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京都バス95系統とほぼ同路線のバスが毎日3往復する

 免許維持路線で有名な京都バス95系統とほぼ同路線のバスが毎日3往復するそうだ。

 京都の有名観光地・大原~鞍馬間を年に1回、春分の日に片道だけ走ることから「幻のバス」としてファンに人気のバス路線に、18日から毎日3往復の定期便が<復活>する見通しになった。

春分の日に片道だけ走る「幻のバス」、定期便に : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

 西武バスの小手03路線で知った免許維持路線だが、その中でも京都バス95系統は年に1回しか運行しないことで有名である。

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↑京都バスの路線図。蔵馬と大原を結ぶ緑色の破線が95系統。

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↑(春分の日のみ運行)というあまり見ない表記がある。

 95系統について踏み込んで取材している記事を見つけた。京都バスに聞き取りを行っており、95系統が免許維持路線であることを京都バスが認めている。

 まず路線の新設についてお話すると、国土交通省に路線を運行する申請をし、沿道の住民や警察と協議したうえでバス停の位置を決めるといった手続きが必要になります。路線をいったん廃止してしまうと、いざ復活させたい場合にこうした手続きを最初からやり直さなければなりません。

年1本しか走らないバス路線、なぜ存在? 背景にある「理由」とは(2/3) | 乗りものニュース

 大原と鞍馬の観光地を結ぶ土日の路線として走り始めたが、乗客が伸び悩み年に1回しか走らせていないそうだ。観光客の増から95系統とほぼ同路線のバスが毎日運行するということである。

 2017年3月18日(土)から、95系統とほぼ同ルートで大原~貴船口間に55系統を新設します。これは近年、特に貴船エリアを訪れる人が増えたために新設するもので、毎日3往復の運行です。ただ、95系統も引き続き年1回運行します。

年1本しか走らないバス路線、なぜ存在? 背景にある「理由」とは(2/3) | 乗りものニュース

 免許維持路線が役にたったということだろう。路線をとっといてよかったねと思う反面、煩雑な規則に人間が従った結果、年に1回しか走らない路線ができるというのは本末転倒にも感じる。雑誌のコードも同じだが、もう少しうまくいかないものだろうか。

  1. 2017/03/15(水) 00:05:02|
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海に接する由比パーキングエリア

 由比パーキングエリアが海に接していて気持ちいい。

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↑由比PA

 トイレを兼ねた展望台と自動販売機しかなく、店員さんもいない寂しいパーキングエリアだが、海が真正面にあり気持ちがいい。潮の匂いで鶴見線の海芝浦駅を思い出す。正面には駿河湾と伊豆半島が広がっており背後には緑の山に緑の柵と受圧板が見えた。

 津波の標高看板があったが、これ津波受けたらあの斜面登れるかなと話す。こんなところでのんびりと読書して過ごすのも悪くないと思った。

  1. 2017/03/13(月) 00:05:01|
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「西東山」と書いて「あっちこっちやま」と読む地名

 国土交通省のメールマガジンを見ていたら、下久保ダムの近くの神川町内に「西東山」と書いて「あっちこっちやま」と呼ぶ地名があると紹介があった。

 水資源機構下久保ダム管理事務所のTwitterによると、埼玉県神川町に、「西東山」と書いて「あっちこっちやま」と読む地名があるそうです。

国土交通省メールマガジン [3]本日のつぶやき 2017年2月20日 第2048号

 にわかに信じがたく、国土地理院地図を見るが見当たらない。マユツバだな、と思い始めたころ、Twitterの引用をたどっていくと下久保ダム管理所(水資源機構)のTweetを見つけた。

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下久保ダム管理所(水資源機構)の該当Tweet

 見つけてしまってマジかよ、という思いだ。

 これ、本当に「あっちこっちやま」と呼んでいるのだろうか。ダムに勤務する人も「今日はあっちこっちやまの現場行ってくる」と使っているとしたらなんだかシュールだ。でも私も仕事で「にっぱら」「へんぼり」「うずしき」など変な名前の現場に行くことがあるのであまり変わらないか。

  1. 2017/02/23(木) 00:15:18|
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新千葉駅と新千葉という住所

