沢というのは、第3章第6節の下北沢の地名の起源で述べたように、覚志郷または菅刈庄若しくは世田谷郷の一番北にある沢というほどのことで、古くは上から下まで一連の北沢であったとみられ、後に中流の赤堤・松原・代田などの村ができて単なる北沢が上下に分断されたものであろう。

森安彦,三田義春.世田谷の地名 区域の変革・地誌・地名の起源(上)p. 379.第4節 桜上水・上北沢(旧上北沢村).東京都世田谷区教育委員会.1984.

 同じ北沢の上下流にあるという点で下北沢とつながりはあるが、他に共通する特徴はあんまりない。静かな住宅地で私は上北沢が好きだけど。

  1. 2008/04/13(日) 15:59:36|
  2. 東京
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北沢用水跡の橋

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 京王線上北沢~八幡山間には橋の跡のようなものがある。京王線のこの区間は上北沢駅が地上駅で八幡山駅が高架であり、ちょうど線路が地上から高架になるあたりにこの橋の跡のようなものがある。線路の北側には見つかるが、南側には見つからないため、松沢教会や桜上水駅ヤードを起点とした暗渠同様、北沢川に注ぐごく小さい暗渠の跡かなと思っていた。

 上北沢図書館に行ったとき何気なく世田谷区の郷土コーナーで「世田谷の地名 区域の変革・地誌・地名の起源(上)」という本を見つけ、それに載っていた地図(P.383)を見るとどうやら北沢用水の跡のようである。

 北沢川は上北沢付近を源流とする川であり、北沢用水は玉川上水から北沢川への導水するために引かれた水路である。北沢用水は二条に分かれていたようであり、それぞれ以下のような場所を流れていたようである。

北側の用水
現・松沢病院の東端を南へ下り、北沢川につながっている。地形的に最も低いところを通っているようだ。なお、北沢川の谷戸に下りたあとも谷戸の北側を流れ、すぐには北沢川と合流しない。北沢川とは現・緑丘中のあたりで合流している。
南側の用水
現・松沢病院の中を南東へ下り、上北沢自動車学校の西端、経堂小学校付近を通り、赤堤小学校のあたりで北沢川につながっている。地形的に高いところを通っているようだ。

 この地図から察するにどうやら私が見た橋の跡は北側の北沢用水の橋のようだ。

↓参考

森安彦,三田義春.世田谷の地名 区域の変革・地誌・地名の起源(上)pp. 367-384.第4節 桜上水・上北沢(旧上北沢村).東京都世田谷区教育委員会.1984.

  1. 2008/04/13(日) 15:26:25|
  2. 地図・県境・都市河川
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賀川豊彦記念・松沢資料館に行ってきた

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 日野原重明「死をどう生きたか 私の心に残る人びと」 のつづき。

 上記の本に載っていた賀川豊彦という人の記念館が家から徒歩5分くらいのところにあるので行ってきた。

 松沢教会の隣に建っているからキリスト教布教のために尽くしたのかと思っていたら、キリスト教布教だけでなく、ベストセラー小説「死線を越えて」の著者だったり、生協(生活協同組合)の基礎も築いたり、ノーベル平和賞候補者となったり、いろいろ行った人のようだ。21歳で神戸のスラム街に住み込み、キリスト教伝道、隣保事業を行ったそうだからカリスマ性のあった人に違いない。

 恥ずかしながら賀川豊彦の名はまったく知らなかった。一般の人にはあまり知られていないのだろう、私が訪れたとき誰もいなかったし、受付にも人が常駐しておらず、ベルを鳴らす必要があった。

 資料館の最後に近年の賀川豊彦に関する新聞記事の切り抜きがあった。読売新聞 2007年2月13日の山折哲雄氏の文章である。神は人の中に内在し、人が神に溶け、神が人に溶けて一つになる、というような文章を発表したため、正統派のキリスト教から批判されたとあった。また人と神とのつながりについて遠藤周作と似ている点を述べていた。

 私は遠藤周作の小説は好きであり、白い人、沈黙海と毒薬深い河を読んだことがある。聖書そのままの神(特に旧約)は高圧的な感じで受け入れがたいが、遠藤周作の解釈する人間の事情を酌量してくれる神は受け入れやすい。それゆえ遠藤周作も正統派から異端視されたそうだ。

