島ノ中ニ有リblog

島の生活とか、登山とか、Macとか、日記とか

島にセンニンソウが咲いている

 センニンソウが咲いている。

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旧富士見橋で見たヤブの上に繁茂するセンニンソウ

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↑十文字の花弁

 筑波山で咲いているのを親に教えてもらったあと、気づくと島にもあちこちに咲いている。つるで伸びるので木の上に帽子のように咲いていることも多い。秋の訪れを感じる。

  1. 2017/09/19(火) 00:01:54|
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村道白滝線から大久保浜の散歩

 台風18号が過ぎ去って台風一過となったので散歩してきた。歩き始めてからもどこへ散歩に行こうか迷っていたのだが、村道白滝線が通れるかどうか調べようと思い、下って大久保浜へ出た。

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↑村道白滝線の上部は極相林を切土している

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↑日のあたる箇所はヤブが生えている

 ヤブを避けることに集中していたら例の石碑は全く気付かなかった。石碑を探すなら冬の方がいいだろう。

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↑白滝橋から見た白滝

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↑壊れている白滝の水受け

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↑こないだ筑波山で覚えたミズヒキソウ

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↑名前の知らない実。アオノクマタケランに似ているが実は白と黒だ。

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↑波浪注意報発表中の大久保浜

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↑大久保港を波が洗っていた

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↑富士見橋の下にある那牟古神社。なむこ神社と読むのだろうか。

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旧富士見橋の前後はアスファルトコンクリート舗装が敷かれていた。

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↑旧富士見橋のたもとに石が祀られていた。

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↑台風一過の雄山の空

 台風一過だったが、島なので蒸し暑かった。1時間強の散歩であった。

  1. 2017/09/18(月) 23:45:16|
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三宅島を舞台のモチーフにしたモーターレースのアニメ「つうかあ」

 三宅島を舞台のモチーフにしたアニメ「つうかあ」が10月から始まるそうだ。

 アニメの情報には敏感にしているつもりだが、職場で聞いて知った。レーシングサイドカーという2人1組のモータースポーツに挑む女子高生たち、というストーリーのようだ。

 ウェブサイトを見るとトップには大路池で憩う女子高生たち、PV第二弾を見ると立根橋付近を東向きに飛ばすサイドカーが出てくる。三宅島に住んでいる人間ならわかると思う。

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ウェブサイトを見ると三宅島観光協会も参画しているようだ。

 しかし、何もモデルとなるような場所を決める必要のあるスポーツではないだろう。富士スピードウェイ、筑波サーキット、岡山国際サーキットなどRACING SIDECARとはがレース場になっているみたいだからそれらをモデルにすれば現実味がわくと思う。三宅島とモータースポーツのリンクを考えると今でも行なっているバイクのエンデューロレースだろうか。モチーフにする背景を見にわざわざ三宅島まで来るのだろうか。写真だけだといまいちイメージがわかないと思う。

 職場の人とはストーリーがわからなくても三宅島のどこが写っているとか見れば面白いだろうと話した。一方で三七山のカーブが曲がりきれないとか落石があったとかそんな描写があると道路管理者として楽しめないと話した。

  1. 2017/09/18(月) 00:43:57|
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富賀神社の大祭の引き渡しのけんかの理由と儀式の手順

 富賀神社の大祭の引き渡しのけんかの理由と儀式の手順を知った。

 一方で、神輿を他の地区に引き渡す儀式の際、ハチマキやタスキを取るなどの礼儀を守らない者がいると「受け取らない」「渡さない」と喧嘩になることもあることから「けんか神輿」とも言われている。

 午後4時、神輿受け渡し場所に大勢の見物人が訪れ見守る中、神輿を中央に安置して行われる儀式は厳粛で、神輿点検、盃、手打ち、廻し旗受け渡し、木遣りのあと、祭典委員長の合図で神輿の受け渡しとなる。

富賀みこし島内巡行,東京七島新聞 2017年(平成29年)8月18日(金曜日) 1面
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↑伊豆から神着への引き継ぎ

 今年参加してみて初めて知ったが、けんかの理由は上記のハチマキ、タスキや、引き渡しの境界線から自分の集落側に神輿を引き込んでから神輿をもまなければいけないそうだ。参加するまではどさくさに紛れて気に入らない人をぶん殴るとかだろうと勝手に思っていた。

 また、引き渡しは参加しても、観客していてもよくわからなかったので上の手順を知ると次回祭りに参加するとき楽しめそうだ。

  1. 2017/09/06(水) 00:30:31|
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大久保浜で行なっている無縁仏の慰霊

 大久保浜でお盆に無縁仏を祀っているそうだ。

 今年も大久保浜に海難事故などで亡くなった無縁仏などを迎えて慰める「無縁様」ができた。白い大きめの石で囲いが作られ、その中に香花を立て、細かい砂で敷き詰められた無縁様は綺麗な大小の貝殻で飾られている。

(中略)

 生前、「無縁様を作り続けて」と言っていた青山ツギさんの娘、孫、ひ孫たちが、今年も無縁様を作り、盆の間中、水、供物、牛馬の飼い葉を供え、線香を立てて無縁仏を慰めた。

