島ノ中ニ有リblog

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新田次郎「風雪の北鎌尾根・雷鳴」の各短編感想

 新田次郎「風雪の北鎌尾根・雷鳴」を読み終わった。各短編の感想を簡単に書く。「寒冷前線」「風雪の北鎌尾根」は別立てで感想を書いているのでそちらを参照のこと。

吉田の馬六
強力の馬六が稼いだ金を新しい妻に奪われる話。後味悪い。
霧の中
山で偶然会った男女が下界でまた偶然に再会する話。長編の第1章っぽいがそこで終わり。
寒冷前線
新田次郎「寒冷前線」参照のこと。
三つの遭難碑
北岳バットレス中央稜で死んだ3人の捜索費用の捻出に苦慮する山岳会の会長の話。1つの遭難碑を作ろうと思ったのに、大樺沢に赴くと遺族がそれぞれ遭難碑を建てていたという救われない話。
古城
スイスアルプスの古城に現れる幽霊の話。あんまり面白くなかった。
雷鳴
専門的な山登りとハイキングのプロセスのちがいに着想の妙を得たと裏表紙にあるが、単に女性を連れて山を歩くのに背伸びをして恥をかいたという話。
黒い雪の夢
就職して登山を始めた娘を持つ六城ふきは黒い雪が降る夢を何度も見る。娘がいずれ山で遭難死するのではないかと不安がるという話。結末は六城ふきにとって予想していない分、遭難死よりもショックが大きいかもしれない。
風雪の北鎌尾根
新田次郎「風雪の北鎌尾根」参照のこと。
モルゲンロート
津屋栄司は友人の結婚式で知り合った主人公の千穂にラブレターを送るなど熱心なアプローチを行っていたが、北鎌尾根を単独で縦走しようとして亡くなる。千穂は高校時代の友人の絢子、美津子、その従兄の柿崎順一と槍ヶ岳の見える山に向かう。千穂は大天井岳で津屋栄司からもらった手紙を誰にも見られぬよう焼いてしまおうとするが…という話。上の話とは違ってロマンチックな話。
雨の北穂小屋
北穂小屋の手伝い7年の鮎淵一雄ことアイちゃんが、何日も泊まる客の五瀬庄司の変わった言動に振り回される話。雨が上がることや遠くに見える縦走者の女が妊娠していることをどうやって看破したのかが明らかにされず歯切れが悪い。
牧草地の初雪
訳あって家を出ていたローゼが里帰りした際、村の若者が何人も求婚しようとする。ローゼには本命がいて何とかして2人だけで式をあげたいと試みる、という話。日本人旅行者が中立な立場でそのお手伝いをする。
チロルのコケモモ
スイスを旅行する日本人旅行者がドイツ人の新婚夫婦のケンカに振り回される話。バカップル勝手にやってろ的な結末。
風が死んだ山
双六池のテント場に水を飲みにくる幽霊の音をテント内のみんなが聞く。その真相を解明しようとするとある男の遭難死がわかり、集団催眠に陥った理由が明かされる。
  1. 2016/11/14(月) 00:27:10|
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新田次郎「風雪の北鎌尾根」

 新田次郎「風雪の北鎌尾根」は有名な松濤明「風雪のビバーク」をもとにした小説。

 新堀篤と前島耕一が冬季初登攀を目指して入山したが、季節外れの雨、冬用テントの凍結による使用不能により、ツェルトによるビバークを余儀なくされる。そのツェルトも凍って使い物にならなくなったころ、北鎌平の登り口に到達し、彼らは雪洞を掘った。しかし、最後の頼みの綱のラジュースがこわれ、火がつかない。ほとんど眠れぬ夜を過ごした後、穂先を目指して歩き始めるものの突風によって2人は千丈沢に飛ばされる。

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↑元旦の北鎌尾根(2006年冬 - 北アルプス・槍ヶ岳北鎌尾根[6/7]