 こんな人がいたなんて全然知らなかった。もっと有名でもよさそうな気である。上北沢に住まなかったらたぶん一生知らなかったと思う。

以下、参考。

 財団法人雲柱社 賀川豊彦記念・松沢資料館
 http://zaidan.unchusha.com/index.html

 賀川豊彦 - Wikipedia
 http://ja.wikipedia.org/wiki/賀川豊彦
  1. 2008/04/12(土) 14:25:17|
  2. 東京
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都県境・多摩川原橋~川崎市麻生区向原二丁目

 都県境・すずかけ台駅~川崎市麻生区向原二丁目のつづき。

 前回歩けなかった多摩川原橋~川崎市麻生区向原二丁目の部分を今日の午前中歩いてきた。もっと時間がかかるかと思い早めに出たが、結局3時間程度の歩行だった。これで湯河原~羽田空港の神奈川県境がつながったことになる。

 またあとで記録をまとめようと思う。

↓4月13日追記
記録をアップロードした。
2008年春 - 都県境・多摩川原橋~川崎市麻生区向原二丁目
  1. 2008/04/12(土) 13:32:05|
  2. 地図・県境・都市河川
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Suica定期券を返却した

 経路変更あり+Suica定期券で継続購入ができなかったのつづき。

 経路変更ありでSuica定期券を購入することができず、かといってSuica定期券を新規に買うと定期入れに入らなさそうだったので、磁気定期券を購入した。どうせあと1ヶ月で引っ越すし。

 で、不要になったSuica定期券を返却した。返却の前にSuicaの残額をゼロにしておかないと残額は端数としてJR東日本に回収されてしまうのは知っていたので残額ゼロにして返却。残念ながら券売機での返金は不可。おそらく盗難品を換金させないためであろう。

 みどりの窓口で返却。用紙を渡され、それに必要事項を記入する。記入したのは以下の4点。

 それと必要なのは身分証明書。私は運転免許証を示した。

 疑問だったのが、なぜこんな帳票を書かせるのか、という点である。おそらくは盗難品の換金を防止するため、いちいち帳票をとっているのだろう。でも運転免許証など写真付き身分証明書を見せたら、本人と確認するのは容易だと思う。個人情報漏洩に過敏な今どきに不要な個人情報を手に入れるのはむしろ損な気がする。

 私が高校の頃は定期券を買うときに、鉄道会社(私の場合京成電鉄)側が定期券申込書をとっておき、払い戻し時にそれを参照して身分証明書と照合していた。そのため定期券を購入した駅でなければ払い戻しができなかったが、そのかわり特に書類に書き込む必要はなかったように思う。まだその方が私は楽だ。

  1. 2008/04/12(土) 00:04:55|
  2. 鉄道
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国土地理院の地図閲覧サービスが新しくなった

 国土地理院地図閲覧サービス(ウオッちず)が新しくなった。

 ざっと使ってみて以上の点に気がついた。Google MapMapionですでに採用されていた機能が地図閲覧サービスにも搭載されたと行ったところか。地図閲覧サービスは若干使いにくくても、閲覧できる地図が山で使う地図と同じなので重宝する。

 ひょっとしたら他にも機能が増えているのかもしれない。

 

  1. 2008/04/11(金) 00:56:57|
  2. 地図・県境・都市河川
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登山の安全性と禁煙の論理的相似性

 登山の安全性と禁煙はある点でよく似ている。それはどんなに完璧であっても一度失敗するとすべてダメになることだ。

 私は喫煙しないので分からないが、禁煙は難しいらしい。ニコチンの中毒性とかはよく知らないが、確かに1ヶ月、1年喫煙を我慢しても1本吸えば禁煙を破ることになる。

 登山で事故に遭わないことは難しい。どんなに登山に自信があったとしても、どんなに登山歴が長かったとしても、1回事故に遭えばそれは単なる過信だったということになる。

 登山は確実に安全ということはない。どれだけ経験を積んだとしても「私は事故に遭わない」という保証はない。登山能力に自信を持ったとしても、上の論理で言えばその自信は過信である可能性がある。そして過信かどうかを判別する方法は実に事故に遭うか遭わないかだけである。この視点では自信を持つことは不可能な気がする。なんだか悪魔の証明みたいだな。

  1. 2008/04/11(金) 00:22:35|
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村上春樹って何がおもろいの?