大久保浜の「無縁様」,東京七島新聞 2017年(平成29年)8月18日(金曜日) 1面

 海難者の慰霊碑は釜方海岸など島内の何箇所かでみられるが、毎年お盆ごとに慰霊するのは初めてみた。島では過去に遭難して漂着する人は多かっただろうが、無縁仏もていねいに祀るのは島の人の気持ちが優しいと感じる。

  1. 2017/09/05(火) 00:33:56|
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家にカマキリやハンミョウが入ってくる

 先日カマキリとセミが入ってきたが、家にいろんな虫が入ってくる。

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↑ハンミョウらしき虫

 家には隙間がないと思うのだが、どこからか入ってきたようだ。「ハンミョウ」で検索すると鮮やかな玉虫色の羽の虫がたくさん載るが、赤い羽の虫は載っていない。形は似ているが違う虫だろうか。

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↑ひっくり返ったカメムシ

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↑バッタみたいな虫

 他にもバッタみたいな虫が入ってきたりひとりでいても賑やかな部屋である。

  1. 2017/08/30(水) 20:51:13|
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為朝の打ち抜き岩を見てきた

 為朝の打ち抜き岩を見てきた。

 前にも行ったことがあるのだが、行ったことがない人を案内して行った。しかし、私も正確に道を覚えていなかったのでやや手探りであったが、たどり着けた。

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↑ツル根崎側から見た為朝の打ち抜き岩

 改めて見てみると為朝の打ち抜き岩だけ磯に立ち上がっていて、まるでホチキスの針を立てたかのようだ。周りの岩は風化して崩れてしまったのだろうか。その割に打ち抜き岩自身も上部は堆積岩で崩れているところがあり、一概に岩質によるものとは言えなさそうだ。

 私自身は地質学のたしなみがないので誰か詳しい人に聞いてみたい。

  1. 2017/08/13(日) 17:23:21|
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明日葉興産のうどん卯月

 伊豆の明日葉興産のうどん卯月でうどんを食べた。

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↑明日葉興産のうどん卯月

 場所は都道沿い、伊豆岬入口と平山橋の間の海側。以前から明日葉興産の看板は見ていたが、最近うどん屋さんを開いたと聞く。

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↑ざるうどん大600円

 ご主人1人で切り盛りしているからか昼の混雑時は時間がかかる。うどんは弾力があってうまい。明日葉の香り・味は私にはよくわからなかったが、同席した人はのどを通るときに明日葉の風味を感じると述べていた。昼も夜もやっているようなので夜にも訪れてみたい。

  1. 2017/08/12(土) 00:01:39|
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富賀神社大祭の引き継ぎを見た

 富賀神社大祭の引き継ぎを見た。

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↑伊豆から神着への引き継ぎ

 お神輿が島内を巡るお祭りのうち、一番の見どころは各地区のお神輿の引き継ぎである。5つの地区があり、4箇所で引き継ぎが行われる。引き継ぎ元が力を振り絞ってお神輿をもんでから中間線にお神輿をおき、神事が終わって引き継ぎ先が一斉にお神輿を取りに行くのは見ていて力が入る。

 ところでこの巡り神輿はずっと昔からやっているものだと思っていたが、明治ごろからのようだ。

 さて、この巡り神輿はいつから始まったのでしょうか。東京都の文化財指定の説明資料によれば、1883(明治16)年頃と記されています。当時の三宅島の道路事情を考えると島内を神輿が一周することはとても難しいことだったと想像できます。

 道路の悪さが課題となり、1884(明治17)年から「官道大普請」が行われ道路の改修が進んだという記録もあります。それでも道幅は、「一間」ですから2mもありません。神輿の大きさも小さく担ぎ手の人数も少なかったと考えられます。

ディスカバー三宅島 祭りの年,広報みやけ No.569 2017.8.1

 なるほど考えてみれば伊ヶ谷阿古間などは都道ができる前は山道が続いていたと考えられるし、歩くのでやっとだろう。意外と歴史をひもとくと100年くらいの伝統は多くありそうだ。

  1. 2017/08/07(月) 16:55:40|
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富賀神社大祭に参加した2017

 富賀神社大祭に参加した。

 縁あって伊ヶ谷の1日目の神輿担ぎを手伝った。浴衣は借りて足袋だけ買った。

 14:30に伊ヶ谷をバスで出発し、鉄砲場の交差点で阿古からお神輿を受け取る。よそ者の私は白線から前には出ず、白線から伊ヶ谷よりでお神輿に触れる。またバスで移動し、旧農協の集荷場から伊ヶ谷港線入口まで、伊ヶ谷港バス転回所から伊ヶ谷ふれあい館まで神輿を担いで最後に后神社に宮入りした。

 掛け声とともにお神輿を左右に振る(みんなは「もむ」と呼んでいた)のは体力的につらかった。暑くて倒れそうだったので神輿から離脱してしまった。持久力があればいいと思っていたが、持久力だけでなく、もむ際に瞬発力が必要で体力がいる。夜になった今も右足がつりそうだ。

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↑伊ヶ谷の浴衣を着た私

 明日は客を迎えるのでお祭りは見るだけだが、正直今日1日だけでよかったという思いだ。

  1. 2017/08/05(土) 21:28:22|
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