 冬の北鎌尾根は困難である。私たちが登ったときも8日間かかり、入山初日は雨の洗礼を浴びた。テントが使用不能になることはなかったが、私は経験も少なく凍傷になった。

 昭和23年の年末というから当時はテントも重く、防水性も弱いものだったのだろう。テント、火器の重要性を感じさせる小説である。しかし、新田次郎は「孤高の人」や「栄光の岩壁」のように長編として松濤明を描いていない。「風雪のビバーク」があまりに有名すぎて二匹目のドジョウのそしりを免れないと考えたのだろうか。

  1. 2016/10/21(金) 00:05:07|
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新田次郎「寒冷前線」

 新田次郎「風雪の北鎌尾根・雷鳴」を読んでいる。

 短編集で収録の「寒冷前線」に目を留めた。昭和32年2月10日に奥多摩の鷹ノ巣山から六ツ石山にかけての石尾根で4人が遭難する話だ。氷川から鴨沢・七ツ石山を経由して雲取山を往復する予定であったが、天気がよいため七ツ石山から氷川へ石尾根を下る計画に変更する。鷹ノ巣山を過ぎてにわか雪が降り始め、六ツ石山の手前でビバークする。

 ひどい寒さであった。固形燃料は四人のかじかんだ手を温める役にしか立たなかった。かちかちに凍った靴の紐をといて、足をあたためる程の燃料の持ち合わせはない。四人はロウソクを囲んで、固く身を寄せ合っていた。ロウソクの火が消える時が四人にとって一番危険な時のようであった。

新田次郎「寒冷前線」,「風雪の北鎌尾根・雷鳴」(新潮文庫,1995)P.68, 69
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↑足跡の少ない七ツ石山から鷹ノ巣山への縦走路(2017年冬 - 奥多摩・雲取山

 これを読んで不思議に思った。P. 67には天候の急変は明らかになったが四人のパーティーのいる場所の近くには小屋がなかったとある。鷹ノ巣山避難小屋があるではないか。また、峰谷や日原へ下る尾根もある。

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↑鷹ノ巣山避難小屋(2010年春 - 奥多摩・雲取山

 鷹ノ巣山避難小屋が比較的新しいことを考えると当時避難小屋はなく、峰谷や日原へ下る尾根は一般的でなかったのだろうか。具体的な日時、当日の気象に言及しているところを見ると実際にあった事件を基にした小説だろう。主人公の並木という苗字も青梅でよくみる苗字だ。ひょっとしたらこの事件を機に小屋を建てたのだろうか。

  1. 2016/10/20(木) 00:38:11|
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新田次郎「聖職の碑」

 新田次郎「聖職の碑」を読んだ。

 伊那駒ケ岳稜線上に聳え立つ遭難記念碑…大正2年8月26日、伊那駒ケ岳登山中の中箕輪尋常高等小学校生徒ら37名は、突如襲った台風に遭難、11名の死者を出した。信濃教育界に台頭する理想主義教育と実践主義教育との狭間に、深い哀しみと問題を残したこの惨劇の実相を、著者自ら登攀取材した長編小説。

新田次郎「聖職の碑」(講談社文庫)裏表紙

 という小説。伊那駒ケ岳、木曽側から呼ぶと木曽駒ケ岳に私は登ったことがない。木曽御嶽山も登ったことがないが、少々遠くてそこまで足を延ばすなら南アルプスか八ヶ岳で満足してしまう。

 当時の天気予報の限界と結果的に撤退の時期を誤ってしまった遭難例を描いている。夏にもかかわらず悪天候に襲われ力尽きていく様子は2009年のトムラウシの遭難事故を思い起こさせる。学校の行事として行っていたが、現代で同じ事故があれば強く非難されるだろう。千葉県の高校でも冬山に行くなとか合宿は2泊3日までにしろとかうるさいらしい。役所らしい事なかれ主義なのだろうが、冒険心をそぐような真似は登山の醍醐味を奪っているように感じる。