 千葉駅で飲んだ後、新千葉駅まで歩いた。

 時刻表を見たら京成千葉駅で20分近く待たされるので、酔い冷ましにちょうどいいと思い歩いた。しかし、高校生の頃はなかったアンダーパスができていたり、昔からだが区画整理されおらず迷ったりした。

 そんな中で住所表示に「新千葉」があることを知った。

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↑新千葉の住所表示

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↑新千葉駅

 京成千葉線の駅名が新千葉なのは千葉駅の隣で適当な駅名をつけたのだろうと思っていたのだが、住所が新千葉なのでひょっとしたら新千葉という住所から駅名をつけたのかもしれない。一方駅名から住所を決める例もあるからなんとも言えない。

 この周辺が江戸時代から新千葉と呼ばれていたとは思えないが、旧来の地名が気になる。

  1. 2017/02/22(水) 00:05:14|
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関東における最大の激戦、神流川の戦い

 神流川の戦いという日本史における戦いがあったそうだ。

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↑神流川合戦場の碑

 神流川沿いを歩いたあと、神流川橋のたもとの交差点から国道17号沿いに新町駅に歩いた。この辻に神流川の戦いの碑が立っていた。

神流川合戦古戦場

 天正10年(1582)6月16日から19日にかけ、織田信長の関東管領として上州と信州の一部を治めた滝川一益と、相模国を中心に関東南部を所領としていた北条氏が神流川で戦いました。この戦は、信長が6月2日に京都本能寺で明智光秀に討たれた弔いに出陣する一益を阻止し、関東の支配者の地位を勝ち取ろうとする小田原の北条氏が争った合戦で「神流川合戦」と呼ばれます。

 18,000の瀧川・上州勢は当初優勢でしたが、北条軍も50,000と言われる優位な戦力で勝利となりましたが、損害が多く、小田原へ引き上げました。一益は上州諸将に協力を謝し別離の宴の後、厩橋を出立し領国伊勢へ向かいました。

 この合戦は、戦死者が両軍合わせ4,000余人を数え、戦国時代関東における最大の激戦と言われます。「炎熱石を焦がし、流水煮える中に阿鼻叫喚の死闘であった」と伝えられます。

神流川合戦古戦場 説明板

 北条氏は秀吉が小田原で滅ぼしたことしか知らず、滝川氏は知らない。そもそも戦国時代の関東の武将は北条氏しか知らない。織田信長の死去のあとは羽柴秀吉による明智光秀の討伐や柴田勝家との軋轢が有名だが、関東でこんな戦いがあったとは知らなかった。

  1. 2017/02/07(火) 00:09:05|
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群馬県・埼玉県境に集中する「神流川」

「神流川」という名前の川が群馬県・埼玉県境に集中している。

「神流川」は「神が流れる川」と読み下せ、読みも「かんな」と特別な読み方をする。調べたら国土交通省のウェブサイトに由来が書いてあった。

 神流川の名前は、神(カム)の川が神名に転じたことに由来しています。感納川、甘奈とも綴られ、古くはカミノ川といわれたというのは、武蔵20余郡の北の果て、「上」の国から流れる川の意と言われています。

2.地域の中の神流川 | 国土交通省 水管理・国土保全局

「上の川」が訛ったというのはなるほどと思う。

 ところでWikipediaには神流川が日本全国各地を流れる河川と紹介している割に群馬県・埼玉県境に集中している。

神流川
神流川(かんながわ)は、日本全国各地を流れる河川名称。
  • 神流川 (利根川水系) - 群馬県・埼玉県を流れる利根川水系烏川支流の一級河川。
  • 神流川 (秩父市) - 埼玉県秩父市中津川地区を流れる荒川水系中津川支流の一級河川。
  • 神流川 (日高市) - 埼玉県日高市を流れる荒川水系小畔川支流の河川。
神流川 - Wikipedia

 両神山の隣の赤岩尾根を歩いた時に出合バス停から神流川沿いに歩き、「あれ、県境越えた群馬県にも神流川が流れていたな」と気づいた。雁掛峠や赤岩峠といった峠の名前が付いていることから昔から人の往来があったと思われるが、峠を越えた先も同じ名前の川が流れているのは紛らわしくないのかと思ったのだ。