 今日ネットを見ていたらこんな2chスレッドのまとめがあった。

 2月に村上春樹「ノルウェイの森」を読んだのだが、残念ながら面白いと思えなかった。

 村上春樹のよさが分からない人が私だけでなくてよかった。分かる人から見れば「君は損をしている」と言うのだろうな。まあ1冊読んだんだから、食わず嫌いではなし、よしとしよう。

  1. 2008/04/10(木) 23:59:08|
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私は百名山病かもしれない - 岩崎元郎「登山不適格者」(1)

 彼らの眼中には百名山以外の山はない。百名山を一つ一つつぶしていくことにしか関心が持てなくなっているのだ。この病気が高じると、「山登りを楽しむ」という本来の目的さえも二の次になってしまう。楽しくなくても頂上に立ちさえすればいい、それこそが自分の求めている満足なのだ、と。

岩崎元郎「登山不適格者」P.47

 百名山病に陥った登山者の頭の中にある地図には、百名山以外の山は記載されていない。一度登った山には、「済」の印がつけられる。「今度は別のコースから登ってみよう」とか、「違う季節に登ってみたい」といった欲求は生まれない。

岩崎元郎「登山不適格者」P.49

 という文章を読んでいて、私が百名山病に陥っていることに気がついた。ただし対象は百名山ではなく県境である。「百名山県境を一つ一つつぶしていくことにしか関心が持てなくなっている」とか「楽しくなくても頂上に立ちさえすれば県境をたどれればいい」とか思っているので間違いない。はっきり言って県境歩きは楽しくない。県境歩きの大半はヤブで、道のないところをヤブをかき分け歩くのだから。ましてや「今度は別のコースから登ってみよう」とか、「違う季節に登ってみたい」とはまず思わない。


 県境縦走のうちヤブ山に対して消極的な点はどうやら「関東ぐるり一周山歩き」の上野さんも同じようである。

 静かな山・湿原の山・昼寝のできる山を好むが、県境歩きを始めてしまった因果か本人の意思に反し、なぜか薮山が多い。

上野信弥「関東ぐるり一周山歩き」P.196(プロフィール)

 さらに上野さんも県境歩きに対して「ほとんどビョーキ」というコメントを残している。お医者さんが「ビョーキ」というとまた重みが違う。

 以上が、関東県境踏破の概略である。こだわりだすと止まらない。あまりにこだわると、ほとんどビョーキ。

上野信弥.関東地方全県境踏破の旅(2).山と渓谷.No. 841, pp. 227-235, Jul. 2005.

 それでも私は県境歩きは続けるだろう。理由はまさに「百名山県境を一つ一つつぶしていくことにしか関心が持てなくなっている」からである。対象が違うだけで構図はまったく同じなので私も同じ病気の亜種、県境縦走病にかかっているのかもしれない。

 岩崎さんはこの章で以下のように締めくくっている。

 しかし、深田さんの日本百名山だけが山ではない。日本には、他にも素晴らしい山はたくさんあるし、低山の中にも山の醍醐味はある。山を愛するものであれば、自分の心の中に”私の百名山”があってもいいはずだ。

岩崎元郎「登山不適格者」P.50

 というと県境以外の山ももっと登るべきということであろうか。それこそ日本百名山でも登ってみようか。でもいまさら人の多い百名山に登る気も起きない。

関東県境縦走の記録(途中経過)
http://nakayamayu.web.fc2.com/record/kenzakai/

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  1. 2008/04/10(木) 23:50:14|
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村松 剛「ジャンヌ・ダルク―愛国心と信仰」(2)なぜただの村娘が取り立てられたか

 シャルル六世発狂のきっかけ(村松 剛「ジャンヌ・ダルク―愛国心と信仰」) のつづき。

 ただの村娘であったジャンヌ・ダルクはシノンにいた王太子のところに行って軍隊の将として取り立てられ、オルレアンを解放する。ここで私が疑問に思ったのは「なぜただの村娘が取り立てられたか」である。そこらへんの一般庶民が「王太子をランスへ案内し、戴冠させなければならない」と言うのは簡単だが、「私がやる」というと話は大きく異なる。そんなことを言い出した娘がいても相手にされないだろう。

 言ってみれば村娘のたわごとがなぜ本気にされたのか、それが不思議だった。村松 剛「ジャンヌ・ダルク―愛国心と信仰」によればそのプロセスは以下の通りである。なお、以下では「ジャネット」=「ジャンヌ」である。