 この小説でも同様の懸念が現れる。つまり事故を起こしたことにより、登山を禁止することにならないかと。生き残った有賀が長野県の学務課長にそれを尋ねるシーンがある。

「学務課長は修学旅行登山についてどのように考えておられるのでしょうか」

 ああそのことですか、渡辺の顔はややほころびたようだった。

「長野県は山国です。本県から山を取ったらなにが残るでしょうか。山をこどもたちの錬成の場と考えるのは誰でも同じです。学務課長もそのことについて反対してはおりません。周到な準備のもとに行われるならば、いっこうにかまわないと思います。登山は禁止などということは県の面目にかけてもできないことです」

新田次郎「聖職の碑」(講談社文庫)P.276

 まったく簡潔に修学旅行登山を継続する理由を述べている。これを読んで私もほっとした。好奇心や探究心同様、冒険心は抑えようと思っても抑えられるものではない。安全にも注意を払いながら山に登ることは健全な肉体と精神を養うのによいと思う。

 この小説は新田次郎には珍しく、「取材記・筆を執るまで」という60ページに及ぶあとがきがある。そこで触れている長野県民の気性が読んでいて面白い。

 私は、下諏訪町の湖国新聞の主筆をしている、市川梶郎氏を通じて、まず上伊那の箕輪町へ取材に行くにはどうやったら一番いいかを相談した。信濃というところはどこへ行っても前もって、ちゃんと筋を通しておかないと、

「おらあそんなことは知らねえぞ」

 とそっぽを向かれる可能性がある。

新田次郎「聖職の碑」(講談社文庫)P.297

「小説はもともと虚構でかためるものでしょう。私が真実を話したところで、そのとおり活字になるということではないから、むしろ私の話なんか聞かずに、あなたの思った通りに書いたほうがいいじゃあないですか」

 と云われた。これには参った。時々彼の顔を影のように走る冷笑にも心を許せなかった。語彙が豊富であり、表現が適確だった。頭脳のいい人だと思った。唐沢可作氏は温い人柄を感じさせたが、東城規矩男氏は今度の取材中でもっとも信州人らしいクールなタイプの人であった。

新田次郎「聖職の碑」(講談社文庫)P.332

 私も信州人の血が流れているのでなんとなく雰囲気はわかる。理屈っぽくて思い通りにいかないとヘソを曲げるのは私も同じだ。新田次郎も諏訪の育ちだからよくわかるのだろう。このへんはなんだかこっけいな感じで読めて面白かった。


聖職の碑 (講談社文庫)聖職の碑 (講談社文庫)
(1980/12/10)
新田 次郎

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  1. 2014/11/05(水) 00:29:16|
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映画「八甲田山」

 映画「八甲田山」を見た。

 半年以上前に録画したまま見ていなかったのだが、昨日、何気なくBSのチャンネルを回していたら放送していたのを見て思い出した。どうせ風邪で寝ているだけだし、と見てみた。

 2時間54分と長い映画だが、内容を知っていれば退屈にはならなかった。Macで地図を表示しながら追っかけていったので飽きずに見られた。

 2点驚いたのだが、1つ、役者が豪華なこと。Wikipediaによると、主役の2人である神田大尉に北大路欣也、徳島大尉に高倉健。命令系統を乱した山田少佐に三國連太郎、山田少佐に随行した倉田大尉に加山雄三と俳優に疎い私でも知っている名前がずらずら並ぶ。他にも大滝秀治、丹波哲郎、藤岡琢也、緒形拳、森田健作など、有名どころがたくさん出ている。コメディアンのイメージが強い大竹まことも最初に死ぬ兵卒として俳優を務めている。映画の大半では顔が外套に隠れてしまって見えないのだが、調べた上で適宜画像を止めながら見ると顔が認められた。北大路欣也は今見る姿に比べてあまりに若く何度も見てやっとわかった。高倉健は全然変わらなかった。

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↑一晩テント外に置いたアイゼンとピッケル(鹿島槍ヶ岳天狗尾根にて)

