島ノ中ニ有リblog

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三宅村文化会館でアニメ映画「この世界の片隅に」を見てきた

 坪田にある三宅村文化会館で映画を上映するというので見にいってきた。

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↑三宅村文化会館

 三宅村文化会館は平成27年7月完成。私は平成27年3月に島を離任したので完成を見ていない。中に入ったこともなかったのでちょうどいい機会であった。中はステージとスクリーンがあり、パイプ椅子が200脚くらい並んでいた。客の入りは半分程度。

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↑「この世界の片隅に」上映会

 映画の題目はアニメの「この世界の片隅に」。広報みやけに挟まれていたチラシには昨年の大ヒット映画、と書かれていたが、全然知らなかった。はやりには全く疎い。

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↑「この世界の片隅に」のチラシ

 戦時中の呉を描いたもので、広島生まれの主人公すずが呉に嫁ぎ、終戦を迎えるまでの話。はじめの1時間くらいは祖母の家を訪ねたり、義理の姉径子につぎはぎのモンペを直すよう言われたり、姪っ子の晴美に描いた絵を見せたりなど日常を描いている。戦況が悪化するにつれ、配給が減りご飯を煎ってから炊いて分量を増やしたり、スギナやタンポポ、スミレやカタバミを使って食卓の皿を増やしたり、工夫をする。径子と晴美の疎開に合わせて呉駅近辺まで出てきたときに空襲が起こる。

 のんびりとした性格のすずは空襲があってもさして動じることもない。おっちょこちょいなところについ笑ってしまう。絵を描くのが好きなのはいいことだが、物語の後半状況は悪化する。

 戦争を体験したことはないが、その生活ぶりは国語の教科書などでなんとなくわかる。戦争ものは悲しい物語になるのがわかっているが、感情移入して悲しくなってしまう。戦争が日常を奪い去るものであって繰り返してはいけない、という思いを新たにする物語であった。

  1. 2017/06/25(日) 20:07:46|
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伊豆の薬師堂の光るキノコ

 伊豆の薬師堂に光るキノコがたくさん見られると聞いて見にいってきた。

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↑枯れ木に生えたシイノトモシビダケ

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↑レベル補正をかけた光るキノコの写真

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↑キノコがたくさん生えた枯れ木

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↑この二股の木にキノコがびっしりついてまるで星明かりのようであった。

 光るキノコが見られるといってもたいてい一つの枯れ木に3つくらいが生えている程度だ。今日は枯れ木に10を超えるキノコが見られ、それも何箇所かで見られた。特に最後の写真の二股の木は100くらいのキノコが光っており、はじめキノコと気づかず月明かりが落ちているのかと思ったくらいだ。

 なんとか写真に収めたいと思ったが、PENTAX K-Xではマニュアルフォーカスにしてもピントが合わなかった。OLYMPUS STYLUS TG-835 Toughでも夜景モードで何枚か撮った写真のうち、1枚なんとかキノコの残像が見られる程度に写せた。

 PENTAX K-Xももう買ってから8年経つし、ダイヤルゲージもまた壊れてAvから切り替わらないし、新しく買い直そうかと思う。

  1. 2017/06/23(金) 23:20:07|
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雄山に緑が増えてきたと感じる

 3年ぶりに三宅島に戻って来て雄山に緑が増えてきたと感じる。

 4月から6月にかけては緑が増える季節であることを引き算して考えても、以前は雄山の山頂部に緑は見えなかった。

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↑緑が増えたものの侵食の止まらない金曽沢

 とはいえ、金曽沢は崩れ続けているようだ。三池港で船を待っている間、山を振り向くと金曽沢の崩れがよく見えた。きっと安定勾配ではないのだろう。安定勾配になるまで崩れ続けるか、途中で岩が出てきて自立するか、植生が根付くかするまで崩れるのだろう。

 幸田文「崩れ」は富士山大沢崩れなど日本各地の崩れゆく斜面を訪れたルポルタージュだが、この金曽沢もそれらに劣らず大きな崩れだと思う。

  1. 2017/06/16(金) 22:44:56|
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某大学が御蔵島で遭難した白髭の滝

 御蔵島で某大学が遭難したのは島の南東部にある白髭の滝付近だそうだ。

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↑御蔵島観光案内所にあった白髭の滝の紹介文

 前に書いたみくらごよみの記事では「1996年5月6日 ○○大生遭難で島民大迷惑」(大学名は伏せる)とあり、どんな風に遭難したのかちょっと気になっていたのだ。

 私が探検するとしたら平清水川に下りたい。御代が池の入口から沢を下っていけば滝はなさそうだ。川口の滝を上から見て懸垂下降で海べりまで下ってみたい。昔は平清水川に下る道があったと島の人から聞くが、今は道はなく登山道であってもガイド付きでなければならない。山屋としてはちょっとつまらない。

  1. 2017/06/13(火) 19:26:23|
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久しぶりの三池港からの出港

 三池港から出港した。

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↑三池港に着岸する橘丸

 今年三宅島に来て3度目の島出だが、出入りはいつも錆ヶ浜港で三池港は初めてだ。6月なのに西風が強かった。そのぶん船も20分遅れの入港であった。

 三池港で定期船を見ているとタモリ倶楽部でやっていた第一回着岸選手権を思い出す。3位に御蔵島港に着岸する橘丸、1位に三池港に着岸するさるびあ丸が入っていた。主エンジンによる大まかな接近、スラスタによる高速かつ柔軟な接近、艫綱による防舷材への着岸を見ていると船員さんの腕の鮮やかさに見ていて飽きない。