  1. 1424年 ドムレミイ西の檞(かしわ)の森で最初のお告げ。以降何度もお告げを聞く。お告げのうちいくつかはフランス行きを示唆するものだった。
  2. 1428年5月 叔父のデュラン・ラソアを伴い、ドムレミイの北にあるヴォークリュールの守備隊長ロベール・ド・ボオドリクールのもとへ向かう。ボオドリクールからは追い払われる。
  3. 1429年2月 再び叔父を伴ってボオドリクールのもとへ向かう。ボオドリクールからはまた突っぱねられるが、3週間ほどヴォークリュールに滞在する。
  4. ヴォークリュール滞在中にロレーヌの老公シャルルに呼ばれ訪問する。老公がジャネットを呼んだのは、神のお告げを聞いたのなら、自分の健康を治す方法も知っているかもしれない、と思ったからである(老公シャルルは病の床に臥していた)。老公は彼女に4フランを贈った。
  5. ジャネットはヴォークリュールにもどった。彼女はヴォークリュールで、宿を貸してくれていた家の主人夫婦を、すでに心酔させていた。町の住民達も、次第に熱狂的な支持を寄せるようになった。その理由は以下の3点である。
    • 半年前、ヴォークリュールはブルゴーニュ党(王太子と対立する党)の攻撃にあった。
    • ジャネットはそのブルゴーニュ党とイギリス軍を神の命によって追い払うという。
    • ロレーヌの老公がわざわざ彼女を引見している。
  6. ボオドリクールは町の司祭をともなって、彼女の逗留する家に行き、悪魔ばらいをさせた。(中略)結果を見届けてから、彼は少女に剣を与えた。(中略)ボオドリクールは「行け、行け、もうどうとでもなるがいい」といった。守備隊長についに「行け、行け」と言わせた最終的な動機は、オルレアン城外での「鰊の戦い」を、戦いのその日にすでに知っていたからである、といわれている。
  7. 王太子のいるシノンへ向かう。
村松 剛「ジャンヌ・ダルク―愛国心と信仰」(中公新書, 1994 pp. 47-65)

 こうやってまとめてみるとロレーヌの老公シャルルとの会見が、ジャンヌに箔をつけた最初のきっかけではないかと思う。この会見がなければヴォークリュールの人びとを味方に付けることができなかったのかもしれない。ジャンヌが老公シャルルに目をとめられるほどの活動をしていたから、と言えば必然かもしれない。しかし、この会見がなければオルレアン解放もランスの戴冠も、ひいては今のフランスもなかったのではないかとつい歴史のifを考えてしまう。

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  1. 2008/04/09(水) 01:13:16|
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村松 剛「ジャンヌ・ダルク―愛国心と信仰」(1)シャルル六世発狂のきっかけ

 フィリップ・セギ著「ジャンヌ・ダルク」があまりにアレだったので、改めて村松 剛「ジャンヌ・ダルク―愛国心と信仰」を読み返している。

 まえがきでここでは主として公判記録をもとに、歴史的事実の再現につとめたとあるようにできるだけ主観を避けた記述で読みやすい。もっともおおざっぱなところはwikipediaの記述で十分把握できるだろう。

 その中でシャルル6世の発狂についてふれているところがある。シャルル6世とは、ジャンヌ・ダルクがランスで戴冠(=フランス王に即位)させようとしたシャルル7世の父にあたる。このシャルル6世はあるきっかけで気が狂うのだが、そのきっかけが不思議である。

 シャルル六世はいちおう賢明な人物だったらしい。だが不幸なことに、結婚三年目に彼は発狂するのである。ブルターニュ遠征中に、森の中を進軍していたとき、半裸の男が突然馬前に踊り出し、「陛下、おもどり下さい、裏切りです」と叫んだ。それがきっかけだった、といわれている。
村松 剛「ジャンヌ・ダルク―愛国心と信仰」(中公新書, 1994)P. 56

 発狂はできれば人に知られたくないものだから、側近がもっともらしいきっかけを創作しそうな気がするのだが、謎の半裸の男の裏切りの言葉で発狂するというのもよく分からない。私が側近だったら戦いの最中に落馬して頭に傷を負ったとか適当な理由付けてごまかすけどなあ。王の病気は間歇的でときどきは正気に戻るのだから、廃位というわけにもゆかなかった(同、P.56)らしいので側近も下手なウソはつけなかったのかもしれない。

 にしても発狂の理由としては不思議である。

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  1. 2008/04/08(火) 23:50:46|
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鉄塔マニアという存在