 もう1つが過酷なロケ。

 実際に真冬の八甲田山でロケを敢行し、日本映画史上類を見ない過酷なロケとして有名になった。遭難現場は八甲田山北東斜面だが、ロケは八甲田山北西の寒水沢、酸ヶ湯温泉付近や岩城山の長平、奥入瀬などでも行われた。

八甲田山 (映画) - Wikipedia

 吹雪のようすはカメラの前に雪を散らすなどして撮影可能であるが、髪や髭に氷がつくほどとなると相当時間吹雪にさらされないとできるものではない。そんな中で気が狂って裸になる役や雪の中に埋まってから掘り出される役などもはや正気の沙汰ではない。

 当時のことだからCGを使おうにも難しいだろうし、現場で撮影すれば臨場感もあり役者の演じ方も真に迫ったものを得られるだろう。それにしても厳しいと思う。一方で「劒岳 点の記」などCGを使わないことで定評のある木村大作が撮影に加わっていることを考えると、氏がこの映画に大きく影響されていると思う。現代で撮影しようと思っても誰も務める俳優がいないんじゃないかと思う。

 昔の人はすごいなと思わせる映画であった。

  1. 2014/09/08(月) 00:16:55|
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NHKドラマ「芙蓉の人~富士山頂の妻」

 NHKドラマ「芙蓉の人~富士山頂の妻」を見た。

 小説は4年前に読んだのでタイトルを見てピンと来た。気が向いたときは見ていたが、ちゃんとみたのは第5回と第6回だけである。

 気象観測の価値にこだわり栄養失調になっても下山しない野中到とけなげに支える妻千代子の辛抱強さがよく描かれていた。最終回では救出に来た気象台の和田が下山を命ずる場面があったが、強情をはる野中夫妻と人命を優先させる和田との葛藤がよかった。現実には夫妻とも病気であったろうしたとえ抵抗しても言葉少なであったろうと思うが、ドラマの見せ所としてよかった。

 Wikipedia によるとドラマ化は初めてではなく、4回目だそうだ。ロケも大変だと思うのだが、封建的な家制度が残る明治時代において一心に夫を支える妻の姿が、保守的な層にでも受けているんだろうか。観測所の外の映像も見ていたが、背景に火口も見えいかにも富士山頂に見える。でも実際に富士山頂で撮影しようとしたら夏は登山客が多く、冬は吹雪でまず無理だ。合成なのか、でも合成にしてはだいぶ引いた絵を撮っているしどうやって撮っているのだろうとちょっと不思議に思った。

芙蓉の人 (文春文庫)芙蓉の人 (文春文庫)
(1975/01)
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  1. 2014/09/08(月) 00:07:06|
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新田次郎「山が見ていた」

 新田次郎「山が見ていた」を読んだ。表題作ほか、15篇が収録された短篇集。山に関するものは以下の2つ。

山靴
登山を趣味にする地村健司が、登山に反対する実母と嫁との葛藤の末、凍傷をきっかけに2人と決別する話。
山が見ていた
免許取りたての宮河久男が宅配の際に車で子どもをひいてしまう。慌てた宮河は捕まるのを恐れ、奥多摩の大岳山で死のうとするが、降雪に遭い、逆に中学生を助けて下山する。ひいた子どもは何ごともなく親も問題にしていなかった。

 表紙裏には「ミステリー15篇」とあるが、さほど謎解きの要素もあっと驚く展開もない。読み物として読むとよいと思う。


山が見ていた (文春文庫 (112‐28))山が見ていた (文春文庫 (112‐28))
(1983/02)
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  1. 2012/11/16(金) 23:56:49|
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新田次郎「富士に死す」

 新田次郎「富士に死す」を読んだ。

 江戸時代に富士講中興の祖となった乞食身禄の話。

 近年、富士山の登山者数は増加傾向にあるが(平成23年度の富士山登山者数について || 富士箱根伊豆国立公園 [環境省])、行者となるとそう多くはない。1回の山行で1組か2組くらいしか見ない。それでもほぼ夏の富士山では白装束の集団を毎年見ている気がする。