  1. 2017/06/11(日) 00:26:35|
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藺灘波島は「いなんばとう」と読む

 藺灘波島は「いなんばとう」と読むそうだ。

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↑「いなんばとう」とフリガナのある紹介

 私は「いなんばじま」と呼んでいたのだが、御蔵島観光案内所で「いなんばとう」とフリガナが振ってあった。考えてみれば「藺」はともかく「灘」も「波」も音読みである。「島」も音読みが自然である。

 もっとも島にいると三宅、御蔵、など「島」を略して呼ぶことが多いので「藺灘波」と呼んでも違和感がない。あんまり決まった読み方もないのかもしれない。

  1. 2017/06/09(金) 00:00:26|
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伊ヶ谷の不受不施派の墓がキレイになっていた

 伊ヶ谷の不受不施派の墓がキレイになっていた。

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↑不受不施派僧の墓

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↑墓は白い砂利敷になっていた

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↑5年前の不受不施派の墓の入口

 初めて見たときは豊臣秀吉のころの流人の墓があることに驚いた。不受不施派も何かの授業で習ったような気がするので、歴史あるいは宗教の教科書に出てくるようなできごとに関わりがあると改めて勉強したくなる。

 それをちゃんと管理する人がいたことにまた驚いた。もう400年も経ったのに途切れずに教えを守り、墓を整備する人がいるとはそれだけ尊い教えということだろう。整備内容も木製の階段を石段にして手すりをつけ、切土には植生マットをかけて、ちょっとした土木工事である。工事費100万円くらいだろうか。島内で工事業者を手配するのも一苦労だと思うし、よく管理すると思う。

  1. 2017/06/08(木) 00:14:05|
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「伊ヶ谷風土記」にある「あおさ山神社」の記載

 環状林道の伊ヶ谷地区にある鳥居が「青沙山(おおさやま)神社」かどうか、村の図書館で資料を探した。

 笹本亀治「伊ヶ谷風土記」に「あおさ山神社」という神社について触れられていたので抜粋しよう。

 次に部落の真上にある”あおさ山”と云う場所にあおさ山神社と呼ぶ神様がある。この神様の弥宣は石井友一氏であるが(仲町の分家)いま東京に移転しまったので、その親戚である桜田弥之助氏家で代行しているが、この神社には一つの口碑がある。村に大火があってその復興に用材不足で困ったのに起因して、村がその所有地を将来用材確保のため各家に割当てた。今でもあおさ山割地といって残っている。その割地整地のため、いま弥宣をしている石井友一氏の先祖が、その地へ行って鍬入れをしたところ、その鍬先に硬い石が当って、その石に神という文字がきざまれていたのでその作業を中止し帰り、そのころ予言的な口碑する巫女に拝んでもらったところ、その地は神の域であるので、開墾を止めて祭祀すべきと申されたので、その開墾を止め、代え地をもらって村で話し合ってその地を神地域としてあおさ山神社と申上げ、山の神を招神申上げた、とのことである。今では毎年一月九日を例祭日と定めて祭典を行なっておる。神地域は樹齢何百年と思われる椎木、その他鬱蒼として昼なお暗く、島にあっては伊豆の御祭神社、神座山神社とともに森閑として一種異様な感に包まれる。

笹本亀治「伊ヶ谷風土記」昭和51年2月1日発行P.9

「弥宣」という言葉は聞き慣れないが、「禰宜」の間違いだろうか。ずいぶんと山の上の方まで植林地にしようとしたようだ。昔はあちこちに歩き道があっただろうし、伊ヶ谷は斜面が急なので伐木の搬出が比較的容易なのかもしれない。

 伊ヶ谷にある青沙山神社あるいはあおさ山神社について見つけられた文献は「伊ヶ谷風土記」だけであり、残念ながら場所についての言及は見当たらない。私が見たのは他の神社の可能性もあるが、状況証拠から青沙山神社あるいはあおさ山神社と呼ばれる神社だと思う。

  1. 2017/06/07(水) 00:42:44|
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海楽の昼飯「白身魚のフライ定食」

 海楽で昼飯を食べた。

 日曜日の昼、腹が減ったがご飯を作る気も起きない。料理しなくてもよいパンもない。ちょうど図書館に行こうと思っていたので阿古で昼飯を食べることにした。

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↑日替わりの白身魚のフライ定食800円

 車を運転しながらどこにしようかと考えて海楽にした。私はものぐさでご飯を作るのも面倒だが、店で食べる一人飯もおっくうだ。島内のお店も1人で入ったことがある店はほとんどない。海楽なら職場の飲み会などで何度か入っているので比較的入りやすかった。

 13時過ぎと遅い時間だったが、14時までの営業なので間に合った。メニューは安価な日替わりを頼んだ。揚げたてのフライを頬張るとうまい。3きれのフライを食べるとお腹もふくれ、昼寝したくなるくらいであった。

  1. 2017/06/06(火) 20:29:44|
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雄山登山線の工事が進んでいる

 雄山登山線の工事が進んでいるようだ。

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↑雄山登山線の工事看板

 雄山登山線は神着林道の終点から雄山に伸びる自然公園の歩道。環状林道に神着林道の入口があり条例により通行止めになっている。工事看板は公衆の見えるところに置く必要があるためか環状林道と神着林道の分岐点にあった。いずれ自由に登れるようになるといい。

  1. 2017/05/31(水) 00:04:58|
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