 2008年春 - 都県境・すずかけ台駅~川崎市麻生区向原二丁目をアップして、途中ふと気になった電源開発西東京変電所をgoogle検索してみた。そうしたら鉄塔をピックアップしたサイトが出るわ出るわ。

西東京変電所

 確かに私も変電所のトランス群見て興奮したけど、鉄塔には別に何も興奮しないなあ。電柱好きが存在するのは知っていたが、鉄塔は知らなかった。でも鉄塔マニアにとって西東京変電所近辺は鉄塔の集中する興味深いスポットらしい。いままで鉄塔というと地形図に送電線が載っているので山歩きで現在地確認に使う(例えば湯檜曽川本谷)くらいしか気にしたことがない。他人の趣味は分からんなあ。

 もっとも私の県境縦走趣味は他人のこと言えないけど。
  1. 2008/04/07(月) 23:52:49|
  2. 地図・県境・都市河川
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都県境・すずかけ台駅~川崎市麻生区向原二丁目

 2008年春 - 都県境・すずかけ台駅~川崎市麻生区向原二丁目ウェブサイトの方にアップロードした。

 山歩きと体の使う部位が異なるのでヒザなんかはさほど疲れてはいないが、それでもあちこち筋肉痛は残る。今日も昼過ぎまで寝ていようと思ったが11時に起きてしまった。今日は先週の甲斐駒のテント干し、都県境・すずかけ台駅~川崎市麻生区向原二丁目の記録作成に終始した。あと5月の連休の食糧計画を立てなければならない。

 家に引きこもっているのもいいが、外に出るのもいい。

---
 春を感じたことを2点。

 ふだん常温で保存しているごま油が完全な液体になった。最近まで振ってもなかなか出なかったのだが、気温が上がってきたようだ。

 近くの公園で先週使ったテントをたたむとき、サクラの花びらがテントの上に乗っかってきた。払えるだけ払ったがすべては拾えなかった。

 もう春だなあ。
  1. 2008/04/06(日) 23:15:17|
  2. 地図・県境・都市河川
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実家に戻ることにした

 千葉の実家に戻ることにした。理由は以下の通り。

 契約の切れる5月に引っ越す。

 先々週に親の了解も取ったので、あとは引っ越し、立ち会いだ。

  1. 2008/04/05(土) 23:44:38|
  2. 日記
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千葉高山岳部OB会 会報

 千葉高山岳部OB会の会報が届いた。

 ヒマラヤのチョー・オユー(8,201m)を登った方を始めとして、宮之浦岳エベレスト街道、カナダ、恋ノ岐川などみんな精力的に活躍している。

 個人的に興味を持ったのは、八丈小島の太平山へ登ろうとしたが、竹ヤブに阻まれ敗退したという報告。島には一回行ってみたい。特に八丈小島は現在無人島なので行ってみたいものだ。
  1. 2008/04/04(金) 00:57:12|
  2. 登山
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経路変更あり+Suica定期券で継続購入ができなかった

 4月なのでSuica定期券を更新しようと試みたが、券売機で発行できなかった。継続定期券ならば可能なのだが、今回、少し経路を変えたためSuica定期券として買うことはできなかった。分かりやすく書くと以下の通り。
 ○経路変更なし、Suica定期券で継続
 ×経路変更あり、Suica定期券で継続
しかたがないので従来の磁気定期券を購入したが、既存のSuica定期券がまだ70円分残っていて気持ち悪い。早く使い切ってデポジットを返してもらおうと思う。
  1. 2008/04/03(木) 23:55:33|
  2. 鉄道
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博士の就職先のつづき

 博士の就職先のつづき。

 今日、いろいろと用事があって研究室を訪れた。その中で先日博士課程を修了した先輩の4月からの所属を聞いた。それは私の所属していた研究室の助教だった。

 てっきり外部の機関の研究員だと思っていたので意外であった。確かにこれまで学生であったのが、机はまったく同じままでこれから職員というのは何となく人に話しにくい。

 どうやってなるのかは分からないが、博士課程卒には「助教」という就職先もあるのだなと思った。

  1. 2008/04/02(水) 23:22:45|
  2. 日記
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反省すべきこと

 今日、職場で私の行いについて2点指摘された。

  1. 相手に対して高圧的にならない
  2. 口外すべきでないことを口外しない
全文を読む
  1. 2008/04/01(火) 00:59:44|
  2. 日記
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