 昔の富士山がいかに商業主義に染まっていたかは富士泥棒 - 菊池俊朗「山の社会学」に書いたが、その一方で拝金主義を批判し、ただひたすらに浅間大菩薩の教えに従っていた人がいたということは言われてみれば想像に難くない。ちょうどルターによるカトリック批判と同じだ。

 富士山は浅間神社の境内地であることはこれからも変わらないだろうが、登山者が増え、世界遺産にも登録されれば、富士講の文化的な価値も高められるだろう。しかし、特に入山料も取られず、五合目まで容易にアプローチでき代参する理由もない今、富士講の役割は終わりつつあるように感じる。


富士に死す (文春文庫)富士に死す (文春文庫)
(2004/05)
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  1. 2012/09/21(金) 23:48:21|
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新田次郎「風の遺産」

 新田次郎「風の遺産」を読んだ。

 偶然がもたらした井村と蓉子の邂逅。二人は共通の趣味、登山を通して深く関わりあっていった。乾徳山、鷹取山、丹沢……。しかし、蓉子は人妻だった。そこに悲劇の芽は孕まれていた。冬の谷川岳で、二人は猛吹雪に七日間閉じ込められてしまう。生還を期する彼らを待ち受けるものは…。異色山岳小説。

新田次郎「風の遺産」(講談社文庫,1988)裏表紙

 もともと「婦人生活」という女性向けの雑誌に載せていたそうで、不倫を扱っている。蓉子はあくまで登山仲間として伊村と付き合うが、秀一はそこに恋愛感情があるのではないかと疑う。すれ違いは深まりやがてある結末となる。そのすれ違いの過程が小説として面白い。

 山岳小説としては、乾徳山や丹沢の勘七ノ沢、茂倉岳など登ったことのある山が多いので、イメージはつかみやすかった。しかし、常に冷静な伊村が冬季に1日で茂倉岳を往復できると考えてテントも持たずに入山するというのは、ちょっといかがかなと思った。


風の遺産 (1981年) (講談社文庫)風の遺産 (1981年) (講談社文庫)
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  1. 2011/10/02(日) 21:10:47|
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新田次郎「三つの嶺」

 新田次郎「三つの嶺」を読んだ。

「たとえ恋愛中の男女でも、パーティーを組んで大きな岩壁をひとつ越えると、その恋愛はおしまいになる」という……。妹としてともに育ったイタリア娘を同時に愛した一卵性双生児ーー山はこの悲劇を救えるか。イタリアの大岩峰ドライチンネ登攀に愛を賭けた三人の男女をとおして、登山と愛の関係に雄大な構想で迫る力作長篇。

新田次郎「三つの嶺」(文春文庫,1977)裏表紙

 というストーリー。

 名前の通り山は重要なキーワードではあるが、どちらかというと舞台に山が出てくるという感じで、積極的に山を征服するという登山家の話ではない。

 なんというか、よくも悪くもドラマティックなストーリーである。山で死んだイタリア人ガイドの娘マリアを引き取るとか、マリアにかかる一切の費用を会社が出すとか、マリアが歌手としてデビューするとか、でも2度も予定をすっぽかして山に行ってしまうとか、現実離れしている感じは否めない。

 後半は駆け足になり、遺産相続でマリアはイタリアに赴き、ついでにドライチンネを登る。しかし、作品内で双子の愛に決着がつくわけでもなく、マリアが日本に戻って歌手を続けるのか、イタリアに定着するのかもよくわからないままストーリーが終わってしまった。もう少し終わりを詳しく書いてほしかった。

 新聞小説だったから、新聞社側からある程度せかされたのだろうか。


三つの嶺 (文春文庫)三つの嶺 (文春文庫)
(1976/08)
新田 次郎

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  1. 2011/09/24(土) 00:38:00|
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