↑埼玉県秩父市中津川地区を流れる荒川水系中津川支流の神流川

 単に「上の川」の訛りであれば日本全国に均等に発生するだろう。同じ山でも後立山連峰のように信濃側と越中側で呼び方が異なる山もある。不思議である。

「神流川」同様、奥多摩・檜原で見られる小留浦と事貫など似た音の地名も不思議である。どうして近いところでこんな紛らわしい地名がついたのだろうか。

  1. 2017/02/02(木) 22:59:00|
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高田馬場にある戸塚という地名

 高田馬場に戸塚という地名がある。

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↑戸塚第二小学校と戸塚第二幼稚園

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↑住所は高田馬場一丁目

 私が初めて聞いたときは神奈川県の戸塚のことかと思ったが、高田馬場にも同じ名前があるようだ。その由来はWikipediaに端的に書いてあった。

 戸塚(とつか)は、東京都新宿区の北部に位置する地区で、旧豊多摩郡戸塚町を端とする。

戸塚 (新宿区) - Wikipedia

 小学校の他にも戸塚警察署があるそうだ。また、戸塚町一丁目だけ住所に残っているようだ。

 高田馬場駅がすぐ近くにあるので「戸塚駅」にしとけばいいのに、神奈川県の戸塚と重なるなら「武蔵戸塚」とかでいいじゃんと思って「高田馬場」の由来を調べた。

 駅名は、赤穂浪士四十七士の一人、堀部武庸の伝説となっている高田馬場の決闘(1694年)があったことで知られ、現在では講談などの題材となっている「高田馬場(たかたのばば)」から取られた。地元では、当時の地名からとって「戸塚町駅」「諏訪町駅」「諏訪の森駅」を希望する声もあったが、なぜ現在の駅名が採用されたのかは定かではない。読み方を「たかたのばば」ではなく「たかだのばば」としたのも、明らかになっていない。

高田馬場駅 - Wikipedia | 駅名の由来

 なぜ駅名に戸塚という名前を使ったのかは分からないようだ。駅名をとって住所表示を変えるのは世田谷区桜上水と同じで面白い。一方で、もともとの地名があるならそのままにした方がいいのに、という思いもある。

  1. 2016/12/15(木) 00:56:32|
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日本一短かったトンネル

 吾妻峡を歩いたときに日本一短いトンネルを見つけた。

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↑日本一短いトンネルだった樽沢トンネル

 旧国道から見えるトンネルで下から見ても向こう側が見えるくらい短い。7.2mのトンネルらしい。

 しかし、八ッ場ダム建設に伴うJR吾妻線付け替えで旧線となり、列車が通ることはなくなった。このため、日本一短いトンネルの座から下りることになったとか。まったくのトリビアだが、実際に目で見ていると覚えていられそうだ。

  1. 2016/11/24(木) 00:48:51|
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吾妻峡が深い

 吾妻峡が深い。

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↑吾妻峡の深い渓流

↑小蓬莱付近の吾妻峡

 八ッ場ダム工事を見に行く際、小蓬莱まで吾妻峡の遊歩道を通ったのだが、上流に長野原や草津の街があるとは思えないくらい狭くて深い。

 入口の橋に「増水するおそれがあるので川遊びに注意してください」という旨の看板があったが、この渓谷で遊べる人はそう多くないと思う。沢登りとしては押し流されてしまうので絶望的だ。カヌーなら何とか行けるだろうか、しかし上流部でカヌーを搬入できる箇所があるかどうか。少し上には遊歩道がつけられる程度の小段があるので、不思議な渓谷である。

  1. 2016/11/22(火) 00:19:26|
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神奈川県町田市というジョーク

 イギリスがEUを離脱することを決めたとき、東京都町田市が東京都を離脱する、というほぼ冗談のニュースを見た。

 論拠として以下が挙げられていた。

 確かに、私も都県境を歩くにあたって町田市をぐるりと回るのはかなり骨が折れた。都県境が複雑に屈曲していて直線距離の倍以上を歩いたと思う。境川沿いも旧河道の三日月湖みたいな水路が都県境として残っていて、できるだけ近くを歩こうとすると面倒であった。

 なんでこんなジグザグに県境を設定してしまったのか、自治体も管理するのに手間が大きいと思うが飛び地同様少し不思議な形の市だと思う。

  1. 2016/10/07(金) 00:01:22|
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